ヘタレ陰陽師のホワイトデー③
一方その頃みかどでは――、
「慶次郎、慶次郎ってば!」
「追わなくて良いんですか、慶次郎!」
「おい、これ瞳孔開いてねぇか!?」
「はっちゃんが……歓太郎と……二人で……朝まで……?」
「しゃべった! 良かった、生きてる! セーフ!?」
「まだわかりませんよ? 霊魂が抜けかかっている可能性も捨てきれません! 風前の灯です!」
「参ったな、いくら歓太郎が有能でも※
「もう! 純コが余計なこと言うからだよ!」
「そうですよ、『こりゃあ朝まで帰らねぇな』なんて!」
「えぇ!? おれぇ!? だって成人した男女がホテルですることっつったら一つだろ! 朝まで裸でイチャイチャするやつだろ!」
純コの放った『裸』というワードで、慶次郎は喉をヒュッと鳴らし――、
完全に停止した。
「け、慶次郎っ! うわぁぁん、純コの馬鹿ぁぁぁ!」
「慶次郎には刺激が強すぎますよ!」
「ごっ、ごめん慶次郎っ! さすがに言い過ぎた!」
抜け殻のようになっている慶次郎を取り囲んで、ぎゃいぎゃいとケモ耳ーズが騒いでいるところへ、「はいよ、お届けもの〜」と葉月を背負った歓太郎が戻ってきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
下ろせ自分で歩くていうかみかどには行かないと騒いでいるうちに、気付けばそこは珈琲処みかどである。うがぁ下ろせと最後の抵抗も虚しく、ドアは開かれた。
と、同時に――
「わぁぁん! 葉月が戻ってきたぁ! 大変だよぉ、慶次郎がもうすぐ死ぬよぉ!」
「魂が抜けかかってるんです! 見てください、もうギリギリです!」
「歓太郎! いますぐ泰山府君祭の準備だ! ギリ生きてる状態ならエセ神主でも何とかなるだろ!」
ガチ泣きのケモ耳ーズが飛び込んできたのである。
は? 死ぬ? 誰が?
全く頭が追いつかず首を傾げていると、「もう、とにかく大変なんだよぉ! こっちこっち!」と背負われた状態で手を引かれ、連れて行かれたのは奥の座敷だ。
そこには、確かに魂が抜けている最中にしか見えない慶次郎さんがいた。正座をして、ぽかんと口を開けている。
「は? 何これ? どういう状態なの?」
「だからぁ、慶次郎が死ぬんだよぉ!」
「風前の灯です! 消えかかってます!」
「ま、祭だ! 歓太郎、いまなら連れ戻せるよな、お前でも! なぁなぁ! うわぁぁ! おれのせいだぁぁぁ!」
「いや、普通に俺じゃ無理」
「嘘ぉ!? し、死ぬの!? 死んじゃうの!? えっ、これマジで!? 純コさんのせいなの!?」
何かの冗談でしょ? あっ、わかった、エイプリルフールだ! いや、それ4月じゃん。ていうかそもそも、これが歓太郎さんなら嘘とか演技の可能性も大いにあり得るけど、慶次郎さんだよ? そんなん出来るわけないじゃん! ケモ耳ーズもガチ泣きだし!
「嘘ぉ。嘘でしょ、慶次郎さん死んじゃうの……? あたしだってまだ何も言えてないのに、嫌だよぉ」
ぺたぺたと彼の頬に触れてみると、まだ暖かい。けれど、ケモ耳ーズが言うには『もうすぐ死ぬ』、『風前の灯』、『祭が必要』なんだそうだ。祭って何。
「慶次郎さぁん、そんなぁ」
こんな時でもぴしりと正座をしている慶次郎さんの向かいに座り、その手を取る。まだ暖かい。まだ生きてる。それをぎゅう、と強く握る。
と。
ほんの少し、握り返されたような気がした。
「け、慶次郎さん? い、いま握り返した!?」
「ほんと?! その調子だよ葉月! 何か強い刺激を与えれば生き返るかも!」
「生き返るって、まだ死んでませんよおパ! ですがその通りです! ショック療法というやつです! 葉月、思いっきりいっちゃってください!」
「葉月なら出来る! ばちこーんとやってくれ!」
「よぉーし、やれやれー!」
光が見えたと俄然元気になるケモ耳ーズに、『祭』とやらの準備だろうか、何かよくわからない祭具を両手に抱えている歓太郎さんも声を張り上げる。
皆の期待があたしにかかっているのだ。
わかった、ばちこーんとやれば良いのね。それなら得意。たぶん。
「慶次郎さん! 戻ってきてー! わっしょ――ぉぉいっ!」
祭が必要だということは、掛け声は『わっしょい』が好ましいだろう。そんな判断で、ばちこーんと、いった。
その、横っ面に、平手を。
「――!!!??」
予想外に力が入りすぎたか、それとも慶次郎さんが軽すぎたのか、彼はちょっと信じられないくらいに吹っ飛んだ。それを、ケモ耳ーズが受け止める。
「いたたた……。あれ? おパに麦に純コ?! 何? どうしたの?」
「やっぱりこの姿だとぼくらも痛いね」
「真名は常時解放していてもらったほうが良いかもしれませんね」
「でも、良かった。慶次郎、戻ってこれたな!」
「戻って、って……? わ、わぁぁぁ、はっちゃん!?」
「うわぁぁぁん、慶次郎さん、生きてて良かったぁぁぁぁぁ!」
思わず彼の胸に飛び込んでおいおいと泣くと、彼もまた「ぼ、僕も生きてて良かったです」と何やら気の抜けたような声で言った。
「あ、あのはっちゃん……その、歓太郎とは、もう良いんですか? えぇと――」
あたしを胸に抱いたまま、あ、ああああ朝までかかかかか帰らないって、とカタカタ震えながらチェケラッチョなDJみたいなことを言い出す。しまった、そんなこと言ったっけ。――いや、朝まで帰らないとは言ってないが?
「ごめん。あれは嘘。ちょっと慶次郎さんのこと見るのが辛くて、ここから逃げたかっただけ。嘘ついてごめんなさい」
俯きながらそう言うと、「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」と海よりも深いため息の後で、ぎゅうううう、と抱き締められた。
「良かったぁぁぁ。はっちゃんが歓太郎と裸で朝まで過ごすのかと思うと……」
「はぁぁあ?! はだっ、裸で!? ないないないっ! それは絶対にないっ!」
そう叫んで勢いよく頭を振る。ちょっと振りすぎて目が回る。すると、背後から、「そこまで強く否定しなくてもなぁ」としょんぼりした声が聞こえてきた。歓太郎さんだ。
「さっきは俺の背中の上で『歓太郎さんって優しいのね。それにとっても紳士だわ。大好きよ、歓太郎さん
「それは言ってねぇんだわ! 語尾にハートマークつけんな!」
「や、ややややっぱりはっちゃんは歓太郎のことが……。ああでも確かに歓太郎は僕なんかと違って何でも出来ますし、スマートで恰好良いですもんね……。ううう、はっちゃん、安心してください、弟の僕が言うのも何ですが、歓太郎はとても良い男なんです。き、きっと僕の分まではっちゃんのことを幸せにしてくれるでしょう……うううう」
あたしの肩に手を置いて、ぼろぼろと涙を零し、慶次郎さんはがくりと項垂れた。彼の周りではケモ耳ーズが「まぁ確かに歓太郎は何でも出来るよね」「女性にモテますよねぇ。賽銭箱にいつも歓太郎宛の手紙が入ってるって鮎が困ってましたし」「確かにモテるけど、葉月を幸せに出来るかは別じゃね?」などと、追い打ちなのかフォローなのかよくわからないことをしゃべっている。
「だーから! 言ってないってばそんなこと! ていうかね! 慶次郎さんはそれで良いの? やっぱりあの幼馴染みのお姉さんがいるから、あたしのことなんかどうでも良くなっちゃったんだ!?」
あんなにはっちゃんはっちゃんってあたしのこと好き好きオーラ出しといて、やっぱり幼馴染みなんじゃん! 慶次郎さんのキャラ的にも年上のお姉様にしっかり手綱握られたい感じなんでしょ!
今度はあたしがぼろぼろと泣く番だった。慶次郎さんの馬鹿ぁ、やっぱ幼馴染みには勝てないのよぉ、と(室内だけど)天を仰いでわんわんと声を上げる。
すると、自身の涙をごしごしと袖で乱暴に拭った慶次郎さんが「幼馴染みって誰ですか?」と首を傾げた。
「僕、幼馴染みのお姉さんなんていませんけど?」
「はぁ? いるじゃん! いたじゃん! あたしさっき見たもん!」
「さっき? あぁ、あれはですね――」
と。
「ねぇ慶ちゃん、何か部屋着貸して~?」
その『幼馴染みのお姉さん』が勝手口から現れた。
※泰山府君祭……死者を蘇らせる秘術とされているが、実際はギリギリのところで命を救ったとかそんな感じのよう。ここでは都合よく死者を蘇らせる方で解釈しています。
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