第10話 カラメルという甘味
------(調理場にて)
ルドルフは先ほどまで横に控えていたジョルドを呼んだ。
「料理長、どうしました?」
ジョルドは残りの洗い物をしながら、明日の仕込みの手順を確認していたのだろう。話しかけられるタイミングでもなく、なにがあったのか不思議な表情をして近づいてくる。
「カラメル、どう思った?」
「あのゲインって子が作った」
「ゲイン”様”だろ。しっかりしろ!!バカタレ」
当主様がお連れになり、客人として扱えと言われた以上、貴人として扱うべきである。どうしても相手の年齢とポッチャリ型の体型が周囲の目を甘やかしてしまう。これが仮の姿とかであれば、厨房全員が騙されていることになる。いつも美味しく全品を残さず食べる少年に皆好意を持っていた。
「ゲイン様が作ったカラメル?でしたっけ。料理中に甘い匂いが鼻腔を刺激しますね」
「あぁ、俺の鼻に間違いがなければ、香ばしさと甘さが両立しているはずだ」
「それは美味そうなデザートですね」
料理長(ルドルフ)が褒めたためか、助手のジョルドは思わず喉をならす。料理長が「美味い」と感じたもので、これまでハズレたことは一度もないのが厨房の絶対規律だ。
「料理人はいくつもの味をしった上で、より上の料理を目指すものだ」
「そりゃ今更ですね、料理長」
「そこにあるのが何か分かるか?」
料理長がゴツイ指で示す方向をジョルドが見る。カラメルを分配されたときに使用されたオタマには、カラメルが薄く固まり鈍い光をたたえていた。
「あっ、料理長!!わかりました。不詳、ジョルドいかせていただきます!!」
「馬鹿やろう!!!俺にも分けろ」
少なくとも部下に新しい料理の方法と味を勉強させる機会を与える男である。ジョルドは小皿を用意し、すでに固まったカラメルをフォークの裏で叩いて割った。
「結構な固さですね。色もムラによって変化があり、とてもいい感じです」
「問題は味だな」
ほぼ同じタイミングで口にし、カリッッとした食感と共にカラメルが小さく砕ける。口の中で小さな粒と化したカラメルの風味が鼻に抜け、味はしっかりと甘さを舌に残していく。
「ッ・・・これは料理を選ぶな」
「はい、料理長。少なくともプリンには合うのは間違いありません」
「おまえもそう思うか」
ジョルドに味見をさせたのもデザート作りには信頼をおけるからに他ならない。これからのデザート部門はジョルドに任せようとルドルフは考えている。
「これはプリントと一緒に食べてこそ完成されるな」
すでにゲインが示した砂時計は落ちきり、プリンは魔冷庫で冷やされている。
「ゲイン様は5個プリンを作られたのか?」
「作られたのは5個ですね」
沈黙が重い・・・
ルドルフが無言でゆっくりと魔冷庫に近づき、プリンが入った棚の前に立つ。
「ルドルフ、何をするつもりですか?」
ジョルドにはいつアンがルドルフの横に立ったのか分からなかったのだろう。ルドルフ自身、耳の毛が逆立つほど驚いている。それでも声をあげず、動揺を悟らせないのは料理長としての威厳からである。
「アン、料理長として毒味は必須だ」
『料理の過程を隙間なく見ていて何が毒味だ』と、のちにジョルドがルドルフに悪態をつき、殴られるのは別の話である。
「ルドルフ、これはゲイン様が作られたものです。ゲイン様は領主様、ナスカお嬢様、ご自身の分、そして、側仕えとして給仕する私、領主様への良い印象を報告するよう贈呈品として更に私にもう1個ご用意されたものです」
「そんなことわけあるか、ボケぇ!!」
料理長が珍しくアンさんに暴言を吐く。いつもはお互いに給仕と料理の双璧をなし、決して輪が乱れることなどない。
「あなたはすでにカラメルを先に味見しています。これはメイド長たる私へのご褒美です」
「誰が、誰のための、誰によるご褒美だ!!!神聖な料理場に私情を持ち出すんじゃねぇ!!」
ジョルドは『料理長、どっちも私利私欲で真っ黒です』という言葉をなんとか飲み込んだという。
お互いに魔冷庫の前で何ら実りのない罵り合いをし、時間だけが経過するなかで、ジョルドは皿洗いに戻る。明日の仕込みを考えた行動は、うるさく罵りあう二人よりも仕事に徹していた。
それからいくらかお見苦しい時間を重ね、少し落ち着きを取り戻すころ、ゲイン様が廊下から顔を出す。
「あっ、言い忘れたのですが2個余計に作ったのは、手伝ってくれたルドルフさんと助手さんの分です。良かったら食べてくださいね」
ピンクの髪を揺らし、斜めに伸びる耳を揺らしながらゲイン様(台風の目)は去っていった。次の瞬間、アンさんが膝から崩れ落ち、そのショックは普段からメイドの矜恃と言ってはばからないメイド服を汚すほどだ。ルドルフはすぐに魔冷庫からプリンを出す。
「ジョルドよ!ヴィクトリープリンを頂こうじゃないか!!!」
声高らかに、調理人としての敬意を無くすには十分の悪い顔でプリンが載せられた器を掲げる。
満足気に小さなスプーンで食べるルドルフの傍で、ジョルドはアンの真っ白に燃え尽きた姿のせいで、心からプリンの味を楽しめなかった。ただ、カラメル付きは別格であることは分かった。
◇◇◇◇◇◇◇
------(ゲイン視点)
朝いつものように起床するも、アンさんが明らかに落ち込んでいるのが分かる。これまで仕事に一切の私情を見せなかった姿にプロ・メイドを感じていたのだが、なにか身内に不幸とか体調不良か心配になる程落ち込んでいる。
「アンさん、なにかあったんですか?」
一瞬、下を向いていた顔をあげたアンさんは左右に首を振るだけだ。
「アンさん、今日はお休みになってはいかがでしょうか?僕なら大丈夫ですよ」
「ぐぅう。私抜きでプリンを食べるんですね」
アンさんがハンカチで顔を押さえながら話すので後半部が聞こえない。
「体調不良なのであれば、おやすみください。プリンは多分冷蔵なら2日は持ちますよ」
「えぇ!!!?ゲイン様、私のプリンって!!!」
「あれ?僕って5個作りましたよね?当主様、ナスカ、アンさん、ルドルフさんと助手の方で5個」
・・・
アンさんの方がプルプルと震えている。なんかの発作とか?『ヒール』をかける準備をすぐにすると、身体を巡る魔力を感じる。
「ゲイン様!!すぐにいただいてきて良いですか?」
「ダメに決まってるでしょ、ご飯の後に食べてください」
そう言い切るとアンさんが俺のベッドに倒れ込んだ。なんだか朝から騒がしい。それとアンさんくらいの年齢が俺のベッドに倒れるとドキドキするので辞めていただきたい。
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