5話
僕は、昨日の続きから書くことにした。ノートには題名だけが書かれている。あとは真っ白。その題名に合えば何を書いても構わない。そう思うと、少しだけウキウキしてくる。
僕が小説を書くとき、必ず「オチ」を決めてから書くようにしている。主人公にどうなって欲しいのか、どうなっていくのかをまず決めてしまう。名前も生い立ちも人間関係も全て後回し。自分は何を伝えたいのか、そして何を感じて欲しいのか。それをまずは決めて小説を書く。
でも、今回は少しそれとは違う。読み手は一人だし、書く内容も決まっている。自分の人生。自分がいたという証それのみ。
私小説を書くというのはなかなか難しいものだなぁと思い知らされる。限りなく真実に近いフィクションを書くというだけであまりイメージがつかない。だから僕はまず自分の人生の中におけるエピソードを挙げていった。小学生の頃のこと、初恋の相手、失恋のとき、失敗談、成功体験。
「なんだ、自分の人生って悪くないじゃん」
僕はそう思った。
「自殺、やめるのか?」とmoriは言う。
「どうして?」
「自分の人生が『悪くない』って思ったら、生きることに執着しちゃうんじゃねぇかと思って」
「僕は、自分の人生に『絶望』して死ぬわけじゃあないからね」
「どう言うことだ?」
「僕は、自分の人生を自分だけのものにしたい。『誰もが歩める人生』じゃあなくて『自分だけにしか歩めない』人生にしたい。でも、自分を振り返ると、『悪い人生』じゃあないけど、僕個人の人生ではない。たまたまその人生を歩んだ人の顔が僕だっただけ。そして、これからの人生を変えることはできないんだよ」
「それはまた難儀だな」
「それぞれの個人の努力というのは概して報われないものなのさ」
「まぁいいよ。俺はお前が死ぬことを見届けるためにここにいる。テメェが死ぬならその動機はどんなものでもいい」
そう言ってmoriは眠った。
僕は少しずつ物語を紡いでいく。自分の人生を振り返るように、自分がいたことを残すために。そこには、自分のエゴしか詰まっていない。他人への配慮や、共感なんてものはない。自分が生きたという証それ自体に意味がある。それを押し付けられるメメントさんには少し申し訳ない気持ちにもなるが。
三日後、僕は一冊のノートを持ってコーヒショップの席に座っていた。約束より早くに来て、僕は自分の描いた小説を一から読み直していた。
「お待たせしました」とメメントは言った。
「いいえ、僕が約束より早くきたんです」
「今日ですね」彼女は言う。
「何だか、そんな気がしませんよ」
「死ぬ人はみんなそう言いますね。ですが、確実にあなたは今日死ぬ。そして数日して貴方の死体が見つかり新聞のお悔やみ欄にそっと名前が残される。そして貴方は記憶から消える」
「でも、貴方の中には残る。小説として」
「不本意ですが」とメメントは言う。
僕は、そんな彼女を見て少し微笑みながらノートを渡す。
「これが例の小説です」
「確かに受け取りました。今読んだ方がいいですか?」
「いえ、お任せします。貴方の手にその小説が渡った。それだけで僕の目標は達成です。その小説を本当に読むのかどうかは貴方にお任せします」
「そうですか。では、貴方は今から死ににいくわけですね」
「はい」
「どちらへ?」
僕は少し考えてから「海へ行こうかと」
「海ですか?」
「海って落ち着くし、何かを包んでくれる気がするんですよね。僕は海で死にたい。何かに抱かれて優しく死にたい。首を吊って小便垂らしながらは少し嫌です」
「そうですか。では、気をつけて。海に着くまでに死んだらそれこそ悔やまれますからね」
「ありがとう」
そう言って、僕は前回のキャラメルマキアート代400円を机に置いて、店を去った。
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