第8話 戦闘訓練とな?

 「はははははは、楽勝だな」


 もう草の根を掴んででも立ち上がれない。全力を出し切った俺はすぐに意識が飛びそうになるのを懸命に耐えていた。戦闘訓練は簡単で、見守り役の教師(アンさんで十分だが)であるドルツがナスカと俺の戦闘を文字通りである。ただ、ナスカも実力差が分かっているので、ハンディキャップとして、『魔法禁止』、『右半身だけで闘う』、『左目を閉じる』などの条件を俺が負ける度にどんどん追加してくれてはいる。



 それでも絶望的な差があった。


 こっちは『オールオッケー』なため、刃がついた武器の使用も認められた。最初、俺は初めて手にする剣でナスカに傷をつけたくないなどヌルイことを思っていたが、すぐにナスカの蹴りで目が覚めた。ほんとうは目が覚めるどころか、意識を手放しかけた蹴りだった。


 いまのところ0勝32敗である。活路が見出せず、光魔法や火魔法の習得、体術の研鑽など課題が浮き彫りになった。


 「それにしてもゲインの回復魔法は優秀だな」


 ナスカは俺がボコボコにされても立ち上がれるのは回復魔法の成果だと思っている。それは間違いで本当はすんでのところで防御姿勢が取れているからだ。ドルツさんは俺が防御していることを認識している。そもそも防御が間に合わなかったら意識を簡単に刈り取る一撃ばかりなのだ、その辺を分かってからナスカには攻撃していただきたい。




 「両者、辞め!!」


 幾度か模擬戦を続けたところでドルツさんの掛け声で戦闘訓練は終わる。その後は戦闘術へと話が展開されていき、ナスカは自分の攻撃の荒さや相手の嫌がる攻撃方法についてドルツさんに確認をしている。盛り上がっていく二人の会話を聴きながら俺は意識を無条件で手放した。も・・・う・・無理。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 「おい、起きろ!!アンッ、ゲインを連れて行け」


 ナスカお嬢様がゲイン様を心配しているのが表情でよく伝わります。言葉は乱暴なのは変わらずですが、ゲイン様と会ってからお嬢様は確実に変わられた。あれほど興味を示さなかった一般教養でさえ、ゲイン様の数々の質問に目を輝かせる場面があった。当主様にもその旨をお伝えしたところ、いつも無表情・・・ん、不敬ですね・・・表情が顔に出ない当主様でさえ反応を示されました。


 最初、当主様がゲイン様を連れてきたとき、ゴブリンシチューの具材としてしか私は見ておりませんでした。危うくお嬢様の成長の妨げになる考えをしていた自分に、メイドとして忸怩じくじたる思いをしました。まだまだアブリュート家のメイドとして私は視野を広げ、心を捧げる覚悟が足りておりません。


 しかし、ゲイン様は私から見てもかなり異端に見えます。ドルツの報告に寄れば、ナスカ様とのハンディ戦であっても致命傷を避け、勝てないなかでも1戦1戦で少しずつ着実に進歩しているとのこと。午前の教養においては、私ですら思いつかなかった発想をするほどで、まるでようにすら感じられます。


 どのような趣旨で当主様がゲイン様をお連れしたのか、私如きではわかりません。ただ、この少し変わった面白い少年をもう少し見てみたい自分がいる事を認めなければなりません。すべてはアブリュート家のために。



◇◇◇◇◇◇◇


 「いってぇ〜・・・」


 すでに見慣れた天井のような感覚に陥る。身体は筋肉痛と打撲でマンガならギシギシ擬音つきだろう。そこまで考えたところで魔力が回復していることに気がついた。


 「『ヒール』」


 以前よりも柔らかく、広い範囲に治癒の光を灯す事ができるようになった。光が消えるとともに、自分の身体を苦しめていた苦痛は取り除かれている。『回復魔法』はガチで重要だな、と布団で横になったまま唸る。


 「お目覚めのようですね」


 うん、アンさんの声がけにも少しずつ慣れてきた。というか、絶対に気配を感じなくても『そばにずっといる』という盲目的な、まるで赤ちゃんが母親を信頼するのと同じくらい確信している。


 「私はそれほどずっとはおりませんからね」


 何も言っていないのに心を読まないで欲しい。治ったはずの頭痛がする。


 「えっと、次は魔法訓練だっけ?」

 「その予定でしたが思いの外、長く気を失っておられたので明日に延期となりました」


 いやいやいやいや、気を失うの前提でスケジュール組むのダメだよね?俺、ブラック企業とか知らないけれど、高校生でも分かる常識だよ。ダメ、詰め込み過ぎ、絶対。


 「ナスカは?」

 「ナスカお嬢様は」


 アンが言葉を途中で区切り、ドアに向かって歩く。


 「こちらにいらっしゃいます」


 開けたドアと一緒にナスカが部屋に雪崩れ込んできた。


 「おい、ゲイン!!おまえ、弱すぎだぞ。もっと鍛えろ」


 こっちの目も見ずに美少女は不貞腐れてふてくされている。あぁ、心配してたのね。ありがとね。


 「なんだよ、その『俺はわかってる』みたいな目!!!」


 俺の視線に気がついたナスカは、表情に思考が滲みにじみ出ていたのか、苛立って部屋を出て行った。ちょっと悪い気がした。


 「あっ!!そういう顔してたならムカつくね」


 アンさんが『分かっております。お嬢様をお願いしますね』という表情で俺を見ていた。

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