ヘタレ陰陽師のホワイトデー②
「というわけで、ぼくからはこれー!」
じゃじゃーん、という効果音付きで渡されたのは、薄い黄色の箱である。金色のリボンが彼の髪と同じ色だ。
開けて、とせがまれて開けてみれば、マドレーヌの詰め合わせだ。
「私からはこれです」
銀色のリボンがかけられた、真っ白い箱を差し出してきたのは麦さんである。やはりこれも色の組み合わせが彼のイメージにぴったりだ。
中に入っていたのは、真っ白ふわふわのマシュマロである。
「そんで、おれからはこれだ!」
ここまで来るとある程度予想はついたが、純コさんのは焦げ茶色のリボンに赤茶色の箱だった。彼らはちゃんと各々のキャラをわかっているらしい。
で、こちらはナッツ入りのココアブラウニーが入っていた。
「ありがとう、三人共」
「うふふ、どういたしましてー」
「誰か一人くらいは甘いものを避けると思ったのですが」
「ものの見事に全員甘いやつになっちゃったんだよな」
いまコーヒー淹れるね、とおパさんがコーヒー豆の入ったボトルに手をかける。
「ああ、良いよ、ほんと。あたしもう帰るからさ。これ、ありがとうね、家で食べるから」
「えぇ、ほんとにもう帰るのかよ。嘘だろ」
「うん、まぁ、ちょっとね」
「何か用でもあるんですか?」
「用……、って、まぁ、うん」
「やっぱり慶次郎のコーヒーじゃないと駄目……?」
「そういうことじゃなくてね」
えっと、どうしたものか、とまごまごしていると、ずしり、と肩に重さが乗った。何度倒れてもめげない男、歓太郎さんである。彼の腕が乗ったのだ。意外と重い。男なんだし、当たり前か。
「わかってないな、お前達」
「何がだよぅ!」
「歓太郎に何がわかるんですか」
「むしろお前はいつもわかってないだろ」
そんなケモ耳ーズの声を、ふふん、と鼻で笑う。
「はっちゃんはね、これから俺と二人で大人のデートがしたいんだよ。つまり、お前達はお邪魔虫というわけだ! あーっはっはっは!」
そしてどこからか、バラを一本取り出すと、あたしの前に差し出す。
「さ、行こうか、はっちゃん。ホテルのレストランも予約してあるし、もちろん部屋も取ってあるから。今日は俺と素敵な夜を――」
「過ごすかぁ!」
「ぐはぁ!」
思い切り肘打ちをかましてするりと抜ける。
と。
「はっちゃん、お待たせしてすみませんでした!」
急いであの石段を駆け下りて来たのだろう、何やら赤い顔をした慶次郎さんが、勝手口から現れた。
うぐ、と声が詰まる。
会いたかったけど、いま一番会いたくない人でもある。
「げぇ、一番邪魔なやつ来ちゃったよ。仕方ないなぁ、仕事もど――おぉ?」
「い、行こう、歓太郎さん。レストランでも、ホテルでも!」
「あらー? はっちゃんたらダイターン!」
「え? は、はっちゃん?!」
とりあえず、歓太郎さんの腕を掴む。都合よく使ってごめん、と胸が痛む。
「良いの、慶次郎来たよ?」
誰にも聞こえないような声で、歓太郎さんが囁く。この人は、何だかんだ言って、ちゃんとわかってるのがむかつく。
「わかってるけど、ちょっと無理」
こちらも小声で返せば、「わかった」と短い返答が来る。
「んじゃ、そういうわけだから! 悪いな、慶次郎!」
店中に響き渡る声でそう言って、呆気に取られている慶次郎さんとケモ耳ーズを置き去りにし、あたし達はみかどを出た。そのまましばらく少し歩き、角を曲がったとことで、歓太郎さんが「で?」とあたしと向き合う。
「こっちから誘ったとはいえ、俺をダシに使ってくれるとは。高くつくよ、はっちゃん?」
「ごめん」
「別に良いけどさ。レストランとホテル取ってるのは事実だし。どうする? マジで行く?」
「マジでは行かない」
「だよねぇ。だけどまぁ、話くらいは聞かせてもらって良いでしょ?」
それにこくりと頷くと、よっしゃ、そんじゃ行こっか! と手を引かれた。
「いや、そのレストランとかホテルとかには――」
「わーかってるって。どっか入ってあったかいもん飲まない? ってこと。外寒いしさー。俺、寒いの駄目なんだよねぇ」
三月とはいえ、まだまだ寒い。肩を抱いて震えている様を見れば、さすがに可哀相に見えて、そこからさらに少し歩いたところにあるファストフード店に入った。
寒いの駄目なんだよね、なんて絶対に嘘だ。
そう思ったのは、あたしがホットコーヒーを注文した横で「俺アイスティーのM、ミルクと砂糖二つずつで!」と言い放ったからである。砂糖二個は多くない?
で、二人掛けの席に向かい合って、いつでもどうぞ、とでも言わんばかりに優しく笑っているのだ。この人はやはりモテる男なんだろうな、といまさら思ったりする。変態だけど。変態だけども。
「さ、さっき、その、見ちゃって」
「見ちゃって。……何を?」
「慶次郎さんが、その、神社のあのお賽銭箱の前のところで、女の人と、その」
「ほぉ、女の人と? 何、抱き合ってたりでもした?」
「そっ、それは、してなかったけど、何か、会いたかったとか、好きなお菓子をちゃんと覚えてたとか、そんな話してて」
「……ほぉ」
「それで、何か、その、昔結婚の約束してた、とか、言ってて。慶次郎さんのことも、『慶ちゃん』って呼んでて」
「あぁ、なーる……」
「お、幼馴染み、とか、なんでしょ、その人」
「う――……ん、まぁ、幼い頃からの付き合いでは、あるかな」
「結婚の約束するほど好きだったのよね?」
「まぁ、慶次郎は昔からべた惚れだったなぁ」
「や、やっぱり……!」
お兄さんが認めたってことはもう駄目じゃん!
昔からね、幼馴染みには勝てないって相場が決まってるもんなのよ!
漫画でも小説でも、幼馴染ヒロインってのは最強なの。あたしみたいなポッと出の女なんて所詮はヒロイン登場までの繋ぎなのよ! 当て馬なのよ!
と、熱いコーヒーを飲みながら捲し立てると、それまでうんうんと聞いていた歓太郎さんもさすがに引いたのだろう、何やら俯いてふるふると震えている。
「……というわけだから、当て馬は当て馬らしく去ろうと思ったってわけ」
「成る程ね」
半べそをかきながら熱弁をふるっているのがおかしいのだろう、ちょっと笑いを噛み殺しつつ「でもさ」と歓太郎さんは言った。
「だったらなおさら慶次郎に聞いてみた方が良いと思うけどな、俺は」
「嫌だよ。みじめになるだけじゃん、そんなの」
「そうかなぁ。でもさ、昔は昔じゃん? そりゃあ昔は、一緒にお風呂に入るような仲で、ご飯もあーんさせてもらってたけどさぁ」
「一緒にお風呂! あーん?!」
目の前が真っ暗になる。
それもうあれじゃん、そんなの昔のことだから! とか言いつつ、実は案外お互い意識し合ってて、「どうせお前の裸なんて見慣れてるし」からの「もう大人だよ? 確かめてみる?」の展開じゃん! 何よ、R18もあるわけ!?
「あれ? はっちゃん?! はっちゃーん! やべぇ、ちょっと遊び過ぎた」
完全敗北。KO負けである。もう立ち上がれない。
「はっちゃん、おーい、はっちゃーん。大丈夫ー? 俺の声聞こえてるー?」
ゆさゆさと肩を揺すられる。ええ、聞こえてます。聞こえてますとも。
「おーい、おーいってば。あんまり反応ないなら、マジでお持ち帰りしちゃうよ~?」
「それは駄目」
「ちっ、残念」
「……とりあえず、あたし帰る。話聞いてくれてありがとね」
のそり、と立ち上がると、「ああもう送ってく送ってく」と歓太郎さんの慌てたような声が聞こえた。
そこから先の記憶は正直朧気だ。
ファストフード店を出たところまでは覚えているが、気付けばあたしは歓太郎さんに背負われていた。
「あれ? 何で?!」
「おう、正気に戻ったかはっちゃんよ」
「えっ、嘘、何であたし?!」
「なぁーんかさー、はっちゃんてば、右にふらふら左にふらふらで危なっかしいからさー。こりゃあほっといたら車に轢かれるな、って。というわけで、こういう感じ」
「ごっ、ごめん! 下ろして! 歩けるから!」
「良いよ良いよ。むしろこのままでエヘヘ」
「ええい、そのエロい笑いをヤメロ!」
「いやマジで。何か今日マジで危ないからさ。一応、俺、こう見えても紳士よ?」
「紳士だぁ? わいせつ神主でしょうが!」
「あーっはっはっは! いやー、惜しむらくはいまが三月ってことかな。あーぁ、夏だったらもっと薄着だったのにー!」
「だから、そういうこと言うからでしょ!」
ぎゃいぎゃいとそんな話をしていて、ふと気づく。
「ねぇ、これどこに向かってるの?」
「え? みかどだけど?」
「だ、駄目だって! あたし帰るから! 駅! 駅に! ていうか、下ろして! 歩けるし!」
「だぁーめぇー。慶次郎とちゃんと話しなさい」
「何で歓太郎さんがそういうこと言うのよ!」
「そりゃあ、好きな子の笑顔と、弟の幸せを願うからでしょ」
「……は、はぁ? 歓太郎さん、あたしのこと好きなの?」
「えぇー? いつも言ってんじゃーん。何で信じてくれないかなぁ? 俺結構マジなんだけどなぁ」
「結構マジに見えないんだわ」
「まぁそれはさておいて。あのね、はっちゃん。悪いことは言わないから、慶次郎のこと信じてやって? はっちゃんが想像してるのとは絶対に違うからさ」
何で歓太郎さんがそういうこと言うのよ。
あなたそんなキャラじゃないじゃん。ていうかさらっと好きとか言っちゃうのね。
「……う、うん」
「……っは――! どう? この『良き兄』ポジションの大人な俺! 良くない? たまにこういうところ見せるとさ!? ぐらっとくるでしょ!? んもー、俺ってばマジで策士~!! 良いんだよ、はっちゃん、この余裕たっぷりな大人の俺に惚れてくれても!」
「やっぱりいつもの歓太郎さんじゃねぇか!」
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