第6話 「もう、カナタさんのえっち……」

「なんだ、ユキナってカクヨムのアカウント持ってたのな」


「ううん? 1話を読んで感想付けようと思ったら、ログインしてくださいって出たからアカウント作ったの」


 パソコンを操作してすぐに登録日を確認してみると、まさに今日の日付だった。


「さすが今どきの若者だな……さっきの今でパッとアカウントを作れるちゃうとかマジ半端ない……」


 俺なんか知らないサイトのアカウントを作ろうとしたら、30分とか平気でかかっちゃうのに。

 デジタルネイティブなZ世代ってすごいなぁ……。


「ついでに評価もしとこっか? ☆を押せばいいんでしょ?」


「だめーーっ! それだけはやめてーーっ!」


 しかしユキナの何気ない提案に、俺は血相を変えた。

 今まさに☆を押そうとしてた手をガシっとつかんでブロックする。


「あ、あの……手……」

「わ、悪い、つい勢いで……」


「もう、カナタさんのえっち……」

「ご、ごめん」


 俺はつかんでいた手を離すと心の底から謝罪した。

 初対面の女の子の手を掴むとか、セクハラも甚だしい。


 そうでなくとも俺は「立てば警戒、座れば不審者、歩く姿は即通報」な30代成人男性だってのに。


「別にそれはいいんだけど、でもなんでそんなに焦ってたの?」

 ユキナが腑に落ちないって顔をして小首を傾げる。


「ユキナは知らないだろうけど、Web小説界隈には複垢警察MAP――Multi Account Policeってのがいるんだ」


「複垢警察? なにそれ?」


「複数アカウントを使って自分に不正評価を入れている卑怯な作者をとっちめる、正義の味方たちのこと。証拠をつかんでは運営に通報して、たまに垢バン祭りが起こる」


 冬に開催されるカクヨムコンで複垢やったヤツらが春頃に一斉バンされることが多いので、一部では「春のバン祭り」とか呼ばれているほど。


 名前の元ネタはもちろんヤマザキパンが毎年春にやっている、シールを集めてお皿がもらえる「春のパン祭り」だ。


「ふぅん、そんな人たちがいるんだ。でも別にカナタさんは複垢したわけじゃないよね? なんの問題もなくない?」


「いや、してるように見えちゃうのがまずいんだよ。今日登録したばかりのアカウントでいきなり俺にだけフォローと評価をしてみろ、見る人が見たら真っ黒だろ?」


「あ、そういうことね、なるへそなるへそ」


 なるへそって、ユキナはほんとにハタチの大学生なのかい?


「不正利用なんて全くしてないのに、痛くもない腹を探られたくないからな。俺は後ろ暗いことのまったくない真っ当な作家として、いつか公明正大にプロデビューするんだ」


「ふむふむ、勉強になります」


「あ、でも後で読んで面白かったら評価してくれな? 評価ボタンは3回まで押せるからな? あとレビューを書くとなぜか評価が1に戻る仕様だから、そこだけ気をつけてくれな? レビューを書いたら必ずもう一度3まで押し直すんだぞ?」


「……」

「な、なんでそんな冷たい目で見るんだよ?」


「だっていい感じの話をしてたなーって思ったら、急に欲望丸出しなんだもん。いろいろと台無しなんですけどー」


「うぐ……」


「それと、なんか必死だなーって思っちゃった」


「……そうだな、うん。俺って必死なんだろうな。いや俺に限らずワナビはみんな必死なんだよ。だから毎日更新だってするし、テンプレだの既視感だのナーロッパだの笑われても、流行りの要素をこれでもかと取り入れるんだ」


「えっと、カナタさん?」


「☆……あ、俺たちカクヨム作家は評価のことは☆って言うんだけど、☆が入るのは滅多にないんだ。読者は読んでくれても、なかなか☆は入れてくれないからさ。だから正直☆は欲しい」


「評価……えっと☆って1回押すだけでしょ? そんなに入らないものなの?」


「たしかに☆を1回押すだけだけど、それは言い換えれば一手間かかるってことだからさ。何もしないでいいなら何もしないで済ますっていうのは、人間の普通の心理だと思うし」


「ふーん、そんなもんかぁ……」


「それに商業化するような作品と比べたらやっぱり質は落ちるからさ。いや、もちろん俺は苦労して書いた自作が負けてるなんて思ってはいないんだけど。でも商業化できないのはやっぱり何かが足りてないわけで。だから読者が☆を入れようと思わないことにも、理解はできるんだよ」


「そっかぁ」


「だからもしユキナが読んで面白いと感じたら、その時は☆を入れてくれると嬉しいかな」

「わかった、読んで面白かったら☆を入れてみるね」


「ありがと、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「ふふっ……。カナタさんってさ、やっぱりいい人だよね、うん」


 突然ユキナが妙なことを言った。


「……やっぱりって?」

「えっ!? いやあの、今のはただの言葉の綾的な!? ふ、深い意味はないし!?」


「そう? あああと、もう一回言っておくけど☆は3回まで押せるからな。これ大事なことだからな?」


「……ほんと必死だね」


 なんてことを話していると、注文した1450円分の料理が運ばれてきた。


「じゃあ俺は執筆してるから、適当にご飯食べててくれ」

「はーい♪ ゴチになりまーす♪」


 俺はユキナとのやり取りを終えるとノートパソコンに向かった。

 話していたうちに時計の針はもう22時を回っている。


 あと2時間で書き上げて今日の分を公開しないといけない。


 ヨシ!

 やるぞ!


 俺は気合を入れなおすと再び執筆にとりかかった。


――――――

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