第28話 「なれるといいね、作家に」

 ユキナが今どんな感情を抱いているのか、その意味するところは実のところ俺にはよく分からない。


 いい年して夢を見続けようとする俺への哀れみか同情か。

 やっぱり本心では納得してなくて「こんな重い話を朝から聞かせるなよ」って思っているかもしれない。


 なにせ俺は女の子とほとんど接したことがなかったし、俺が書くラブコメときたらどれもこれも、魅力的なヒロインが冴えない主人公に一方的に即惚れする「ファンタジー」だったから。


 でも一つだけ言えることは。

 少なくとも今のユキナは悪い感情は持ってはいない。

 ファンタジーラブコメ作家の俺でもそれくらいは察せられた。


 なにせ今のユキナは、出会ってから見た中で一番ってくらいに魅力的な笑顔をしていたのだから。

 頬が少し赤くなってるような気がするけど、それはまぁ間違いなく俺の気のせいだろう。


 俺とユキナは、親と子供くらい年齢が違う。

 その断絶はどうしようもいほどにどうしようもない。


 俺からはまだしも、ユキナから俺に恋愛的な感情が生まれ落ちるなんてことはありはしない。

 そんな妄想をする年齢はもう過ぎてしまった。


 伊達に長年、現実をまざまざと見せつけられてはいないから。


 ってことは、あれかな?

 今日はいつもと違って2人いるから、普段のエアコン設定だと少し暑いのかもしれないな。

 しばらく様子見してまだ暑そうだったらとりあえず設定を2,3℃下げようかな?


「おっと話してばっかだと冷めちゃいそうだから、温かいうちに食べようぜ」


 俺はなんとも妙な空気感を断ち切るように明るく言った。


「そうだね、冷めないうちに食べよっか。なんてったって現役女子大生の手料理なんだから、美味しく食べてもらわないとだし♪」


「そうだなぁ。真面目に一生に一度の可能性すらあるもんな、味わって食べるとするよ」


「あ、だったらうちの大学の学園祭に来たらいいんじゃない? 毎年5月にあるんだけど、学園祭なら女子大生の手料理が大盤振る舞いだよ?」


「それはなんかちょっと違うんだよな。誰かのために作ったものと、不特定多数のために作った物じゃ込められた重みが違うっていうか」


 自分で言うのもなんだが、俺はその辺ちょっとめんどくさい性格だった。


「うんうん、なにせ今日はカナタさんのためだけに作ったご飯だからね♪ オンリー・フォー・カナタさん♪」


「ははっ、ありがとな。うん、ほんと美味しいよ、文句なしの100点だ。改めてになるけど、ユキナは料理が上手なんだな」


「わたしも一人暮らしがそろそろ満2年だからねー。上達だってするもんです」


「いやいやそれにしても上手いもんだよ。味噌汁も実にいい塩梅あんばいだし。若者がこれなら日本の将来は明るいな」


「お味噌汁が作れるだけで安泰になっちゃう日本の将来って、それはそれでまずくない?」


「おいおい、何事も基礎をおろそかにしちゃいけないんだぞ? 千里の道も毎朝の味噌汁からってな」


「あ、すごくいいこと言ったっぽい」


「一応、作家志望だからな、プロの」


「なれるといいね、プロの作家に」


「……ありがとう」


 ちょっとおい、ユキナ。

 いきなりすっごい笑顔でそんなピュアなこと言うなよな。

 ドキッとして心臓が止まるかと思っただろ?


 まったく最近の若い子ってば、ほんと素直に思った事を言うんだからさ。

 混じりっけなしの純粋な応援をもらって、俺は不覚にもウルッときてしまっていた。


 いかんなぁ。

 年のせいか最近、涙もろくなっちゃって……。



―――――――


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