3話
家に帰った僕は、小説を書き始めた。パソコンではなく大学ノートに手書きで書き始めることにした。その方が自分で何かを残した気分になるからかもしれない。
「なんだぁ、物書きか?くだらねぇな。死ぬのに未練でもあるのか?」とmoriは聞いてくる。
「どうだろうね。もしかしたら『自分だけの人生』を歩めるんじゃあないかって思っているところがあるのかもしれない」
「そんなもん、この世に存在しないのに」とmoriは愚痴る。
「でもさ、期待はしたくなる」
「なら、お前は死ななくなる」
「どうかな。その時になってみないとわからないな。でも、自分で『死ぬ』と決めたから死ぬんじゃあないかな」
「初めて自分の意志で決めた事が自殺って辛気クセェな」
「それを君が言うのかい?」
僕は、そう言いながらノートにペンを走らせる。これまで「書きたい」と思っていたストーリーで、自分だけが書きたいように小説を書き続ける。
僕が小説を書き始めたのは高校生になってからだった。初めての小説は携帯のメモ欄にあった。歪な文章で、今自分が読むと辟易するようなものだろう。でも、そんな自分だけの世界で小説を書き続けることが僕に取って一つの楽しみであり、生き甲斐だった。でも、それは結局のところ「仮初の人生」に敵う事はなかった。それは最後まで自分のものではなく、小説を書くと言う行為ですら、「仮初の僕」を示すときの部品になっていった。そうなると、小説というのは道具に成り下り、僕の書く意欲は失われていった。
「小説執筆が趣味です」
そう言って、「へぇ、すごいじゃん」と言われる「僕」を作り出していた。それは僕だけの僕の心が開けるものではなく、「僕と言うものを形作る部品」でしかなかった。そうして、僕の生き甲斐すら「仮初の僕」に奪われていった。
小説を書いていると、これまでの自分のことが思い出されて涙が出てきた。死ぬことを決意したはずなのに、自分が死ぬことへの苛立ちが湧き上がってきた。自分は何も残っていない。結局のところ自分は抜け殻であり、ロボットであり、操り師の駒でしかない。何も残っていない。それが悔しくて、虚しくて、そしてそれが限りなく正解に近くて、涙が止まらなかった。
どうして、夢を追うことが間違いになるんだ。安全牌ってなんなんだ。どうして、どうして、僕は『仮初の僕』を演じなければ否定されるんだ。『はい、わかりました』と言わなければ非難轟々の嵐なんだ。社会を知らないから?知ったことか。自分の人生なんだ。どうしてお前に、お前たちの描く『幸せな人生』を歩まないといけないんだ。どうして自分で、自分で、決めれないんだ。どうして決めることが僕にはできないんだ。どうして僕は、僕は・・・
ノートは涙でぐしゃぐしゃになり、ボールペンのインクが滲んで汚れていた。
「泣くなよ」とmoriは言う。
「だからさ、死ぬことにしたんだろ」
「そうだよ。そうだけど。どうして僕は死ななきゃいけないんだろうって」
「ちげぇよ。お前は死ななきゃいけないんじゃねぇ。勝手にお前が死を選んだんだよ」
「勝手?それはひどい言い草じゃあないか」
「何がひどいだ。勝手に自分の人生は『仮初だ』なんて喚き散らかして。そうだろう?」
moriの言うことは間違っていなかった。それも自分の頭の中では分かっていた。
「それじゃあ、死ぬことすら僕はまともにできないのかい?」
「それはお前が決めるんだよ。『仮初』でもなんでもないお前が死ぬかどうか決めるんだ」
「怖いかもしれない」
「怖い、だぁ?今更何言ってんだ。さっきの威勢のいい言葉はどこに行ったんだよ。怖いもクソもあるものか。死ぬって決めたんだろ?『自分の人生』だって言ったじゃあねぇか。決めたことは成し遂げるんだろ?じゃあ、心に誓ったものを抱いて精々くたばれよ」
「moriは厳しいなぁ」
「俺は優しくないだけだ」
そう言ってmoriは僕の右肩でふて寝した。
そうだ、僕は『仮初の自分』から抜け出すために死ぬんだ。そう決めたじゃあないか。午前3時、僕は決意したはずだ。
僕は涙を拭いて、もう一度ノートを見る。涙で汚れていて見にくい。それまでのページを全て破いて、ノートの一番上にそっと題名を書いた。
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