第2話小さな一歩

学校からの帰り道世界史の講義のことを思い出していた。でも世界史の講義の内容はまったく覚えてなかった。

覚えているのはあやちゃんとの会話と呼べるのかどうかもわからないやり取りのことだった。

『彼女ともっとちゃんと話したい』

人と普通に話せるようになりたいと思ったのは今までに何度かあった。努力して変えようとしたこともあった。

でもすぐに挫折した。しかし今回は今までと違っている気がする。これが恋するエネルギーってやつなのかはわからないが俺は燃えていた。

そしてあやちゃんに萌えていた。


会話がうまくなりたかったら何度も回数をこなすことが大事だ。以前会話に慣れようと話す特訓に使ったのが”skype掲示板”だ。

skype掲示板とは通話アプリskypeで気の合う話し相手を探すための掲示板である。

話し相手募集している人に申請し、相手が選んでくれたら通話をする。

自分で募集をかけることもできるけど男はなかなか向こうから申請が来ることがないらしいのでやったことはなかった。

以前に特訓に使ったと言っても2,3回やったことがあるだけだった。

通話をかけて震える声で挨拶だけかわし、そのままが無言が続いたのでいてもたってもいられなくなり自分から切ってしまった。

通話がつながって一言の声も出ずに切ってしまったこともある。それっきり「やっぱ俺には無理だ」とやらなくなってしまった。


家に着きPCをつけskype掲示板を開き”会話特訓相手”になってくれるような人を探した。条件は女性で年上。

理由は男で募集してる人は女性と話したいだろうから自分を求めてないと思ったから。

年上がいいのは単に年下は”年上なのに会話もリードできないコミュ障”を求めてないと思ったから。

年上だろうとリードできない男は求められてないだろうけど年下よりは話してくれる可能性はあるだろう。そして純粋に女性と話したかったからだ。

【雑談相手募集 趣味 映画 音楽 旅行 27歳 りな】 

と書かれた募集に目が留まった。この人に申請してみよう、と思ったとたん緊張がどんどん俺を侵食していった。

挨拶だけで終わり撃沈した過去がフラッシュバックする。不安がどんどん俺を包みこんでいく。

しかしやると決めたのだ。男が一度やると決めたらやらなければ男じゃない。

今まで使ったこともない言葉を自分に浴びせ己を奮い立たせた。

そして「雑談相手に選んでください。19歳男 大学生」と何のアピールもない普通な申請文を送信した。

緊張がさらに高まりドキドキは頂点に達していく。まだ相手に選ばれてすらいないにもかかわらずだ。とその時


「ぜひ雑談しましょう!」


なんとチャットが返ってきたのだ。

や、やべー!「チャ、チャットなんて返信しないでくれ」俺は何のために申請したのかわからないことを口走った。それよりどうしよう。

そうだ、返信しなきゃ。でもなんて返信しよう?なんとか通話までこぎつけなくてはならない。


「通話で話しませんか?」とストレートに返信した。これでいいのか?と思ったがそれ以外俺にはできなかった。すると


「いいですよ。私からかけましょうか?」


とすぐ返信が来た。「えー!コミュ障の俺に電話なんてかけないでくれ」と直前に「通話で話しませんか?」とチャットしといて思った。いやかけてくれるのはありがたいと思いなおし


「お手数ですがお願いいたします」


とやたら丁寧なチャットを送り返した。するとピロロロロロ~♪とskypeの着信音が鳴った。俺は「ど、ど、ど、どうしよう」と焦り、心臓は「ドッドッドッ」と音を立てた。そして「ど、ど、ど、どうにでもなれ」と通話に出た。


「こんばんは」


「こ、こんばんは」


声は震えていたが精一杯挨拶の言葉を発した。


「緊張してる?」


「す、すこし」


少しどころではなかった。そして最大の障壁が俺の前に立ちはだかった。”これ以上何しゃべったらいいかわからない”という壁だ。

俺は電話を切ってしまいたい衝動にかられた。切ってしまえばこの窮地から抜け出せる。やっぱり俺には無理だったんだ。通話を切ろうと思ったその時

あやさんの顔が俺の頭に思い浮かんだ。世界史の授業で「あははは!」笑うあやさん。「君おもしろいね」「イラスト描いてよ」と話すあやさん。

『彼女ともっとちゃんと話したい』

俺は切るのをやめ何を話そうか考えた。だが会話のやり取りはゆっくり考える時間を与えてくれない。とにかく何か思いついたことを話すんだ。


「な、なまえはなんて言うの?」


気づくと世界史の授業であやさんに勇気を振り絞って投げかけた言葉を発していた。

何を言うかよりなんでもいいから言葉に出すことが今の俺にとって大事だった。すると


「あれ、あたしの名前skypeの画面に出てるよね?本名を教えてってこと?それは秘密」


「あっ、で、出てます。りなさんですね。すみません。ほ、本名は教えなくていいです」


それから二言三言言葉を交わしたが会話は盛り上がらずりなさんは友達から電話かかってきたと言って通話を切った。


会話はうまくいったとはお世辞にも言えない。だが不思議と落ち込みはなかった。極度のコミュ障なのだからいきなり会話がうまくできるわけはない。

そもそも俺の目的はの会話の練習であり、練習というのはうまくいかないその原因を見つけ解決法を探る作業だ。

以前だったら「やっぱ俺はだめだ」と自信を喪失してやめてしまっただろう。でも今回は違っていた。

またやって会話を上達させたい、そう思えている自分に驚いていた。




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