第8話 経験値はゼロのまま

「いやアドバイスが的確ですごく助かった」


「ほんと!? 良かったー」

 ユキナがホッと安心したように相好を崩す。


「でも的確過ぎたっていうか、えらく手馴れてたような気がしてさ」

「え?」

「ユキナってもしかしてWeb小説を書いた経験でもあるのか?」


 俺はそのことがとても気になっていた。


 今も話しながら出来立てほやほやの最新話をもう一度読み直してみたんだけど、はっきり言って俺が書いたとは思えないほどの完成度の高さだ。


「……ないよ」

 けれどユキナは小さな声で、だけど強く俺の推測を否定した。


「ほんとか? その割にはユキナの指摘が納得いきすぎて俺ビビったんだけど」

「岡目八目って言うでしょ、横から見てると気づくこともあるんだよ」


「ほんとにほんとか? ほんとに書いたことないのか? カクヨムじゃなくても、小説家になろうとかアルファポリスに投稿してないか?」


 俺は最新話の出来がよかったことでついつい調子に乗って、興味本位でしつこく尋ねたんだけど、


「だからそんな経験ないってば!」


 ユキナは突然、強い口調で怒るように否定してきたんだ。


 時間も遅いので客はほとんどおらず、代わりに夜シフトの店員が何事かと視線を送ってくる。

 それに愛想笑いして頭を下げながら俺は内心、失敗したなと激しく後悔していた。


 調子に乗って馴れ馴れしくし過ぎてしまった。

 これだから女の子とろくに話したことのない30代男性はダメなんだ。


 柄にもなく浮かれてしまって……それで、その、ど、どどど、どうしよう!?

 女の子を怒らせちゃったんだけど、俺どうしたらいい!?


 俺は必死に打開策を考えた末に、


「えっとあの、気に障ったみたいでごめん。調子に乗ってました、本当にごめんなさい」


 結局なんて言えばいいのか分からなかった俺は、黙っているよりはマシと思って謝ることにした。


 小学生張りにストレートに謝った。

 ほんとコミュ力無さすぎだった。


 はいそうです、俺の女子とのコミュ力は小学生の時分から微塵も成長しておりません。


 でもね?

 異性とコミュニケーションをとる機会がそもそもなかったんだから、成長するわけがないよね?


 経験値はゼロのままなんだからさ?

 だからこんな時に怒った女の子にどんな声をかけたらいいかなんて、分かるわけがないだろ?


「ううん、わたしのほうこそ大きな声出しちゃってごめん」


 だけどユキナはさっきの態度が嘘のように笑顔になっていた。


 ほっ、よかった。

 とりあえず素直に謝ったのは間違ってはなかったみたいだな。


「えっと、その。多分だけどユキナには文才があると思うんだ。だから気が向いたら今度書いてみるといいよ。カクヨムのアカウントを持ってさえいれば、誰でもすぐにでも投稿できるからさ」


 書こうと思い立った今この瞬間から投稿できるのが、Web小説の最大の魅力なのだから。


 完成している必要もない。

 数百字の短編だっていい。


 自分を表現したい時に好きなように表現できるのがWeb小説という世界だった。


「んー……」


「読まれやすいような人気のタグや、流行りのタイトルなら俺が教えてあげられるし、もし気が向いたら気兼ねなく言ってくれな」


「そうだね……うん、やっぱりわたしはいいよ、自分で書くのとかぜんぜん興味ないし」


「そっかぁ、もったいないなぁ。かなりいい線行くと思うんだけどなぁ。その若さでこれだけ書けたら、書籍化もかなり現実的だと思うのに」


「もう、わたしのことはいいでしょ? それよりムダ話してたら日が変わっちゃうよ? せっかく間に合ったんだから早くアップしないといけないんじゃない?」


「おっとと、まったくもってその通りだな」


 現在23時45分。

 公開せずに寝かせておく意味は全くないし、0:00の更新ラッシュで新着欄が怒涛の勢いで流されてしまう前に、さっさと公開してしまおう。


 俺は出来立てほやほやの最新話を、意気揚々とカクヨムにアップした。


 ユキナのアドバイスが的確だったこともあって、今回の話は自分で言うのもなんだけど会心の出来だった。

 きっと読者からもいい反応が返ってくるに違いない――そんな確信めいた予感を胸に抱きながら。

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