第10話「じゃあさ、カナタさんちに泊めてよ?」

「ふぅん、そんなもんなんだ。最近のWeb小説の世界って結構大変なんだね」

「そうそう、結構大変なんだよ」


「それはそれとして、わたし帰れなくなっちゃったんだけど?」

「電車がないならタクシー拾うしかないよな」


「奢り?」


「……いや、ちょっと、その……今月はちょっと厳しいかな、的な……俺バイトだから収入があまりなくて……」


 俺は視線を地面に落としながら小さな声でごにょごにょと呟いた。


 貯金ギリ6ケタのバイトワナビな俺にとって、ご飯代1450円+タクシー代(っていくらかかるの? 乗ったことないから分からないよ)の出費とか切実に無理なんです。


「あー、もしかして、さっき奢ってもらったのってカナタさん的に結構まずかったり?」


「そこまで厳しいわけではギリギリないかな……という感じがしなくもないというか」


「そっかぁ……じゃあさ、カナタさんちに泊めてよ?」

「え? ……どこに泊めろだって?」


「カナタさんのおうちに泊めてよ? 近くなんでしょ?」

「それはないな」


「あれ? 遠くなの? さっきここから5分って言ってなかった?」


「うちはここから5分の賃貸アパートだよ。ないなって言ったのは、俺の家に泊める選択肢がないなって意味」


「なんでさ?」

 ユキナが不思議そうに首をかしげた。


「なんでってお前、このご時世に若い女の子を家に泊めるとか下手したら捕まるだろ。名前が出て人生がリアルに詰む」


「泊めるくらいなら捕まりはしないでしょ? 一応わたし成人済みだし、未成年どうこうはないよ?」


「もし俺がユキナに何かしたらどうするんだよ? 強制わいせつで一発アウトだろ?」


「わわっ、もしかして何かするつもり!? カナタさんのえっち!!」


 ユキナが肩を抱いて胸を隠すような仕草をみせた。


 今日の更新を終えるのに必死であまり気にしてなかったんだけど、ユキナって結構スタイルいいのな……じゃなくてだな!


「そんなつもりはないんだけど、間違いはあるかもしれないだろ? 俺だって男なんだからさ」


「まぁその時はその時で?」

「軽っ!? いやいやそんな軽い話じゃないだろ?」


 今日会ったばかりの男にナニかされるかもしれないってのに、泊めてくれるならそれも仕方ないってか?

 もしかしてこれがナウなヤングの感性なのか?


 まさかリアル系の現代ラブコメを書くとき、これから俺はこの感性を基準に書かないといけないのか?

 さすがにそんなの無理だぞ?

 だって理解できないもん。


 やっぱりえっちとかそういうのは好き合った同士が、お互いの気持ちを確かめ合った上でいいムードの中いたすものだと思います!(by昭和世代)


「うーん、だってほらカナタさんいい人っぽいし? だから酷いことはされないんじゃかなってわたし思うなー」


「俺としてはたった数時間一緒にいただけで、そこまで信頼を勝ち得たとは到底思えないんだが……」


 しかもそのほとんどの時間を、俺はひたすら一人の世界に入って執筆していたわけで。


「ごめん、ちょっと言いかたが悪かったかも。『もう遅い?いや遅くない!ラノベ作家を目指す30過ぎのボクに、ある日高校生の彼女ができました』なんてタイトルの小説を書く女性経験少なそうな人が、酷いことはしないかなって――」


「だから公共の場でそのタイトルを朗読するのは、俺が社会的に死んじゃうからやめてくださいね!?」


「てへぺろ♪」

 ユキナが可愛らしくペロッと舌を出した。


 あとさらっと女性経験少なそうとか言うなよな。

 なんでも決めつけは良くないぞ?


 長年のWeb作家生活でネット批判されるのにはわりかし慣れてる俺も、すぐ目の前の女の子から面と向かって心を辱められたら、泣いちゃうこともあるんだからね?


 そもそも女性経験が少ないどころかゼロなんだけど、たとえ事実を言っても名誉棄損になることはあるんだからな?

 法学部の学生なら知ってるよな?


「……はぁ、分かった。今日だけ泊まっていっていいから」

「やったぁ♪」


「でも今日だけだぞ。朝起きたらすぐ帰るんだからな? ユキナが俺んちに長くいればいるほど、俺が通報される危険性が高まるんだから」


「はーい。分かってまーす」


 ――というようなやり取りがありまして。

 『そういうこと』になってしまいました。

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