第二章 ユキナ
第22話 トントントントントントントントン
トントントントン――、トントントントン――。
どこからかリズミカルな音が聞こえてきて、俺は静かに目を覚ました。
その音を聞いてまず真っ先に、まるで『キンキンキンキンキンキンキンキン』みたいだなと思ってしまったあたり、俺はもう完全にWeb作家脳なんだろうな。
俺もいつの日かこんな風に、状況をストレートに脳に訴えかける天才的描写を生み出す一流作家になるんだ……!
それはそれとして。
「いったい何の音だ? 今日は土曜日だってのに、朝っぱらから近所で工事でもやってるのかな? いやでも家の中から聞こえてるような? キッチンからか?」
俺は「ふぁ~あぁ……」と大きなあくびをしながら一伸びをすると、布団から起き上がった。
マイベッドではなく床に敷いた来客用の布団だ。
「……ああそっか、昨日ユキナがうちに泊まったんだっけ」
昨日の夜(正確には今日の未明だけど)シャワーを浴び終えると、ユキナが俺のベッドで寝ちゃっていたから、俺はしかたなく来客用の布団で眠ったのだ。
しかし本来の寝所であるマイベッドを確認してみると、既にそこにユキナの姿は見当たらない。
「昨日のアレ全部、まさかの夢オチだったわけじゃないよな?」
もし昨晩のアレやコレやらが全部夢だったとしたら、俺の精神状態は相当ヤバいとこまでイっちゃっいてることになる。
すぐにでも心のケアをしてもらいに専門の病院に行く必要があるだろう。
原因はきっと、夢を追い続けることに心が疲れたとかそういう理由に違いない。
一抹の不安を覚えながら、俺は音の発生源と思しきキッチンスペースへと向かった。
すると、
「あ、カナタさんおはよー♪」
包丁片手のユキナが、仕切りドアを開けた俺に気付いて振り返ると、笑顔で朝の挨拶をしてきた。
「え、あ、うん、おはよぅ……」
そんなユキナに対して、俺はもごもごと小声で返してしまう。
朝一で女の子におはようと言われる人生を、俺はついぞ経験したことがなかったので……。
でもどうやら昨日のことは夢じゃなかったみたいだな。
俺の精神状態はまだまだ大丈夫だ。
「勝手にお台所借りちゃったんだけど、もしかしてダメだった?」
キョドってる俺を特に気にする様子もなく、ユキナは昨日と変わらない明るい笑顔を向けてくる。
おかげで俺も少しだけ落ち着くことができた。
「まさか、全然いいよ。台所に特に思い入れはないし」
「ならよかった。それと冷蔵庫の食材もちょこっとだけ拝借させてもらいました」
「そっちも好きに使ってくれて構わないよ。そもそもたいしたものは入ってなかったはずだし」
一家の家事という重責を担い、日々効率化を推し進め、冷凍庫での長期作り置きなども組み合わせて計画的な冷蔵庫運用を追及しておられる歴戦の主婦の方々ならまだしも。
料理も掃除も適当にするだけの一人暮らしの男にとって、台所の使いかたや冷蔵庫の中身に関して思うところは特にありはしない。
オールフリーでウェルカムだ。
「あ、でも冷蔵庫に意外と食材が入っててびっくりしたかも? 男の人の一人暮らしって、お酒とビールとつまみしか入ってないもんだとばっかり思ってたから」
「あーたしかに、そういうやつは結構いるかな。行くところまで行ってると、炊飯器を持ってなかったりとかするし」
「あはは……ちなみにカナタさんは結構お料理とかするタイプなの? 実は料理好きだったり?」
「料理は特に好きってことはないよ。簡単な物しか作れないし」
「あれ、そうなんだ?」
ユキナが意外そうな顔をする。
「ぶっちゃけ外食は高いだろ? 自炊は圧倒的に安いから必然的にやらざるをえないっていうか」
自虐気味に苦笑した俺の切実さがどこまで伝わっているのか。
「まぁそうだよねー」
ユキナは俺の言葉に軽~い笑いを返してくる。
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