第13話「ぱ、パンツはコンビニで買ってあるから大丈夫だにょん」
しばらく微妙な空気で見つめ合っていると、
「ぱ、パンツはコンビニで買ってあるから大丈夫だにょん」
唐突にユキナが言った。
変な雰囲気を元に戻そうと何気ない風を装っていたけど、緊張からか声が裏返ってる上に、最後に思いっきり噛んでいた。
「だにょん」ってお前、ちょっとむかしに流行った変な語尾によるキャラ付けかよ?
ユキナも恥ずかしかったのか、顔が赤くなっている。
「あー、さっきコンビニ寄ったのはそれを買ってたからか」
俺はそういった諸々に気づかない振りをしつつ、変な雰囲気を打破しようというユキナの意図だけすくい取って話に乗っかる。
「どんなの買ったか見てみる? カナタさんがどうしてもっていうならやぶさかではないよ?」
「バカなこと言ってないで早く入ってこい。ユキナが上がったら俺も入るから、換気扇は回さないでくれな」
「はーい、じゃあまた後でねー」
風呂場に向かったユキナの様子は既に元通りで。
「ふぅ、なんとか元の空気に戻ったよ。あー、緊張した……」
「間違い」が起こらなかったことに、俺はほっと胸をなでおろしたのだった。
ユキナがシャワーに入った後、俺はユキナに伝えた通り来客用の布団を敷いて着替えを用意してから、ノートパソコンを開いた。
かつてのHDD=ハードディスクと違って、最近のSSD=ソリッドステートドライブ搭載のパソコンはわずか10秒程で立ち上がってくれる。
家に帰るとまずはパソコンを立ち上げて、起動待ちの時間に着替えてお茶を淹れる――なんて時代から書いていた俺にとっては、もはや隔世の感すらあった。
生活がとても便利にはなったものの。
あまりに早い技術の進化と比べて、30歳を通り過ぎてなおワナビから抜け出せないでいる自分に、どうしようもないやるせなさと、少なくない惨めさを覚えてしまう。
そんな感傷を飲み込みながら、今日もブラウザを立ち上げてカクヨムにアクセスした。
さっきアップした最新話の反応を早く確かめたかったのだ。
「ええっとどれどれ……おおおっ!? 応援コメントがたくさんついてる! ☆も! ん? これはまさかのレビュー!? マジか! 作品初レビューだ!」
ノートパソコンの前で、俺は思わず拳を握り締めた。
「マジで読者の反応がいつもと全然違ってる。やっぱいい出来だったもんな、読者にも分かるもんなんだなぁ」
俺は今までにない手ごたえを得たこともあって、気分よく読者からの応援コメントに上から順番に返信していった。
『今回マジで面白かった』『主人公が熱い!』『情熱的でいいですね~』などなど好意的なコメントには思わずにっこりしちゃうよね。
「むふふふ……、あざます!」
作品や登場人物は、作者にとっては腹を痛めて生んだ子供みたいなものだ。
だからその子供たちが他人から褒めてもらえるのは、親である作者にとっては泣きたいくらいに嬉しいことなのだ。
もちろんこれは全世界に向けて公開されたWeb小説なので、必ずしも好意的なコメントばかりが来るわけではない。
中には『話の整合性がとれていない、合理性ゼロ。全然ダメ、下手くそ。プロを目指してるのならもっとしっかりとしたストーリーラインを意識するべき』なんていう厳しい意見もあった。
「ふんふんなるほどね。ご指摘ありがとうございます。参考にします、と」
俺はその意見に反論するでもなく、そう書き込んだ。
ここでレスバトルしても何の意味もないからな。
ユキナのセリフじゃないけど、それこそ生産性がない。
人間はみんな考え方や価値観が違う。
人の数だけ受け取り方があるんだから、こういう意見があるのもある意味当然なのだから。
特に今回はすれ違ってしまったヒロインに、主人公が熱い想いをガンとぶつけて強引によりを戻す展開だったので、その非論理的展開が気になる人もいるだろうなとは予測できていた。
俺も伊達に長年ワナビをやっていないのだ。
ただ、頭ではそう分かっていても。
きつい言葉を投げられた心は決して傷つかないわけではない。
「ま、俺もいい大人だし、それなりにしんどい思いもしてきたからな」
だからこれくらいでどうってことはないんだけれど。
ただもしこの手のコメントを若い作者が見たとしたら。
「きっと自分自身が否定されたみたいで堪えるんだろうな」
『そういうこと』に関して思い当たる節があった俺が、少しだけ感傷的になっていると、
「お先~」
ユキナがシャワーを浴びて戻ってきた。
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