第6話 六回目の死は悪くない



 目覚めると、牢の中にいた。



 一通りの情報は集まっただろう。そろそろ黒幕と接触して、可能なら始末したいところだ。でも、俺一人じゃこれ以上は難しい。足手纏いと協力するしかないか。できるだけ関わりたくなかったが、またどこかで死なれ、無意味に自殺するのは御免だ。



 少女が起きた。俺は溜息を吐いて、少女に声を掛ける。



「説明するから黙って聞け」



 少女は俺を睨み、無言で牢を出ていこうする。



「聞けよ。この場所は例の魔法道具が作った別世界だそうだ」



 それで、少女が足を止めた。



「恩でも着せようっての?」



「返せねえだろうが」



 少女は俺を睨み続ける。でも、聞く気はあるらしい。俺は手早く持っている限りの情報を話した。



「というわけだ。黒幕を倒さない以上、俺たちは無意味にこの世界をやり直す羽目になる。で、ここまで情報が集まったら別れて行動するのは不利益しかない。だから同じ場所にいて黒幕を始末する。理解したか」



「協力する気はない」



 即答された。まあ、分かっていた答えだ。



「俺は、同じ場所にいろ、そうとしか言っていない。俺だって馬鹿の一つ覚えみたいに何度も死ぬバカとなんか協力する気はない」



 睨まれる。唸られる。本当に野犬だな。



「交渉決裂。さようなら」



 言って、少女は牢を出た。看守と戦い始める。流石に手慣れたもので、危なげなく勝利した。こっそりと外に続く扉に行っていた俺は、出際に口を開いた。



「重要な情報が出揃った今、一人で何をするつもりだ。散歩か? 頑張れよ」



 少女の顔を見ずに外に出た。派手な舌打ちが聞こえてくる。嘲笑で返してやった。



 さて、娼館に行くか。ヴリーオとかいう奴の行方を調べるなら、ションドリの以前の職場である娼館が一番だろう。適当な奴から小銭を盗み、受付のババアに握らせる。



「ヴリーオ? ……ああ、ションドリの色だね。ションドリから売上全部巻き上げて、いつも酒場で飲んだくれてるよ」



 酒場にいたのか。思ったより身近にいたな。まあ、そんなに広い世界でもなさそうだから、そんなものか。と言っても、相手は未来予知ができるから本当に会えるのか。



 俺は娼館を出た。酒場に向かおうとして、気配に気付く。



「……おい」



 振り返ると、長い髪が建物の陰に消えるのが見えた。



「遅いんだよ。尾行が散歩か? 変わってるな」



 しばし待つと、少女は俺を睨みながら建物の陰から出てきた。




「……行くぞ」



 それだけ言って、俺は酒場に向かった。尾行だろうが何だろうが、どこぞで死ななければどうでも良い。少女の足音は、着かず離れず俺を追ってきた。



 酒場に入る。客は六人ぐらいか。



「ヴリーオって奴はいるか」



「……待ってたぜ」



 大男が立ち上がった。下僕みたいな小男を連れて近づいてくる。



「俺がお探しのヴリーオだ。来るのは分かってたぜ。実際に会うのは初めてだな」



 実際に会うのは、か。やっぱり未来予知か。



「なんで俺たちの邪魔をする?」



「邪魔だから。それ以上は話す必要がねえな。イブル、酒」



 小男が素早い動作で酒瓶を渡す。大男はそれをひったくるように奪い取り、豪快に呷ってゲップをした。



「たまんねえな、多分極上の味だ。夢みたいなこの世界も悪くねえな?」



 未来予知ができる奴が、堂々としている。はっとした。



 罠だ。



「逃げるぞ!」



 俺は踵を返して走った。少女も機敏に反応し、酒場を出ようとしている。良いぞ。



「おっと、退場禁止だ」



 そう言って、三人が酒場に入ってきた。大男の仲間か。これで出口を塞がれた。まだだ。俺は素早く店内に視線を走らせる。



 全ての客が、立ち上がって俺たちを値踏みしていた。



「……なるほどね」



 やられたな。まあ、相手は未来予知ができるから当然だ。黒幕の正体が分かっただけで十分だろう。俺は大男に向き直り、その躰を爪先から頭まで眺めた。



「どこまで先が見えてるんだ」



 余裕ぶった大男の顔色が、不意に曇った。



「……そこなんだよ、問題は。俺には未来が見える。でもな、お前たちを殺した先が見えないんだよ。真っ暗だ」



 俺たちが死ねば、今までの事はなかった事になり、俺たちだけが記憶持って一からやり直しになる。未来予知ができても、そこまでは分からないのか。



「それなのに、俺たちを殺すのか?」



「放置すれば、お前たちは試練を乗り越えちまう。獲物を横取りされるぐらいなら殺すしかねえだろ」



 大男が手を上げる。それを合図に、客たちがにじり寄ってきた。まずいな。死んでもやり直せるとは言え、死にたくはない。



「なあ、真っ暗の意味を知りたくないか」



 また、大男が手を上げた。客たちが足を止める。



「お前、もしくは女の方の能力と関係してるんだろ」



「その通り。俺たちの能力は──」



「──言うな!」



 少女が叫んだ。瞬間、後ろから口を塞がれた。予想外。俺は必死に抵抗する。なんとかして少女の手を引き剥がした。



「何する!?」



「言ったら終わる!」



「両方死なないとやり直せない!」



 言ってやった。少女が視線で射殺そうとしてくる。俺はしてやったりと少女を眺め、大男を見据えた。



「最初っから知ってただろ?」



 大男は口角を上げてにやりと笑った。



「勿論、俺にはこの光景が見えてたぜ。いざという時まで未来は変えないってのが俺の流儀でな。茶番に付き合ってくれて助かる」



 少女が静かになるのが分かった。気付くのが遅い。いや、それは俺も同じか。奴の能力が分かった時点で、こうなる事を予想しておくべきだった。



 未来予知。普通に考えれば無敵の能力だ。正面から挑もうが裏から挑もうが、結果は変わらない。全て奴の勝利だ。



 どうやって奴を倒す。何度もやり直せるお陰で、奴を突き止める事ができた。でも、そこから先はどうする。未来予知を相手に、どう戦う。



「それで、これからは俺たちが死なないように監禁か」



「まあ、そうなるな」



 大男は酒を最後の一滴まで飲み干し、空の瓶を小男に投げ渡した。それから新しい酒瓶を受け取り、一杯飲んでから手を上げる。



「やれ、絶対に殺すなよ」



 客たちが近づいてくる。多勢に無勢。あいにく俺は武器の類を持たず、自殺できそうにもない。掴まったらそれが最後だ。



 隙がある筈だ。無敵とも言える未来予知の能力にも、一分の隙がある筈だ。例えば連続して予知はできないとか、視えた未来が絶対ではないとか。



 いや、それは全て推測だ。この場面では推測程度に賭けられない。絶対に存在すると言える隙でなければ、実行は出来ない。



 考えろ。未来予知。予知。視るだけ。そうか、未来予知は所詮、視るだけだ。それをどうするかは本人次第、手を出せば未来は変わるし、出さなければ変わらない。



「お前のせいだぞ!」



 俺は、少女に怒鳴った。素早くその胸倉を掴み上げ、激しく揺さぶった。



「お前のせいでこんな事になったんだ! どう責任取ってくれるんだよ!?」



 痛みが、全身を貫いた。猛烈な吐き気が込み上げてくる。それで、股間を蹴られたんだと分かった。待て、本当に苦しい。脂汗が吹き出してくる。



「ふざけんな!」



 あっさりと胸倉から手を外された。俺は姿勢を崩し、そのまま地面に膝を着く。あまりに苦しさに動けない。追い打ちとばかりに少女が俺を蹴ってくる。



「人のせいにするな!」



「……ま、待って」



 蹴りが痛い。しかしそれよりも、苦しい。痛いのではなく、苦しい。俺は何とか呼吸をする。息継ぎの合間が地獄だった。それでもなんとか平静を取り戻し、大男との距離を確かめる。



 まだ遠い。確実な距離まで縮める必要がある。



「……バカ女が」



 怒鳴ったつもりだったが、出たのは蚊の鳴くような声だった。



「はあ!?」



 蹴りがさらに強烈になった。何で聞こえてるんだよ、聞こえないと困るけど。俺はついに這いつくばるのもできなった風を装い、床にうつ伏せになった。少女はそれでも攻撃の手を緩めず、今までの怒りをぶつけるように俺を蹴ってくる。その勢いで、俺は少しづつ大男に近づいていく。



 ふと、大男の顔色が変わった。警戒しているのか。でも、もう遅い。



 間合いに入った。



 俺は跳ねるように飛び起きて、大男に襲い掛かった。その手に持った酒瓶を奪い取る。流れるような動作で大男の頭に振り下ろす。



 酒瓶が砕け散った。



 残りの酒と血が飛び散って、大男が沈む。一発必殺、手ごたえあり。未来が見えようと、反応できなければ意味がない。警戒されていても、その警戒を解けば良いだけだ。



 俺は割れた酒瓶の先端を客たちに向けた。



「雇い主は死んだぞ。金が欲しければ好きに死体から持っていけ」



 客たちは悠然と俺たちを見ている。違和感。大男が殺された動揺はこれっぽちもない。視界の端で、客の一人が動くのが見えた。



 少女の背後に迫る。手には光、刃物。そこまで認識した時には、俺の躰は動いていた。走る。少女を斜めに蹴り飛ばす。短剣が見える。俺の腹に食い込んでくる。



 何故、客たちは冷静だったのか。



 薄れゆく意識の中で、俺はそれだけを考えていた。

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