第9話 夕食も一緒に
魔法訓練は明日に延期されたようで、夕飯は自室で食べるのかと思いきやダイニングでとるとのこと。アンさんに着替えと身体を清めるよう湯桶とタオル一式を渡される。「メイドの務めです」と俺の身体を拭こうとするアンさんを部屋から追い出すのに少し疲れる。
「ここまで準備すると言うことは・・・俺って血を吸われたりする?」
ずっと思っていた疑問。俺はどうしてこの家に支援を受けているのか?
魔族において、弱肉強食が通るのであれば、俺はナスカのオジさんに会った時点で詰んでいる。それでも生かされている(しかも勉強や食事、寝床まで)のは、相手側にも何かしらの利点が無ければ通らないだろう。
「まぁ、なるようにしかならん。ヴァンパイアならすげぇな」
なぜここまでヴァンパイヤ に焦がれるのか自分でも分からない。妙に読み込んでいた小説の影響なのか、マンガの主人公に憧れてしまったのか・・・。
「ゲイン様、いかがでしょうか?」
ドア越しにアンさんが声をかけてきた。
「はい、いけます」
新しいシャツとズボンを見に纏う。少しだけポッチャリ体型から脱出したかもしれない、というか採寸していないのにサイズぴったりってどういうこと?
「あぁ、お似合いですね。サイズも測っておきましたが間違いございません」
あ”っ”!?
ドアを開けたアンさんが恐ろしいことを言った気がする。
◇◇◇◇◇◇◇
ダイニングではまんま貴族なテーブルに着席したところで晩餐が始められる。俺、テーブルマナーとかあまり知らんぞ。
お誕生日席には当主であるナスカのオジさん(いまだに名前を知らない)がおり、美形を崩すことなく、ナイフとフォークをきれいに扱っている。テーブルを挟んで食事を食べるナスカもこうして見ると父親に似ているのかもしれない。将来、ぜったい美人になるであろうことは容易に想像がつく。
・・・頼むから誰かしゃべってくれよ。
こんな晩餐なら自室で「これ、うまっ!!」とか言いながら食べてたい。
「ナスカ、今日の講義はどうであった?」
「いつも通りよ・・・と言いたいけれど、ゲインもいたから教養は少し楽しかった。パパが『ゲインは常識がない』と言った意味が理解できたわ。変な奥行きがある考察はアンも驚いていたんじゃない?」
なんだかナスカが少しだけ知的な話し方をしている。そんな馬鹿なことを考えていたら話しかけられた。
「ゲイン、あなたはどうだったの?」
ナスカから『てめぇ、いまのこと覚えておけよ』という視線と一緒に俺に話が振られる。
「まず、御当主様にはこのような環境を与えてくださり、お礼申し上げます。僕は、・・・本当に常識に欠けた行動をとっていた事を知るには十分な内容でした」
「・・・それは良かった。続けられそうか?」
当主がナプキンで口を吹き、俺に今後のことを確認するように聞く。
「私にとって与えられた環境はほんとうに有難いことです。少しでも多くを学び、御恩を返せればと考えております」
「・・・ふむ。あまり深く考えなくて良い。その時が来て、余裕があれば我がアブリュート家に力を借して欲しい」
「ハッ!!」
席から立ち、習ったばかりの臣下の礼で当主へ跪く。しばらくして当主はダイニングから席を外したので、俺も自席へ戻る。
「ふぅ〜ん、ゲインはパパに臣下の礼をするのね。私には態度悪いのに」
「ナスカ、世の中には秩序と敬意という言葉がある」
「2つとも理解はしてるわ。むしろその先が気になるわね」
ナスカの目がキラリと光った気がする。魔法訓練はお手柔らかにお願いしたい。
「おっ、デザートはプリンだ!!」
俺がついデザートに声をあげてしまったところで、ナスカが驚いていた。
「ゲイン、この料理知ってるの?最近、うちで作るようになったんだけど」
「プリンは卵と砂糖、乳を混ぜて、弱火で蒸し焼きにするとできる。カラメルが無いのが残念かな。うん、美味しい!!」
「カラメルって何!?」
ナスカが珍しく可愛い顔して喰いついてきた。プリンは冷やされていて、少なくとも冷蔵庫か氷魔法とかがあるようだ。氷魔法があればかなり便利な生活が送れそうだ。
「砂糖に水を混ぜて焦がせたものだよ」
「えぇ〜、焦げたものなんて美味しく無いじゃん」
期待外れだったのか、ナスカがテーブルの下で足を振っているようで、プリンを持ちながら椅子を揺らしている。さっきまでの知的美少女どこ行った。
「食べてもいないのに決めつけるのはダメだと思うぞ。何事も決めつける前に考察すべきだ」
どこのお節介な親戚の兄ちゃんか?俺は言ってから少しだけ恥ずかしくなる。ナスカを見ているとひとりっ子だった俺だが妹みたいに感じる。
「じゃぁ、作ってよ」
「はい、それでは早速厨房にご案内しますね」
おい、アンさん。急に会話に入ってきたな。スペック高そうなくせに甘いものに弱いのかよ!!
◇◇◇◇◇◇◇
厨房に行くと料理長らしきゴツい人物(まさかのケモ耳つき)が俺たちを待っていた。
「ゲイン様、初めまして私はルドルフです。今日は新しいレシピを開示していただけるとのこと。誠にありがたく存じます」
「いえいえいえいえいえ、そんな大層なものでは無いです。ルドルフさん、いつも美味しい料理をありがとうございます」
お辞儀をし頭をあげてから魔族の常識を思い出す。ルドルフさんが口を開いたまま固まっていた。魔族常識、なかなか俺には難しい。
「さて、まずは砂糖とお水をご用意できますか?あと、カラメルだけじゃアレなんで、プリンも一緒に作らせてもらいますね」
すでに察していたのか、ルドルフさんの横に控えていた助手の方が言われた材料を銀の料理台に揃えてくれる。調理器具もボールがあったり、かき混ぜるヤツ(名前知らない)があったりとぬかりがない。
そういやこっちの世界の乳製品って殺菌いるのか謎だな。『クリーン』の魔法をかけておく。これをかけるだけで浄化されるなんて便利すぎる。
風魔法でかき混ぜることも可能だな、思いついたままに魔法をコントロールする。最初は上手くいかなかったがコツを掴むと想像以上に料理が捗る。重さも感じられるので分量配分も確認できたのは行幸である。
「で、下地は済んだ。カラメルという料理は、砂糖大さじ2、水を小さじ1くらいの分量で混ぜます。すぐに熱したフライパンで液状化と焦げてしまうので、プリンの容器に固まる前にわけちゃいます」
話しながらチャキチャキと調理を進めていく。俺も不慣れなキッチンと4本指のゴブリンのため周りを見る余裕はない。
「非常に甘いので少量で、っと。これくらいかな」
均等に用意された器にカラメルを入れ、「荒熱が取れたら」と考えていたところでルドルフさんから氷魔法の提供があった。
「氷魔法、僕も覚えたいですね」
「料理のためですか?そう言う魔族はなかなかいないです」
ルドルフさんが俺の意図を汲んだのか、ニカっと破顔した。結構な深い傷跡が斜めに顔に残っているが、とても人間味あふれる笑顔だった。
「それでは生地っていうのか、プリン本体を入れてと。あとは弱火で温めて固まれば終わり。できれば冷やしてから食べたほうが美味しいです」
「どのくらい弱火でするの?」
料理を夢中で見ていたナスカが初めて会話に入ってきた。
「ん〜、あの砂時計が落ちきるくらい?」
「なっが!!」
プリンは明日の朝食のデザートに持ち越しになった。
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