第4話 暴走と冷却
凄まじかった。ただただ凄まじい勢いで怒り狂っていた。
スタートは静かだった。もちろん、すべての出来事は最初は穏やかに始まる。どんな物語でもだ。
俺の説明はシンプルだった。
「残念だけど他の人に採られてて無かったよ」
多分、そのとき少しだけ笑っていたと思う。俺は残念感を演出し、少しでも相手に納得してもらえるよう努めたつもりだ。だが、ヤツはそんな甘いものじゃなかった。
「ググゥァアアアアア!!!」
と腹の底から悪魔でも召喚するかの声を張り出し、歯茎を剥き出しにして飛び出したかと思うと、無駄に拠点の周りを走り始めた。土埃もさることながら、我が家の屋根(藁屋根)が少しずつ出来上がった(または作り始めた)風の渦に吹き飛んだ。もう一気に吹き飛んで青空天井を俺は黙って見上げていた。
最終的に獰猛で野蛮な雄叫びをあげ、落ち着いた頃には俺の知る可愛い子鹿はそこにはいなかった。
おぞましいナニカがそこにいた。
「ワレニナマエヲツケロ」
「えぇぇぇ!!!おまえしゃべれるの?」
「キコエ・・・ヌカ。ワレニ『ナヅケ』ヲセヨ」
目がロボみたいに赤く光っている。まだ昼前なのに光った目尻からは炎が舞っていた。特殊メイクなら驚きの技術である。
「おまえは『アントニオ・ベリーホリック』だ。愛称は『アント』」
分からん。自分でもなんで『アントニオ』だったのかは分からない。偉大なるプロレスラーから一部拝借したのは否めない。目の前の脅威はそれほどの存在感を放っていた。
名付けされたアントニオからは静かにツノが生えた。ヘラジカみたいな立派な角だが、色は左が青で右が赤と異なる。体躯もツノに合わせるかのように大きくなり、線は細いが密度が明らかにあがっている。
「グフフフフフ、
主に対する言葉使いとしては0点だと思う。命令しちゃダメだよね?
「早く賊を捕らえようぞ」
滑らかに会話できるようになったのは嬉しいが、こんな物騒な話がしたくて名付けしたわけではない。もっと平和的な解決方法を模索し、暴力は最後にすべきだと訴えよう!!
「あっ、あのなアント」
「賊はすべてミナゴロシ」
俺が背に乗ったとたん、後ろ足を闘牛のように蹴り始める。あなたの親はもっと品があったと伝えたい。
ドッッン!!!
と音が聞こえた気がするが、すぐに後方へと背景は過ぎていく。俺はなんとか両手で色違いの角を握り、左右に曲がるたびにバイクの体重移動のように傾けて耐える。あっという間にベリーの採取場所までたどり着いた。これまでアントを採取場所に連れてきたことが無かったので俺は密かに驚いた。
「クックックック、これで居場所を追えるな」
「ちょっと、まてアント。ストップ!!ダメだ、今は追うな」
「主、一応、理由を聞こう」
だから主に対する言葉使いでは無いと・・・。
「多分、俺たちじゃ勝てない。今のアントでもだ」
「ほほぉ、面白いジョークですぅで」
話しているアントの横っ面を思い切り蹴飛ばした。5mくらい吹き飛んだアントは受け身も取れず、なんとか立ち上がろうとしていた。
「なぁ、アント。俺より弱いのにいきがるなよ」
アッパーの要領で左拳で顎をカチ上げる。勢いのままキッチリと立ち上がったアントの背に飛び乗る。もう生まれたての子鹿のように震えている。
「いいか、油断と増長は死だ。俺は目的があるから死ぬ気はいまのところない。分かったら黙って頷け」
左手で首筋に手刀を当ててゆっくりと分かるように伝える。アントは辛うじて頷くことができたのだろう、俺が飛び降りるとそのまま横に倒れた。
「まったく食い意地張るのも命がけかよ」
すでに気を失ったアントからは反応はなく、念のため『鑑定』でステータスの確認もしておく。
名前:アントニオ・ベリーホリック
種族:ジャイアント・ディア(子)
適性:火魔法、水魔法、風魔法、体術適性
属性:ゲイン・ヴァイスの従魔
きっちりと主従契約がされたみたいだ。『名付け』と主従の関係が何かしら働いたのだろう。次から名付けには気を付けないと、変なやつと従魔契約したら面倒ごとの予感しかしない。もうアントでも十分爆弾かもしれないが。
◇◇◇◇◇◇◇
アントが目覚めたのは昼を過ぎた頃だった。俺は近辺を散策していたが、なにも新しい発見はなかった。ただ、靴の足跡は途中で消えていたことから、飛翔系の魔法か王道の異世界魔法である”転移”が使えるかもしれない。いずれにせよ近いうちに会うかも知れないので心構えだけはしておこう。
「アント、とりあえず拠点の屋根直すぞ」
「はい、申し訳ありません」
「敬語はいらん。普通に話せ。命令はするな、提案は聞く」
アントが短く返事をして前足をたたむ。俺が背に飛び乗りやすくする配慮だろうが、体術が高いことから飛び乗るのに何も弊害は無い。スマートに乗るまでには身長がどれくらい足りないのか考えるだけ無駄である。絶望的な月日が必要となるだろう。
拠点に戻ると思いのほか早く会うことになった。まだ会うには早いと思うのだが、この世界が自分の都合通りいかないのは生まれたときから知っている。
「ねぇ、ここに住んでるの?」
話しかけてきた本人は、布の上下の服に肩から胸にかけて軽鎧のような装備をまとっている。右手のすぐそばに短剣のホルダーがあり、銀色の柄が鈍い色を放つ。予想通り子どもで、強さも思った通りだ。
「あぁ、少しだけお邪魔していたんだ。迷惑だった?」
あくまで真摯に少しだけ余裕がある素振りを見せる。後ろで鼻息で抗議するバカ鹿は無視にかぎる。いざとなったら全力で逃げるしかない。もちろん、逃げ切れる気はしないが。
「別にいいけど。ほかの連中は知らんぞ」
頭を掻きながら話す少年は俺とアントに興味なさげだった。なんとなく様子見に来たのは伝わる。だが、俺たちに敵意も興味もない素振りが不思議でならない。
「なぁ、これ何だ?」
「それは釣竿3号だ。俺が作った釣竿だから壊すなよ」
そこで少年は初めて笑った。笑顔から犬歯らしきものがチラ見できた。
え”ッ・・・もしかして、もすかする!!!?
「名前は聞かない方がいいか?」
「そうだな。釣竿の意味を教えてくれたら名乗るよ」
「えぇ〜!!釣り知らないのかよ」
「分からないってことは恥じゃ無い!!そうパパが言ってた」
モジモジと頬を赤く染めて恥じらうなんてラノベの中だけだと思ってました。ごめんなさい。
俺が釣りの仕方を教えると、さっそくナスカ(少女だった)は岸から湖へ釣り糸を放り入れた。美少年と美少女は紙一重で非常に分かりにくく、少年だと勘違いしていたことがバレた時に死を覚悟(2回目)した。
釣りをすると筋が良いというか、爆釣ポイントなので間を置かずに次々と釣果があがる。最初は無関心を装っていたアントだが、「食べても良い」とナスカが魚を投げるとすぐにデレた。即オチしているバカ鹿に主人として情けなくなった。
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