第48話 女子大生マッサージ

「あれ? もしかしてカナタさんってばお疲れモード?」


「まぁちょっとな。カクヨムコンも終盤で根詰めてる真っ最中だし、バイトは相変わらず忙しいし。疲れてないっちゃ嘘になるかな」


 正直なところを言えば、1週間くらい好きなだけ眠って、心ゆくまでゆっくりしたい。

 だけどそれは、夢を追うバイトワナビにとっては叶わぬ夢だ。

 休めば休んだ分だけ、ライバルたちに置いていかれる。

 夢を叶えるために必死にもがき続ける俺たちに、安息の日々などありはしなかった。


「ちゃんと寝てる? 最低でも6時間は寝ないとダメだってテレビで言ってたよ?」

 俺の答えを聞いたユキナが心配げな表情で問いかけてくる。


「うーん、最近は4時間半とか5時間いくかどうかかなぁ」


「もう、身体壊したら元も子もないんだからね? 一人暮らしだと意識不明で倒れたりしたら最悪死んじゃうんだからね?」


 ユキナはやけに心配してくれるけど、さすがに意識不明で倒れるなんてことはまずないだろ?


「あはは、意識不明で倒れることなんて早々ないって。俺、昔から身体は頑丈なほうだし」

「そう? カナタさんがそう言うならいいんだけど……」


「でも心配してくれてありがとうな。一人暮らしをしてると、そういう人の心の温かさが心に染みるんだよなぁ」


 離れて初めて分かるのが、家族のありがたさだ。


「えへへ、どうしたしまして。そうだ、せっかくだからマッサージしてあげようか? そうしたら疲れが少しでも軽くなるんじゃないかな?」


「もう10時だろ? 晩ご飯まで作って貰ったのに、さらにマッサージまでしてもらうなんて、さすがに悪いよ」


 俺はいったいどこの何様だ?


「まだ1時間くらいは平気だってば。凄腕マッサージ師としてお父さんからお小遣いをたくさん貰ってきた私の実力を、カナタさんにも見せてあげるから」


「それは完全に身内の評価でしかないような?」


 ユキナは妙に自信ありげだが、可愛い娘にマッサージをしてもらって喜ばない父親なんていないだろうし、評価は当然ダダ甘だろう。

 もはやその評価に客観性はゼロだ。


「あ、それともマッサージを受ける暇がないくらいに執筆が忙しかったり?」


「それはまぁなんとか大丈夫ではあるけど……いや待てユキナ。むしろ逆じゃないか?」

 俺はふと思いつく。


「逆ってなにが?」

 俺の意図が掴めなかったユキナが可愛く小首をかしげた。


「だって今の状況を考えたら、むしろ俺がユキナにマッサージするべきじゃないかなって思ってさ?」


「ええぇっ!?」


「だって考えてもみろよ。デートシーンで悩んでいたら実際にデートをしてくれたし、その後に晩ご飯まで作ってもらったんだぞ? どう考えてもお礼にマッサージするのは俺の方だろ?」


 おおっ、考えれば考えるほど妙案に思えてきたぞ?

 俺は友達関係においては、貸し借りなんて水臭いことは基本『なし』だと思っているんだが、それでも親しき中にも礼儀はあるべきだ。


 奢ってもらったら、別の機会に奢り返す。

 手伝ってもらったら、別の機会にそれとなく手助けをする。


 貸しとか借りとか考えずに、自発的に相手のために行動し合うのが友人関係というものだろう。


「別にカナタさんにお礼をして欲しくてやったわけじゃないし、そんなの別にいいよ」


「遠慮すんなって。俺がマッサージをしてやるから。俺も普段からセルフマッサージを結構やってるからさ。下手ってことはないと思うぞ」


 長時間パソコンに向かって執筆をしていると、なにせ肩とか首とか腰がガチガチに凝り固まる。

 それはもう全身がコンクリートブロックになったんじゃないかってくらいに、ガチガチになるのだ。


 凝り固まった身体をほぐして創作に打ち込むためにも、マッサージ技術は俺たち創作者にとってマストスキルだった。


「い、いいってば」

「遠慮しないでいいっての。俺の心の中からあふれ出てくる、ユキナへの深い感謝の気持ちの表れなんだから」


 ここに来てやけに遠慮しぃなユキナ。

 しかし俺もここまで言った以上は引き下がれないとばかりに、ユキナを説得にかかったんだけど――、


「だって、マッサージってことはその……」

「なんだ?」

「か、カナタさんが私の身体を触るってことで……それってだって……ごにょごにょ……」


 顔を赤らめながら小さくつぶやくユキナを見て、俺は今さらながらにものすごく重大な事実にハッと気が付いてしまった。


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