第6話 猿
つまらないやつ。何も話さず、表情もあまり動かない桃太郎に猿丸が持った印象はそれだけだった。あのおっかない瀬名の養子だというから、どれほど強いやつなのかと思っていたら、少し引っ張ると倒れてしまいそうな、まるで女のように細くて軽いちび助だった。しかも、一向に口を開かない。ただ黙って遠くの方を見ている。初対面の人間に緊張でもしているのかと思ったが、そうでもなさそうだ。
海の上では暇つぶしに激しい稽古もできないため、猿丸は仕方なく、幼馴染の二人に絡みに行く。そもそもこの小さい舟の上が退屈なのはいつもより静かにしている二人のせいでもあった。二人とも基本的にあまり自分から話す方ではないが、この舟に乗ってからは特に静かだ。まるで二人まで桃太郎になったようだ。
たまに桃太郎の方を気にかけるように見ている犬千代は、また弟ができたような気持ちにでもなっているんだろう。俺と出会った時もそうだった。こいつはなんだかんだ真面目で面倒見がいい。
一方、前方を見ているようで時々、桃太郎に視線を向けている雉政は一体何を考えているのか、見当もつかない。雉政は普段から特に無口で、怒りや暴言以外は全く顔に出さない。初めて桃太郎と会った時、少し怒っているように感じたのは気のせいだったのだろうか。猿丸には雉政の本心はいつになっても読み取ることが出来なかった。
だが、それほど二人が気にかけている桃太郎という人物には若干の興味が沸いた。
「……なあ、」
桃太郎にも声をかけようとしたその時、猿丸たちが乗っている舟が大きく揺れた。
「大波だ! 大波が来るぞ!」
近くから焦るような声が聞こえてきた。周りを見渡すと、他の舟も急にきた波に慌てふためいていた。
「何が……」
先程までの穏やかな海とは全く違う地獄絵図のような状況に唖然としていると、
「ぼーっとするな、猿。とにかく体勢を立て直せ!」
雉政の怒号で我に返ったその時、舟が大きく揺れ、猿丸たちの舟がひっくり返った。
「……はぁ、はぁ。」
必死の思いで逆さになった舟に掴み、海水から顔を出すと、同じくびしょ濡れで息の荒い二人が視界に入った。
「……良かっ」
「桃太郎、桃太郎!」
「おい! どこだ、返事をしろ!」
犬千代と雉政の叫び声にはっとして辺りを見渡す。いない、さっきまで静かに舟に腰かけていたあいつがどこにも……。
「……桃太郎! 桃太郎! 返事をしてくれ!」
三人は必死になって探したが、結局その荒れ狂う海に桃太郎の姿はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます