2話

「まずは何をするんだ?」とmoriは言った。

「そうだねぇ、まずはどうやって死ぬのか決めようか」

そう言って僕はパソコンで「自殺 やり方」と検索をかける。検索エンジンは自分の答えとは裏腹に相談窓口の電話番号を紹介してくる。

「っち、こう言うのが邪魔をさせる」とmoriは悪態をついた。

「確かにね」と僕は言った。もし絶望している中で自殺を考えているなら、この電話番号は救いになるのかもしれない。でも、僕は絶望しているわけではない。絶望するものすらないから。

僕は電話番号に見向きもせずにネットサーフィンを続ける。

「やっぱり薬がいいのかなぁ」と僕は呟く。

「んなもんめんどくせぇ、飛び降りか首吊りが手っ取り早いんだよ」とmoriは面倒そうに答える。

「そうは聞くけどね」

僕の自殺は絶望からの逃避、と言うよりはゲームのログアウトに近い感じ。人生の中のミッションをクリアして何もすることがないから今日のゲームは終わり!と言う感じに人生からログアウトする。ただ、もう二度とログインはできないけれど。

「やり残したことはないようにしたいんだよね」

「なんだぁ?やり残したことでもあるのかよ」

「それがないかを考えるのは『計画性』ってやつだよ」

「なんだか、言葉遊びだなぁ」とmoriは興味を失う。

 一時間程だろうか、ネットサーフィンをしていると、とあるサイトに目がいった。

−死にたい方はこちらへ−

僕はそのサイト見て不審に思った。

「これってどう思う、mori?」

「しらねぇよ。テメェが決めるこったろ?」

僕は、そのサイトを恐る恐るのぞいてみた。そのサイトは真っ白で真ん中にお問い合わせ欄がぽつりとあるだけ。

「このサイト、見るからに怪しいな」僕は呟く。moriは興味を無くしているのか、そっぽを向いている。

ただ僕はこの真っ白なサイトに心を惹かれていた。何かがある。このサイトの向こう側にいる管理人は自分を導いてくれるかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなくなった。深夜3時。見る限りとてつもなく怪しいサイトにメールアドレスと自分の状況、今の感情をずらずらと書いていった。書き終わって、メールを送るとき、ふと思い返し、先ほど書いた全ての言葉を消した。そして、僕はメールに『僕は死ぬことにした』とだけ書いてメールを送信した。少しだけ前に進めた気がして僕はそのまま横になり、眠った。


メールの返信は意外に早く、僕が目覚めたときには来ていた。メールには、

「◯◯駅前のコーヒーショップにて。14時半に。黒の帽子を被った人に声をかけてください」

とだけ書かれていた。

時計を見てみると、今は13時半。まだ間に合う。僕は軽くシャワーを浴びて、待ち合わせ場所のコーヒーショップに向かった。

駅前のコーヒーショップは昼下がりだからなのか主婦層の人が多く少しばかりうるさい。そのようななか、黒の帽子を被った人を探して店内を歩くと、黒の帽子に黒のワンピースを着た女性がコーヒーを飲みながら座って本を読んでいた。

「あの、あなたですか?」と僕は聞く。

「はい?」と返事をした女性は僕の方を見た後、

「メールを送った方ですか?」と聞いてきた。

「あ、はい。昨日の夜に」

「では、そこに座ってください」と女性は言った。

「あの、まさか、女性だとは思っていなかったので・・・」と僕はしどろもどろになる。

「気にしないでください。よく言われます」

読んでいた本を閉じて小さなカバンにしまったと同時に、小さなノートとペンを出して机の上にそっと置いた。

「申し訳ないですが、私は記憶力があまりよくないのでノートを取らせていただきます。お気を悪くしたらすみません」そう言って女性はノートを広げた。

「あの、今日は何かをするんですか?」と僕は聞く。

「いえ、特に。ただ、あなたは『死にたい』と思っている。そうでしょ?」

「まぁ、はい。昨日の夜死ぬことを決めました」

「だから、私のサイトから問い合わせをした」

「はい」

彼女は事務的な話し方でノートにメモを取っていく。

「どうして死のうと思ったのですか?そう言うのがメールに書いていなかったものなので」

「最初はつらつらと書いていたのですが、なんだか面白みがないなと思って」

「死ぬ人間が面白みを求めるのですか?」女性は不思議そうに聞いた。

「ダメ、ですか?」

「いえ、ダメではないです。ただ、死を希望する人たちは大抵この人生に辟易し面白みなんて求めないような人が多かったので」

「なるほど」僕はそう呟く。

「何か飲み物を頼まれますか?」そう言って彼女は僕にメニューを渡した。

「いえ、結構です。あまりお金もないものなので」

「お金の心配は入りません。今からあなたは自分が死ぬことについて語るのです。喉が渇きますよ。何か頼んでいた方がいいかもしれませんが」

女性は優しくそう言うが、僕はあまり乗る気になれず、

「大丈夫です」と断った。

「そうですか」と女性も食い下がることはない。「では、始めましょう」

そう言って彼女はゆっくりとねじまき時計のネジを巻くように話を始めた。

「どうして、死ぬことを決めたのですか?」

「とても簡単なことです。親と喧嘩したんですよ」

「なるほど。どうして?」

「自分の人生を自分で決めたい息子と『息子のためだ』といいことを言って世間体を大事にする親の喧嘩です」

「なるほど。今、あなたは何をなさっているんですか?」

「学生です。趣味で小説を書いています」

「その小説で飯を食っていくとか言ったのですか?」

「いえ、僕だってそんな馬鹿じゃあないですよ。まぁ、いろいろあるんです」

「そうですか。確かに人が死を決めるとき、色々とあるものです」

そう言って、彼女はコーヒーを啜った。

「それで、どうして死ぬんですか」

「そうですね。どうしてでしょうか。ただ、自分の人生が「自分のもの」と言うふうに思えなくなって。なんだか、自分は誰かの操りでしかないのかなと思って。いくら足掻いてみてもその操り師が強大すぎて結局のところ負けてしまうんです」

「その操り師とは?」

「親、ですかね」

「なるほど」

そう言って彼女はノートを閉じて、僕の方を見た。

「あなた、甘えていませんか?」

「甘えている?」

「そうです。何かに逃げている。本当に立ち向かうべきものがあるはずなのに、手頃な相手と向き合って、頑張った気になっている。そうじゃないですか?」

僕は、彼女の言い草に少し腹が立って、

「どうしてそんなこと、初対面のあなたに言われなきゃいけないんですか」と怒気を込めて言った。

「そうですね。本当は死にたくはないんじゃないですか?」

「はい?どう言うことです?」

「死にたいと言うことであなたの気分を落ちつかせているんじゃあないですか?」

僕は何も言えなくなった。右肩のmoriが僕に怒鳴る。

「違うって言えよ!早く言えよ!どうなんだよ。昨日の決意はこんな言葉で崩れるのかよ!」

僕は何も言わずに下を見る。二人の間に沈黙が流れる。周りは喧騒に塗れてうるさいはずなのに、沈黙が空間を支配して息苦しかった。

「そうかもしれない」

僕は言った。

「そうですか」女性は、そのまま立ち上がろうとする。

「いや、ちょっと待ってください。最後まで聞いてください」

女性はそっと元の席に座る。

「確かに、僕は、死にたいと言う言葉を言うことで発散していたのかもしれない。でも、僕は、本当に死にたいんだと思う。僕の先には『未来』がないんだ。本当に何もないんだ。生きていると言う限りなく現実に近い未来は想像できる。でも、それは『仮初の人生』なんだ。誰でもいい。その人生を歩んでいる顔は僕じゃあない。誰かわからない別人の顔なんだ。これまでの人生も同じだ。自分の人生なんてとうの昔に置いてきたんだ。昨日、それに気づいたんだ。そして、そう気づいた時、僕は死のうと思ったんだ」

「そうですか」女性は僕の言葉を聞いて、またノートを開いた。

「次はいつお会いしましょう」

「はい?」と僕。

「あなたの意思は固い。『鉄は熱い時に打て』です。あなたが死への強い熱望を持つ時にしっかりとその熱意の答える必要が私にはある」

「ただ、僕には僕のやり方がある。死ぬ日は僕が決めたい」

「もちろん。だから、次から私と話をして『どう死ぬのか』『いつ死ぬのか』『死ぬまでに何をするのか』を決めるんです」

「あなたは、私を殺してくれるのですか?」

僕は不思議に思って質問をした。

「いえ。あなたを殺すことができるのは、あなただけです。自ら死ぬときは最後まで一人なのです」

「では、明日、同じ時間、同じ場所で会えますか?」と、僕は女性に聞いた。

「わかりました。では、また明日同じ時間、同じ場所で」

女性はそう言って、立ち上がった。

「すみません」

「なんでしょう」女性は不思議そうに聞いた。

「あの、あなたの名前は?」

「これからこの世から去ろうと言うのにこの世にいる人間の名前を知りたいですか?」

「そうですが、なんとなく、あなたは私が話す最後の人間になりそうな気がするので」

「私ですか、そうですね。いつもこうやって名前を聞かれたときは『メメント』と答えています」

「メメントさん、ですか」

「それでは、また明日」そう言ってメメントはコーヒーショップを後にした。

机には、コーヒー代の240円だけがそっと置かれていた。

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