第19話 ~3年前~
「あー、あったまる……」
俺はシャワーの蛇口から勢いよく吹き出るお湯に身を委ねながら、小さく独り言をつぶやいた。
人間は一人で過ごす時間の長さに比例して独り言が増える寂しがり屋な生き物だと言ったのは、果たして誰だっただろうか。
温かいお湯を頭から浴びながら、俺は最近はそこまで思い出すことも無くなっていた「昔のこと」を強く思い出していた。
間違いなくユキナと『応援コメント』について話したことが原因だ。
『あれ』は3年前のカクヨムコンでのことだった。
当時既に執筆歴だけはベテランの域に入っていた俺も、もちろんそのコンテストに参加していた。
そのコンテストで、スタートから1カ月半にわたって恋愛部門でトップをぶっちぎっていた作品があった。
『やはり友達が少ない俺の妹がこんなに可愛いわけがないこともない。今さら俺を好きとかもう遅いから~追放されたボッチ兄おっさん、最強無双チートスキル【神】をもらって異世界人生やり直し~』みたいな長文タイトル全盛の時代に。
『雪華のしずく』という超がつくほど短いタイトルで、プロも含めた並みいる人気作家の応募作品を抑えてトップを譲らなかったその作品は、当時のカクヨム作家で知らないやつはいなかったほどだ。
Web小説特有の読みやすさ重視の文章でありながら。
同時に公募に出してもおかしくないクオリティの高さを併せ持った『雪華のしずく』は、読者のみならずライバルである作者からも高い支持を得ていた。
なによりその作者である「セツナ」がうら若き女子高生だったのが、話題に拍車をかけていた。
基本的に作者の年齢は、プライバシー保護の観点から他のユーザーには分からない仕様になっている。
だけど高校生しか参加できない『カクヨム甲子園』にその年度の夏に参加していたので、高校生なのは間違いなかった。
女子だったのかどうかは正確には不明なんだけど、返信コメントや近況ノートの内容から高確率で女の子、つまり女子高生だろうと言われていた。
現役女子高生の描き出すクオリティの高い恋物語は、当たり前のように高い評価を得て。
『雪華のしずく』は公開からわずか1カ月半で15000フォロワー、☆7000という恋愛ジャンルではありえない数値をたたき出した。
カクヨムコンの恋愛部門で大賞を獲るのは確実とまで言われてたし、俺も実際に読んで「これを高校生が書いたのか、ニュータイプっているんだなぁ……」と感心させられたものだった。
しかく『雪華のしずく』は大賞を受賞しなかった。
いや正確には審査の対象にすらならなかった。
『雪華のしずく』はコンテスト終了間際に参加を取り消したからだ。
理由は作品に付いた『応援コメント』だった。
絶賛する内容が並ぶ中にごくわずか悪意のあるコメントがあって、そこでセツナは絡んでくるとある読者と延々とやり取りを繰り返していたのだ。
常に理性的かつ高校生らしからぬ視野の広さと知識の深さで説明するセツナに対して。
その読者は女子高生に言い負かされるのは屈辱だとでも思ったのか、どんどんと感情的にヒートアップしていって。
最後の方は、
『人生経験が足りない高校生のくせに偉そうに語ってるけど~』
『この言葉にはこういう意味もある。こっちはこういう意味で受け取った、謝罪しろ』
といったような人格否定&揚げ足取り&重箱の隅をつついたような罵詈雑言が書き込まれるようになっていた。
そしてそれはセツナが最新話を公開するごとに繰り返され。
1月31日のコンテスト終了直前に『雪華のしずく』はコンテストを降りたのだった。
もちろんセツナを擁護するコメントはいくつもあった。
俺も何度もセツナを応援するようなコメントを書いた記憶がある。
だけどその後しばらくしてセツナはアカウントを削除した。
カクヨムを退会したのだ。
十中八九、あの悪意に満ちた生産性のないレスバトルが原因だった。
ネットの悪意に晒されるのは、まだ精神的に未熟な高校生には相当辛かったに違いない。
そのあとセツナがどうなったのかについては、部外者の俺には知る由もない。
俺はセツナの関係者でもなんでもなく、ただの一読者に過ぎなかったのだから。
ちなみに完全な余談だが、俺はその年のカクヨムコンの読者選考を通過できなかった。
タイトルは『やはり友達が少ない俺の妹がこんなに可愛いわけがないこともない。今さら俺を好きとかもう遅いから~追放されたボッチ兄おっさん、最強無双チートスキル【神】をもらって異世界人生やり直し~』。
「入念にリサーチした流行りの要素をいっぱい詰め込んだから、いけると思ったんだけどなぁ……」
―――――
次回、ついに女子大生と一夜を共にします!(>_<)
乞うご期待!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます