第34話 関西風の鍋

「なぁこの鍋おかしくないか? 全然味付けしてないだろ? 割り下入れ忘れてない? あと昆布が入ってるんだけど昆布って食べれるのか?」


 俺は水にしか見えない透明な鍋つゆを見てユキナに尋ねた。

 正直、鍋の出来具合に不安を感じざるを得ない。


「鍋と言ったら昆布で水炊き、ポン酢に付けて食べるのが関西風ですから。ちなみに昆布は食べません。出汁とり用です」


「むむっ!? なんかそれ聞いたことがあるような……? そうか、これが関西風の鍋なのか! ナイスユキナ!」


「どうしたしましてー」


 関西風の鍋と聞いて、俺のテンションは駄々上がりしていた。


「そうか、これが関西風の鍋なのか……! 人生初体験だ!」


「こうしたらカナタさんが絶対喜ぶと思ったんだよねー」


「サンキュー! めちゃくちゃ嬉しいよ! そっか、これが関西の鍋なんだなぁ」


「良かった♪ うん、そろそろできたかな? どうぞ召し上がれ」


 ユキナからポン酢入りのお椀を渡された俺は、早速タラの切り身を口に運んだ。

 もきゅもきゅ……。


「さっぱりとしていて食べやすいな。うん、俺は今、関西を味わってるんだなぁ……」


 この時点で既に俺の心は関西にいた。


「あはは、カナタさんってほんと関西風って言葉が好きだよね」

 しみじみとつぶやいた俺を見て、ユキナが苦笑する。


「だって新幹線で2時間ちょいなのにこれだけ文化が違うんだぞ? そりゃ適当にエセ関西弁キャラを出したら関西人は怒るよなぁ。この澄んだ透明の鍋汁を実際に見てよーく分かったよ。まさに『水炊き』というのにふさわしい鍋だ! さすが関西!」


 俺の心は今、関西にいるぞ――!

 しかも、


「ちなみにやけど、カナタさんは関西弁関西弁ゆうとおけど、うちのは神戸弁やからね?」


 ゆ、ユキナが関西弁をしゃべっただと!?


 やはり本物だ、ユキナは本物の関西人なんだ!

 ガワだけ真似たエセ関西弁じゃなくて、アクセントがめちゃくちゃ吉本芸人っぽいもん!


「神戸弁だって? なにそれ初耳なんだけど?」


「うち鍋好きやねん――みたいなコテコテの大阪弁は、神戸やとあんま使わへんし」


「なるほどそうなのか。勉強になるなぁ」


 さすが関西弁、奥が深いな。

 やはり俺が関西弁キャラを登場させるのは、まだまだ早すぎるようだった。


 いや待て?

 ユキナともっと仲良くなれば、関西弁の監修をしてもらえるかも?


 それこそずばり神戸出身のヒロインとか登場させたりして――って、そういう打算的な友人関係は良くないよな。

 友達を利用しようと思った時点で人間失格だ(太宰治じゃないぞ?)。


「なんかカナタさんの目がキラキラしてて、本気で感動してそうで怖いんだけど……」


 そんな俺の態度に、ユキナがちょっと引いたようにつぶやいた。

 失礼だなまったく。

 俺が神戸っ子ユキナに本気じゃないとでも?


「ちなみにちょっと聞きたいんだけどさ?」

「なに? ポン酢は苦手だったりする?」


「いや、関西風はさっぱりとしていて美味しいよ。特にタラとよく合ってていくらでも食べれそうだし」


「だったらちょうど追加のタラもいい感じにできてるから。お椀貸して、よそってあげる」


「ありがとう」

 俺が手渡したお椀(というか深皿)に、ユキナがタラや豆腐を入れてくれた。

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