第5話 五回目の死は慣れてきた



 目覚めると、牢の中にいた。



「ただいま」



 言って、発言に後悔した。何をしているんだろうか。虚しい自殺で頭がおかしくなってきたのか。いや、おかしくなってきたんだろう。



「……なんで、あいつを殺した」



 髪の長い少女が俺を睨んでいた。この短時間で何度も殺されているのに、良くもまあ強気に出られるものだ。



「どうでも良いだろ。早く看守倒せよ」



「答えろ!」



 本当に貧民街の野犬みたいな奴だ。



「そうしないとお前が殺されるからだよ。分かったか、足手纏い」



 少女が歯を剥いた。獣が威嚇するような唸りを漏らし、身を低くして臨戦態勢を取る。俺は両手を広げて小さく嗤った。



「自殺したいならどうぞ、俺を殺してくれ」



「……屑が」



「吠えるな、間抜け」



 少女は唾を吐き、俺に肩をぶつけてから牢を出ていった。毎度のように少女が看守を倒すのを見計らって、俺は娼館に向かった。



 さっき少女を殺した男の聞き込みをして、丁度娼館で遊んでいる事を突き止める。それから適当に小銭を盗んで受付のババアに握らせ、男が遊んでいる部屋まで案内させた。



「ちょっとお楽しみのところ邪魔するよ」



 ババアが言うと、ややあって娼婦が服で躰を隠して出てきた。瞬間、俺は中に入って少女を殺した男の首を掴んだ。



「金を見せろ」



 全裸の男は慌てて丸出しの股間を抑えた。



「ひ、人を呼んでくれ!」



「強盗じゃない。見せるだけで良い」



 男を押しながら手を放す。男はババアに縋るような目を向けて、観念したのか服を漁って財布を取り出した。



「……本当に、見せるだけで良いんですよね?」



 俺は無言で財布を奪い取った。中を検める。ほとんどすっからかんだ。お世辞にも羽振りが良いとは言えない。



「他に隠してないな」



「これが全財産です」



 酷いな。まあ、こいつが金を持っていない事は分かっていた。宿屋で少女を殺した暴漢と同じだ。以前は少女を殺すように依頼されていたが、今回はされていない。だから報酬である首飾りや金は持っていない。



 これは流石にもう、俺たちと同じような特別な人間がいる事は間違いない。問題はそれが試練なのか、それとも俺たちと同じ伝説の魔法道具を狙う者なのか、という事だ。



 一度少女を狙う黒幕は脇に置き、魔法道具の事を調べてみるべきか。俺は酒場に行き、店主に酒を頼んだついでに訊ねてみた。



「ああ、お客さんもそうなんですか」



 想像していたのとは別の、日常会話みたいな自然な返しだった。



「も、ってのはどういう事だ」



「私もお客さんと同じです。それだけではなく、この街の半数がそうです」



 俺は、深く息を吐いていた。



 街の半数が俺たちと同じように伝説の魔法道具を狙っている、だと。俺以外にも少女がいたんだから他にもいるだろうとは思っていたが、いくらなんでも多すぎるだろう。



「ここはね、お客さん。あの魔法道具が作った別世界なんですよ。現実じゃありません。ほら、後ろのある手配書を見てください。懸賞金がいくらか分かりますか」



 髭面の男が書かれた手配書を見る。額はいくらだ。なるほど、結構な大金だな。さぞ凶悪な犯罪者なんだろう。結構な大金だな。うん、結構な大金だな。



「……正確な額、分からないでしょう?」



 そんな筈はない。俺は眼を凝らして懸賞金を数えようとする。一、十、百、千、数字がぼやける。急に文字が読めなくなる。そして、男の顔も髭があるという以上に認識できていない事に気付く。



「ここを出るには、魔法道具が与える試練を乗り越えるしかありません。言い換えれば、乗り越える事が出来なければ、ここからは一生出られないという事です」



 唐突ではあるが、思い返せば腑に落ちる事ばかりだった。そもそも急に土牢にいた事、街が広がったような錯覚、そして、人の顔を覚えていない事。元々人の顔を覚えるのは苦手だが、それにしてもあの少女の外見すら髪が長いぐらいしか覚えていない。目の前の店主にしても、男女の区別もついていないような気がする。



「……ここで酒場やってるって事は、諦めたのか」



「はい。もがいてはみたましたが、結局は諦めました。私には試練が何かすら分かりませんでした。そんな人ばっかりですよ、この街は」



 試練が何かすら分からない。伝説の魔法道具が与える試練というのは、それほどまでに難しいものなのか。



 それなら、一つだけ仮説が成り立つ。



 少女を狙う黒幕は試練ではない。伝説の魔法道具を狙う挑戦者の一人だ。狙う理由は分からないが、試練であればこんなに分かりやすくはないだろう。



「俺たちを狙う奴ってのはいるのか」



「聞いた事ないですね。そんな試練もないでしょうし」



 その言葉が、喉に違和感として引っ掛かった。



「試練が何かすら分からなかったのに、なんでそう言い切れる?」



「お客さん、特別な能力を持ってるでしょう。それが唯一、試練の手掛かりなんですよ」



 やり直しが試練の手掛かりだと。



「私もいくつかの能力を知っていますが、どれも他人を害するようなものはありませんでした。となれば、試練も人を害するものではありません。断言はできませんが、試練とは別の個人的な理由でしょう」



 黒幕は個人的な理由で少女を狙っている。伝説の魔法道具を前にした個人的な理由とは何だ。他人の顔なんて良く分からないこの場所で私怨は考えにくい。なら、考えられるのは一つしかない。



 妨害だ。



 黒幕は少女を妨害している。店主の話を聞く限り、少女以外に狙われている人間はいないそうだ。何故、少女だけが狙われる。



 手がかりになりそうなのは二つだ。俺たちが死んでやり直せる事。黒幕が俺たちがどう動くか知っている事。黒幕は俺たちと同じように、やり直しているのか。いや、それなら少女を殺してはいけない事に気付くはずだ。やり直しではなく、俺たちの行動が分かる能力は何だ。



 未来予知、か。



 それなら俺たちがやり直す度に行動が変わり、しかし結局少女を殺してしまう理由にも筋が通る。さらに言えば、これは朗報だ。未来予知ができる人間が少女を妨害する。これは、妨害しなければ少女は伝説の魔法道具を手に入れる、そういう事だ。言い換えれば、少女と一心同体でもある俺は、妨害を突破すれば伝説の魔法道具を手に入れられる、かもしれない。



 良いぞ。大きな収穫だ。試練が何かは分からないが、希望は見えた。黒幕の正体が垣間見えた。幸先は悪くないぞ。



 そうとくれば、目障りな黒幕を追い詰めよう。手がかりは首飾りの持ち主であるションドリだ。住所は、案の定正確に覚えていない。



 俺はまた娼館に行き、適当な娼婦を捕まえてションドリの家に案内させた。古びた集合住宅の一室を叩く。二度、三度、痺れを切らして扉を蹴ったが反応はない。



「……なるほどね」



 俺は何度も扉を蹴り、強引に壊した。果たして、玄関先には女の死体が転がっていた。背中に刺さった短剣は、見事に柄まで食い込んでいる。



「うるせえぞ!」



 隣の住人が出てくる。俺は女の死体を指差した。



「ションドリか」



 住人は死体を目視して、青い顔で頷いた。



 ションドリが死んでいる。



 口封じに殺されたんだろう。裏を返せば、ションドリは口を封じなくてはならない重要な情報を持っていたという事だ。悪くないな。



 俺は死体を検分した。死体を移動させた形跡はなく、玄関先で死んでいる。誰かが訪ねてきて殺されたのか。しかし、暴れた様子はない。それほどの手練れだったのか。いや、背中を刺されて殺されたんだ。初見の人間ではなく、知り合いに殺されてたと見るべきだろう。



 さらに言えば、このションドリは首飾りの持ち主だ。首飾りは黒幕から暴漢に渡ったが、ションドリは殺されたのだから黒幕ではない。という事はやはり、ションドリの知り合いが黒幕だという事か。



 俺は住人に眼を向けた。



「おい、ションドリを良く訪ねてくる奴はいるか」



「……そいつが犯人なのか」



 俺は壁を殴った。



「いるのか!」



「いる! でかい男だ。そう、ヴリーオとかいう奴だ」



「今日来たか」



「来てない、と思う」



 黒幕は恐らく未来予知ができる。目撃情報が残っていれば、そいつも殺しているだろう。だが、この住人は生きている。ヴリーオという人物は無関係かもしれない。



 俺はションドリの家に入り、手がかりを探した。家具も引き倒す勢いで漁り、剥がれかけた壁を力任せに剥がした。そうして見つかったのは、下品な高級品の首飾りぐらいなものだった。



「……まあ、そうだよな」



 家を出ようと扉に視線を向ける。



 閉まっている。蹴り壊した筈の扉が、綺麗に閉まっている。試しに開けようとしてみたが、予想通りびくともしなかった。



「あいつ、今回は粘ったな……」



 以前なら酒場で聞き込みをしていた辺りで死んでいただろうか。それが倍以上の時間を生きた。素晴らしい。牛歩の前進だ。



 俺は後、何回死ぬんだろうか。



 そんな事を考えながら、俺はさくっと自殺した。

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