第21話 予選 準々決勝

 




 いよいよここまで来た、と実感が湧く。準々決勝である。一回戦、二回戦などとは言葉からして違う。レベルも違う。ここで相手になるのは岩倉学院高校。

 この高校、準々決勝に上がってくるだけあって、当然強い。毎回強いとか言ってる気がするがこればっかりは本当に強い。私立ならではのスカウトも熱心に行っていて、本当にいい選手が揃っている。


 今回ばかりは出番がないかもしれない。まあ、これまで出させてもらっているだけありがたいことなのだが、やっぱり出たい気持ちはある。

 出れないとしても、しっかり応援はしよう。「チームのために」、だ。


 会場について、さっさと準備を済ませアップだ。体を温めて、入念に試合に向けての準備をする。


「ソォー!!」

「「「エイ オウ エイ」」」


 声出しをして雰囲気を高めつつ、走って飛んでまた走る。


 アップの時間は思っているより少ない。あっという間に時間は過ぎて、試合だ。


「えー、スタメンはいつもの五人な。最初から全力でいくぞ!」


「「「はい!!」」」


 監督の話もあって、円陣も組んで、指揮を高める。


 そして瞬く間にティップオフ。毎回毎回、試合が始まるまでがものすごく早いなと思う。


 ジャンプボールを制したのは河田先輩。やはり頼れる大黒柱だ。


 筒井先輩がボールをキープして、相手の隙をうかがう。これまでの相手のようにはさせてくれない。


 やはりディフェンスもレベルが高い。ゾーンディフェンスでしっかり守ってくる。


 だが、うちの先輩たちが負けるわけがない。そう信じている。


 筒井先輩が自慢の鋭いドライブで中に切りこんでいく。

 素早いパスでディフェンスを掻き乱し、ボールは植原先輩へ。


 植原先輩は相手のディフェンスと真っ向から対峙する。


 クンッとシュートフェイクを一つ。

 そのシュートフェイクがあまりに美しく、ディフェンスは思わず反応してしまう。

 植原先輩はそこを逃さない。

 筒井先輩に匹敵するドライブであっという間にゴールに近づいてレイアップ。

 すぐさまディフェンスがシュートブロックに跳んだが、植原先輩は持ち前の身体能力ではらりとかわしてダブルクラッチ。鮮やかにボールをリングに入れる。


「「「ナイシュー!!」」」

「「「いいぞー!!」」」


 拍手の音とともに歓声が響く。


 だがバスケは攻守の交代が凄まじく速い。サッカーのように一点一点喜んでいる時間はない。そもそも一点の重みが全く違うので、当然である。


 相手は素早いパス回しで次々とドライブのチャンスを探っている。

 相手の七番がバックチェンジ(体の後ろでボールを移動させる)で植原先輩を引き剥がしにかかる。


 あの七番、かなり上手い。


 七番がボールを移動させた方向に植原先輩が若干寄ったところを見逃さず、レッグスルー(足の下にボールをついて通す技)であっさり抜いた。そしてカバーのディフェンスがやってくる前にストップ&ジャンプシュート。


 綺麗にきめる。


 同点だ。


(この試合、植原先輩と相手の七番の対決なんじゃ……)


 レベルの高いフォワード同士の張り合い。


 全力で応援だ!


 ***


 俺、植原は少しだけ焦っていた。


 マッチアップしている人間だけがわかる。相手との差。


(負けてる……な)


 相手の方が上手い。ボールのつき方からシュートタッチまで、何もかもが一歩及んでいない気がする。


 やばいかもしれない。


 植原は少しだけ焦っていた。


 ***


 岩倉学院高校、七番。佐々山は少しだけ焦っていた。


 マッチアップしている俺だからこそわかる相手の力量。


 正直、俺は負けている。


 一対一なら勝てる自信はある。だが、この五対五となると、俺は負ける。というより、俺たちは負ける。


 相手は周りを見るのがとても上手い。おそらく日々の練習からいつも周りを見ている。


 スキルで勝っていても、総合的な面で見るとプレイヤーとしては一歩及んでいない。


 佐々山は少しだけ焦っていた。


 ***



 第1Qが終了した。スコアは26−22。差はあまりない。ほぼ互角と言っていいだろう。


 水分補給用のボトルを先輩たちに手渡していく。


 これまでの試合とは違って、汗を多くかいているように見える。

 やはり相手も強い。


「伊織、江川と交代してくれ」


 はえ? 俺?


「え、あ、はい」


 返事を返すが、俺が出るのかよと少し心配になる。だが、先日の監督の言葉を思い出しつつ落ち着く。平常心、平常心だ。


 落ち着いて監督の話を聞く。



 第2Qと第3Qの間以外はクォーター間の休憩時間はあまり長くない。すぐに試合再開だ。


「伊織、おおおおお落ち着けよ!!」

「わかってらい。お前の方が落ち着け」


 武田に元気を貰いつつ、コートに立つ。


 バッシュの調子を確かめながら、マッチアップの相手を確かめる。


 笛が鳴って、第2Q開始の合図だ。


 俺たちはディフェンスから。マンツーマンでディフェンスする。


 相手の七番がパスをした。が、筒井先輩にカットされる。


 オフェンスだ。


「筒井先輩!」


 ボールをもらって、ゲームをコントロール。焦らず、じっくりだ。


 左ドライブをして、中に切り込む。だがそのままゴールには向かわず、コーナーにいる植原先輩にパス。なおかつ相手の七番にスクリーンを仕掛けて、植原先輩をフリーにさせる。フリーになった植原先輩はドライブはせず、ゆったりとスリーポイントシュートを放つ。


 綺麗な弧を描いたボールは、静かにネットを揺らした。


 その瞬間、川島高校サイドの観客席が沸く。


 スリーポイントシュートはやはり盛り上がる。


 そしてすぐにディフェンス。喜ぶ暇はない。喜ぶのは勝ってからだ。ディフェンスに集中する。

 マッチアップ相手をしっかり見つつ、コートの状態を常に把握することを心がける。

 マッチアップしている相手の十四番がスリーを打つために動いた。俺をスクリーンにかけようとしている。だが、負けない。多分俺もこうするだろうという予測を立てた上で、スクリーンしようとする相手をかわす。


 絶対にシュートは打たせてやらない!


 しかし相手選手は一人じゃない。

 パスを回してボールは七番へ。

 七番が攻め込んでくる。

 やはり上手い。フェイダウェイできっちりと決めてしまう。


 さて。俺もシュートを狙いにいくぞ!


 再びボールを持って、パス。今度は河田先輩に飛ばした。


 ボールを持たず、身軽な俺はコートを素早く走り抜けて右コーナーへ。ディフェンスを置き去りにしてフリーになり、河田先輩にリターンパスをもらう。すぐさまディフェンスが追ってこようとしているが、1秒あればちゃんとシュートは打てる。


 落ち着いて打ったシュートはちゃんとリングに吸い込まれた。


 よしっ!


 会場も盛り上がる。


 これでいい流れになった川島高校は、ディフェンスもしっかり守って、第3Q終了時では58−40となっていた。


 ***


 植原はもう焦ってなどいない。


 自分が何をすべきかちゃんとわかったから。

 伊織との連携プレーで、何かを掴んだ気がした。そして気づく。というより、改めて理解する。


 バスケは五人で戦うんだ。別に俺一人で戦ってるわけではないのだし、相手との差を変に意識する必要などなかったのだ。


 チームのために全力で自分のプレーをすればそれで良いのだ。


 気せずとも、その気づきは監督が伊織にかけた言葉と同じだったのだが、気付くものはいない。


 そして、もう植原は焦らない。


 ベンチに戻った植原は、非常に明るい笑顔だった。


 ***


 佐々山は焦っていた。


(負けている……)


 チームとしても、マッチアップの相手にも。


 俺がやらなければ……。俺が、俺が、俺が、俺が、俺が…………。


 佐々山は今も焦っている。


 相手はベンチに下がってしまって、実質勝ち逃げされてしまったわけだが、佐々山の自分自身との戦いは続く。


 ***



 そして第4Q。引き続き出る俺は、コートに武田と一緒に入る。

 ここまで俺はスリーを五本決めたし、第4Qは武田や他の先輩にパスを回すか。


 相手は引き続き追い上げに来ているが、うちのチームは控えも強い……はず。

 大丈夫だ。


 相手のオフェンスから始まり、こちらのオフェンス、さてディフェンスと何度かあったあと、ついに武田の見せ場がやってきた。


 俺は武田にパスした。そして始まる、相手の七番との対決。


 どうなるか。動き回りつつ見守る。



 ***


〈いわゆる神視点とやらでお送りします〉


 武田は右ドライブを仕掛けた。佐々山は反応し、ついていこうとする。が、その右ドライブはフェイク。その場でシュートを打った。


「あ、やべ」

 武田は小さく呟いた。


 惜しくもシュートは外れてしまったが、いつの間にか武田はゴール下にいた。リバウンドしたボールをしっかりシュート……ではなかった。


 思いっきりボールを床に叩きつけ、高くバウンドさせると、自分もタイミングを見て思いっきり跳躍。重力に従って落ちてきていたボールを掴んで、リングに叩きつけた。ものすごい音がなる。


 一人アリウープである。


 会場は唖然としていた。決して高いとは言えない身長の武田がリングにボールを叩きつけることができたこと。シュートを打ってからリバウンドにいくまでの素早さが尋常ではなかったこと。そして、それらを成し遂げてしまった武田の身体能力の高さ。


 監督、相手選手、会場、オフィシャル、そして伊織達も含め、唖然としていて。


 爆発したように会場に大歓声が響く。


 この日……というより、この予選大会一の大声援だ。


 ***


「やってくれましたな!!」

「武田テメェ」

「すげぇぞお前!!」

「やばすぎるだろうが!!」


 たまらず相手の高校がタイムアウトをとって、ベンチに戻ってきた瞬間、武田は先輩達にもみくちゃにされていた。


 監督が「話をしたいのに……。まあ、仕方ねぇか」という顔をしていた。


 盛り上がったまま試合が再開。


 とんでもない勢いを得た川島高校は止まる勢いを知らず、67−56で試合を終えた。


 勝利を収め、いよいよ準決勝。おそらく予選最大の相手となる、北川大学附属高校との対戦だ。


____________________________________


読んでくださりありがとうございます。


……武田がやっちまいました。いつの間にかアリウープしてて、キャラが勝手に動くってこんなことを言うんだな……という気持ちです。

もはや武田が主人公ではないかと……。

この作品の主人公はもちろん伊織です。変える気はありませんのでご安心を。

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