第3話 異世界生活のススメ

 衣食住揃っていたら基本的に俺は文句を言わない。高校生活も邪魔さえされなければ、目立たず、穏やかに過ごすタイプだ。部活は持久力が皆無でダメだったし、文化系等の部活動はそれほど活発でもなく帰宅部一択だ。王道のインキャである。


 家にネット環境さえあれば、自分の興味のある鍛冶だったり、ハンター系の勉強もできた。多分、そのまま高校卒業したら叔父さんのところに行って鍛冶士兼ハンターになっていたと思う。叔父さんから送られてきたジビエの料理担当は俺だったし、特段、親も反対していなかったように見えた。



 そして、ハンターは持久力よりも忍耐力だから俺に向いている。


 「今日もなかなか釣れたな」


 湖に樹の枝で作った竿を垂らすと、釣り人が皆無なためか爆釣が連日続いている。釣り糸は樹に絡まっていた蔦を何本か寄り合わせ、餌はその辺りの石の下にいたヤツである。釣り竿3号は順調に成果をあげていた。ちなみに1号と2号はすでに湖の主に粉砕されていた。


 すでにこっちにきて10日前後たつ。湖の近くに藁の家を作り、どうしても独り言が多くなる生活を自覚しつつ釣りや狩をする日々を送っていた。


 「まぁ、まだおまえがいるから気が楽なんだけどな」


 焚き火の向こうになぜかサイレント・ディアの子が寝転がっている。傷の手当てをして見逃してから数日後、なぜか俺の拠点で寝転がっていた。釣りから戻って片付けをしようと思っていたら先客がいて焦ったくらいだ。いまでは一緒に寝ているし、気配察知に優れているのか夜中に起こされたこともある。


 結構悩んだのは、これでサイレント・ディアが俺を殺そうと思ったら一瞬でやられるわけだが、その場合は諦めることにした。どうせ1回死んでるし、なによりゴブリンだから迫害を受けても仕方がないだろう。



 「んで、今日も違和感バリバリで生魚をしっかりと食べるわけだ」


 目の前のサイレント・ディアが俺の釣った魚をガジガジ食べている。時々見える歯がエグい。


 「名前ないと不便だなぁ」


 二人(1体と1頭?)だけだし、話しかける相手は限定されているから問題はない。ただ、名前まで付けちゃうと愛着が湧くし、別れるときに寂しくなるだろう。以前飼っていた猫と死別したときが、俺の短い人生で最も悲しいことだった。


 「まぁ、そのうち考えとくか」


 目の前の子鹿がブルルルンと短く鼻で鳴いた。ご不満そうだが、口の端から魚の骨が出ているのを俺は見逃せずにいた。これだけみたら全く可愛くない。


 「『クリーン』、『クリーン』」


 自分とサイレント・ディアに『クリーン』をかける。魚はしっかりと焼いてから食べており、いまのところ体調不良になったことは無い。というか『ステータス』でなんとなく状態を確認したところ、食べてた魚が魔物だと分かったのは昨日のことだった。


 名前:ゲイン・ヴァイス       

 適性:種族進化Lv1(23/100)


 『ステータス』魔法も闇雲に表示させるんじゃなくて、必要なところを抽出して感じることができるようになった。『種族進化』の23は、倒したゴブリン・アーチャ、あと食べた魚と鳥の数だった。きっかけは釣竿2号が湖の藻屑もくずとなったときで、湖の主が俺に水魔法を撃ってきたからだ。


 アホみたいに水の大砲をその辺りにバラ撒き、少し距離を置いていた拠点の横にまで地面が抉れた場所があった。大砲に狙われ続けたときは『ガチで死ぬかも』と騒ぎながら逃げ回った。いまは湖の主も諦めたのか、釣竿3号を使い始めてからは現れてはいない。



◇◇◇◇◇◇◇


 朝起きてからサイレント・ディアを一通り撫でくりまわしてから体操をする。湖のせいか霧がかかる時間帯で、少し遠いが拠点から湖の対岸方向にラズベリーやイチゴみたいな果物がなっているのを散策で知った。いまの生活に甘味はなく、貴重な果物でもある。居候の子鹿(なぜ俺が扶養しているのか考えてみたら謎)もお気に入りなのは、歯茎を剥き出しでニヤリとすることから明確だ。


 「んじゃ、いってくるわ」


 まだゴロ寝している小鹿に声をかけると、「いってらっしゃい」と言っているかのような鳴き声が背に届く。少しずつコミュニケーションが取れてきている気がするが、その態度はまるで父さんに接してた時のオカンである。俺がいなくなってもあの雰囲気を続けていて欲しい。


 そんな少しの感傷に浸れるくらい余裕が出てきたのだろう。最初は衣食住の不安しかなかったし、少しずつ生活文化は上がってきている。正直、高校生活よりも充実した時間を過ごせている。




 ・・・あれ?


 こないだあったラズベリーが毟りむしり取られていた。まだ結構な数が残っていたはずだが、明らかに自分が採ったあとに人が入った痕跡が残っている。足跡は人型で間違いない、というよりは靴跡がくっきりと残っている。


 これ、子供の靴跡だよな?


 あまりに小さい足形とこの状況に違和感を覚えた。ある程度魔法や体術を使えないとこの森で過ごすことは難しい。少し前に遠目に熊の魔物を見たときは身震いが止まらなかった。現実としてこの森はあまりやさしくはない。


 「しかもこれ1人だろ。体重も軽いし、ガチの子供・・・それかドワーフ系とか?」


 ベリーの採取の仕方が丁寧になされており、本人がのん気さんじゃなければ、かなり強く、冷静な行動ができる人物だろう。ただ気に食わないのは、次に採取することを全く考えていないってことくらいだ。山菜採りにも守るべきルールがある。


 腹は立つものの、冷静になって考えると人が靴を履く程度の集落があるってことか。その集落を目指すか、それとも関わらないよう離れるか。会うにしてもできる限りこっちのタイミングで会いたいなぁ。もし買い物ができるのなら靴は俺も欲しいが、「ホワイト・ゴブリンだ!!」って石投げられたりするんだろうか。いや、石くらいなら逃げればいいが魔法ぶっぱなされたら死ねるな。



 ぼちぼちサイレント・ディアになんて言い訳するか考えないといけない。

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