第15話「でもこれ全然応援してないじゃん……めっちゃ批判してるじゃん……」

「それでカナタさんはパソコン開いて何してたの? 執筆の続き?」


 ユキナが髪をタオルで挟んで押し当てるようにして水分を取りながら、ノートパソコンの画面を覗きこんできた。

 当たり前のように俺の隣に腰を下ろす。


 すぐ近くで石鹸の清潔な香りがして、思わずドキッとしてしまった。

 俺も男なのでその、若い女の子に興味があるかと問われればもちろん興味が無くはないわけでして……。


 もちろん俺は素知らぬふりを装ったよ?


 出会ったばかりの若い女の子を深夜に家に連れ込んだだけでも、社会一般的な価値観からはアウト寸前――いや完全アウトかな、うん。


 だっていうのにさらに手を出したりなんかしてしまった時には、社会的制裁は免れないだろう。


 もしいつか俺のデビューが決まった時に、なにかの拍子で運悪くそれが白日の下に晒されてしまえば、デビュー取り消しなんて可能性まであるかもしれない。

 そんなのはまさに悪夢、この世の地獄だ。


 そうだぞ、優先順位を間違えるなよ名城彼方なしろかなた

 一時の情動に流されるほど若くもないし、何より俺はあの時、絶対にデビューすると誓ったはずだ。


 俺のため、そしてあの子のためにも。

 俺は絶対に作家デビューするんだ――。


「いや『応援コメント』に返信してた」


 俺は緊張を押し殺すと、なんでもないようにサラッと答える。


「ふーん、えっとなになに……」

「ああもう勝手に見るなよ」


「いいじゃん別に減るもんでもないし。だいたいこれネット上のやり取りなんだから、後でいくらでも見れるでしょ?」


「やり取りしてるところを見られるのは、またちょっと違うだろ?」


「そんなもん?」

「そんなもんなの」


「ふーん」


 俺は画面を変えようとマウスに右手を伸ばした。

 だけど先にユキナがマウスを掴んでいて、俺の手がユキナの手の上からギュッとかぶさってしまう。


 自分の手とは全然違った瑞々みずみずしくて柔らかい肌の手触りに、どうしようもなく女を感じさせられた俺は、慌てて右手を引っ込めた。


「ご、ごめん」


 お、落ち着け。

 今のは事故でありアクシデントだ。

 人が2人いれば起こりうるただの不可抗力なんだ。


 だから気持ちがまた変に昂ってしまう前にとっとと忘れてしまえ。


 深呼吸だ、すー、はー――って、うげぇっ!?

 深呼吸したことで、ユキナからかおってくる石鹸の得も言われぬ香りが肺の奥にまで入ってきてしまったんだが!?


「あっ、う、ううん。き、気にしないでいいし……」

「お、おう。そうするよ」


「……」

「……」


 うぐっ、またもや気まずい沈黙が……。

 こういう時はいったい何を話せばいいんだ?


 そうして2人パソコンの前で肩を寄せ合って、1分ほどお互いに口を開かないままでいた後、


「じゃ、じゃあ読むね」

「お、おう……」


 ユキナがそう切り出してくれたおかげで、どうにか微妙な空気は払しょくされ、会話が正常に動き出したのだった。


 そして言葉どおり、ユキナは『応援コメント』読み進めていく。


 しばらく画面をスクロールしながらふんふん頷いていたユキナの手が、とある場所で止まった。


「『展開が強引で理解不能。素人丸出し、正直失望しました』ってなにこれ……」


 ショックを受けているのか、その声は蚊の鳴くようほどにか細く弱弱しかった。

 ユキナはマウスから力なく手を離すと、見上げるように儚げな視線を俺へと向けてくる。


 まぁ何も知らないハタチ前の若者がこれを見たら、少なからずショックを受けるだろうな。

 だからユキナには見せたくなかったんだけど。


 特に今回アップしたばかりの最新話は、ユキナも一緒に書き上げた話だったから尚更だ。


 作家にとって作品は自分の分身みたいなものだ。

 それがけなされるのは自分自身を否定されているかのごとく辛い。


 だから今、ユキナは自分という存在が強く否定されたように感じていることだろう。


「なにってさっき言っただろ? 『応援コメント』だよ。読者はここで作品にコメントを付けられるんだ」


 だから俺はことさらに軽い口調で言った。

 こんなもん全然ちっとも気にしなくていいんだよ、ってことがユキナに伝わるように。


「でもこれ全然応援してないじゃん……めっちゃ批判してるじゃん……応援ってそういうのと違うじゃん……」


 だけどユキナは引き下がってはくれなかった。

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