最終話

僕は、電車に揺られて海へ向かう。名前もわからないけれど、個人的には浜辺があって欲しかったので海水浴場に向かった。今の季節は二月。海には誰もいないし、とてつもなく寒い。

浜辺についた僕はmoriに話しかける

「そろそろだよ」

「らしいな。テメェの心臓がバクバク言ってやがる」

「そりゃあね。初体験はドキドキするものだろ?」

僕はそう言って靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ、裸足になった。それらを砂浜に残し、波打ち際にまで近寄る。海水がつま先に触れて冷たさが体を駆け巡る。

「冷たいね」とmoriに言う。

「そりゃあ、二月ならな」moriはそっけない。

「今から冷たい水の中に入るのに、moriまで冷たいと悲しくなるなぁ」

「テメェが死ぬだけだからな。俺には関係ねぇ」

僕は、波打ち際で着ていたもの全てを脱ぎ、生まれたままの姿になった。単なる変質者だ。でも、いい。

「清々しい気分になるね」

「話しかけんじゃねぇ」

僕は、そのまま、一歩進む。くるぶしまでが水に浸り、冷たさが体を走り抜ける。僕はそれをも受け止めながら、一歩、一歩と進み続ける。肩程まで水に浸かった時、moriが話しかけてきた。

「そういやさ、お前、楽な方法で死にたいんじゃなかったのか?」

「そうだね。でもね、死ぬって決めた時はね。どんな死に方でもいいんだ。ただ、自分が『自分らしく』死ぬ方法を取りたいんだよ。僕は自分の足でこの人生を歩んだことはない。仮初のレールに乗ってトロッコのように運ばれていただけ。ならさ、自分の足で死に向かいたい。それが自分の『人生』だし、それが僕の『生き方』だから。だからさ、こんな変な死に方を選んだんだよ」

「そうか。別にどうでもいいけどな。いいか、とっととくたばるんだぞ。苦しいと辛いからな」そう言ってmoriは僕の肩からヒョイと出ていった。

僕は前に歩を進める。肩までの水が口元に行き、体が浮き上がる。今度は潜水して体を海に沈める。沖の方まで泳ぎながら、自分の体の酸素を抜いていく。曇った空から差す太陽が海に反射している。海はとても冷たく、そして暖かかった。体の酸素が抜ける。僕は口を開ける。水がドッと体に流れ込む。肺に水が流れ込んでいく。

「ゴプッ」

大きな泡が出る。

僕は自分の体を抱きしめる。

僕は深く沈んでいく。

−深く、深く。

−――深く。


『メメント』こと、須山香織すやまかおりは、コーヒーショップで依頼者からもらった小説を読んでいた。

ノートの表題部分には『僕は死ぬことにした』と書かれてある。

「へぇ、いいもの書くじゃん」

須山はそう言って、彼のことを思い出す。

「絶望を伴わない、自殺か。それ自体が彼にとっての『絶望』なんだろうね」

須山は小説の書かれたノートを机に置いた。

−『僕は死ぬことにした』

ノートの表題にはそう書かれていた。

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『僕は死ぬことにした』 θ(しーた) @Sougekki

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