第4話 四回目の死はやけくそに



 目覚めると、牢の中にいた。



 なんとか戻ってこられた。毎度のように少女が看守と睨み合う。俺はその隙に出口に向かい、看守が倒れると同時に走り出た。



 どうせ少女は暴漢にやり返そうとするだろう。で、多分殺される。だからその前に俺がけりを付けよう。そうすれば少女が殺される事はない。



 宿屋の近くで例の暴漢を見つけた。卑しい眼で男女構わず通行人を漁っている。俺は懐を大事そうに抱えて暴漢の傍を通り過ぎ、金欠には魅力的な言葉を漏らした。



「こんな大金、俺に運ばせるなよ」



 視界の隅で、暴漢が反応したのが見えた。俺は着いてくる暴漢の気配を感じつつ、人通りの少ない裏道に入った。それから角を曲がり、落ちている石を拾って待ち構える。



 暴漢が現れる。顔面に石を叩きつけた。追撃する。何度も石を叩きつけ、暴漢の顔面をぐちゃぐちゃにする。完全に頭部を潰すまで殴り続けた。



 暴漢はもう動かない。俺はようやく息を吐いて石を捨て、手がかりと思われる女物の首飾りを探して暴漢の懐に手を突っ込んだ。



 しかし、首飾りは見つからなかった。暴漢を素っ裸にして念入りに調べたが、小銭が出てきただけで首飾りの影も形もない。



 どういう事だ。



 この暴漢も俺や少女と同じく、やり直しているのか。いや、それでは首飾りを持っていない説明にはならない。むしろこの暴漢に首飾りを渡した奴が、俺たちと同じだと考えるべきだ。



 また聞き込みか。まあ良い。一先ず少女の死は避けられた。俺は返り血を暴漢の服で拭い、大通りに戻った。



 街が大きくなったような気がした。



 違和感がありつつも、街は以前と変わってないような気もする。道を挟んだ両隣に建物が並び、そこを中心に家々が入り組み道は入り乱れ、迷路のような街並みが広がっている。



 暴漢を殺した事で試練が次の段階に進んだのか。それともただの勘違いか。なんでも良い。とにかく聞き込みだ。あの女物の首飾りの特徴は、金銀細工に宝石があしらわれ、確か、どことなく下品な作りをしていたような記憶がある。金持ちは金持ちでも、成金が好みそうな部類の装飾品だ。



 ふと、娼館が眼に止まった。



 娼館は情報が集まる場所だ。それに娼婦とあの首飾りは合う。娼婦が自身で買ったにしろ客に貰ったにしろ、持っていてもおかしくはない。



 俺は娼館に足を踏み入れた。夕暮れ時はまだ大人しく、受付のババアも眠そうに俺を向かい入れた。



「どんな娘が好みで」



「客じゃない」



 俺は暴漢から奪った小銭の一部をババアに渡して、例の首飾りの事を聞いた。



「さあね。アタシは宝石商じゃないから」



「知ってそうな奴は」



「うちの娘で一人。三階の五って書かれた部屋にいる。値段交渉は自分でしとくれ」



 上手い事客にされてしまった。まあ、金を払わなければ良いだけだ。俺はババアに言われた部屋に行き、くたびれた女に会った。



「どんなのが好み?」



 酒やけた声だ。俺は後ろ手に扉を閉め、扉に背を預けて首飾りの事を聞いた。



「知ってる。遊び代と情報代よこしな」



 俺は暴漢から奪った小銭の残りを投げた。女は小銭を叩き落し、俺を睨んでくる。



「夜鷹も買えないよ」



 でしょうね。それなら残る手段は一つしかない。



「差額はお前の命だ」



 女は怯えなかった。ただ溜息を吐き、机の上の小さな鐘を顎でしゃくる。



「それ鳴らせば、直ぐに人が飛んでくるよ。この距離ならあんたには止められない」



「来た時にはお前は死んでる」



「そして、あんたも死ぬ」



 大した度胸だ。似たような事はこれまで何度も経験しているんだろう。でも、今までの奴らと俺は違う。



「俺はお前を殺せばすっきりする。それで十分だ。で、お前はどうだ? ただ俺に殺されるだけだ。それで良いなら呼べよ。呼んでただただ殺されろ」



 女は気怠そうに後頭部を掻いた。



「……分かったよ、客いないし。何が聞きたいの?」



 装飾品の事を訊ねた。



「あぁ、多分あれだね。ちょっと前にここを辞めたションドリって娘が客から貰った奴だ。アタシとあんたの感性が合うならだけど」



「どこにいる」



「地図書くよ。別の店に移ったらしいけど、家は変わってない筈だから」



 女が棚から紙と筆を取り出す。簡略した街と現在地、目的地が書かれ、ぐっちゃぐっちゃの読めない字が添えられる。



「はい。馬鹿だけど悪い娘じゃないから乱暴しないでね」



 俺は答えずに紙を受け取った。すると、下の階から騒がしい音が聞こえてきた。家具が倒され物が飛び交い、迷い込んだ鹿が暴れているような騒動だ。



 女が鼻で笑った。



「どっかの勘違いした馬鹿だよ。あんたもアタシに手を出してれば、こんな風になってた。もうすぐ取り押さえられて、半殺しにされて放り出されるよ」



 言った通り、騒ぎは俺が部屋出ると収まった。



 不意に、嫌な予感がした。



 まさか、違うだろうな。いや、違う筈だ。絶対に、あの少女ではない。そうだ、あの少女は生きている。今頃は来るわけのない暴漢を、宿屋でアホみたいに待ってる筈だ。そう自分に言い聞かせて、俺は二階に降りる。



 やっぱり少女が死んでいた。



「うーん……馬鹿なのかな?」



 今度は首に短剣を刺されて死んでいる。殺したのは、窓際で巨漢三人に取り押さえられている男か。俺は娼婦や客の野次馬を押しのけて、巨漢の肩に手を置いた。



「殺された子の知り合いだ。そいつと話させてくれないか」



 巨漢はちょっとだけ口角を持ち上げた。



「なんなら殺してくれても良いぜ。手間が省ける」



 この男もまた、誰かに少女の殺しを依頼されたかもしれない。それなら貴重な情報源だ。少女が死んだ今、むざむざ口封じする意味はない。



 俺は巨漢たちと変わって男の胸倉を掴むと、挨拶代わりに顔を殴った。



「誰に頼まれた」



 唾を吐かれた。生ぬるい感覚が、俺の頬を垂れていく。また、男を殴った。



「そんなに唾が好きなら、周りのオヤジの唾片っ端から飲ませるぞ。きったねえはくっせえは、汚物みたい液体でお前の胃ぱんぱんにしてやろうか」



 なんとなくもう一発殴る。それから男の躰を振り回し、野次馬たちにぶつけていく。



「どの唾が良い! そこのハゲか!? それともデブ!? チビか? 出っ歯か? 早く言え、全部持った奴最初にぶつけんぞ!」



「ま、待ってくれ!」



 男が苦し紛れに叫んだ。俺は手を止める。男の表情は崩れていた。



「その通りだ、頼まれたんだよ! 言うからもう痛い事は止めてくれ。唾を飲ませるのも止めてくれ。俺は、潔癖症なんだ……」



 潔癖症か。ちょっと唾飲ませたくなってきたな。でも、黒幕を吐きそうだ。仕方ない、我慢しよう。いや、一回だけなら大丈夫か。



 迷う。余計な事はしない方が良いか。それとも念押しとばかりに一回だけなら大丈夫か。良し、一回だけ唾を飲ませてみよう。



 そこでふと、掴んだ胸倉が妙に重い事に気付いた。男は苦しそうな表情をして、あらぬ方向に眼を向けている。



 男は死んでいた。



 背中から心臓に向けて、短剣が深々と刺さっている。それも刃を寝かせ、肋骨を避けるように。俺は素早く野次馬に眼を光らせた。



「誰が殺した!」



 去っていく奴はいない。俺は男から手を放し、壁際まで後退した。



「勝手に動くなよ。逃げようとした奴は犯人と見なす」



 最悪だ。迂闊にも口封じされてしまった。ここに黒幕がいたのか。それとも、その手先がいたのか。どれにしたって少女が殺された以上、遠くない内に何もできなくなる。その前に何としてでも情報を掴んでやる。



 巨漢の一人が両手を上げて近づいてきた。



「お客さん、気持ちは分かりますが、店で起きた事は店に任せてもらえますか。勿論、犯人を見つけたらお客さんに会わせますから」



 ここで暴れて敵を増やしても仕方ないか。



「誰一人ここから出すなよ」



 巨漢は頷き、野次馬たちに聞き込みを始めた。偶然近くにいた客の一人が当時の状況を語る。



「切っ掛けは男が女の子を店の娘と間違えて誘った事でした。そうしたら何故か男の方が驚いて、女の子は怒って、取っ組み合いになった結果、女の子が殺されました」



 やっぱり馬鹿だな、あいつ。ここのいたのは多分、暴漢を殺したのが俺だと気付いて追って来たからか。文句の一つでも言うつもりだったんだろう。馬鹿な奴だ。



 犯人についての情報も、娼婦から早々と出てきた。



「常連さんよ。いつもしつこいぐらいに値切るのに、今日はやたらと羽振りが良くて、そのせいで変な事まで頼まれちゃった」



 貧乏人が急に羽振りが良くなった。どこかで聞いた話だ。この男もまた、暴漢と同じ人物に依頼されて少女を殺したのか。最初は娼婦と間違えたが、直ぐに標的だと気付いて殺したといったところだろうか。



 俺は巨漢の聞き込みを遮って、一つだけ訊ねた。



「今日ここで、ションドリって奴を見たか」



 見たと答える奴いなかった。巨漢たちが訝しむ。俺は適当に誤魔化して思案に没頭した。



 そもそも、首飾りの持ち主であるションドリが黒幕かは不明だ。黒幕だとしても、口封じを自分の手で行うとは限らない。また、この現場に男を殺した犯人が残っているかも分からない。



 ここら辺が引き時か。



 いくつかは分かったが、これ以上の情報は期待できなさそうだ。後は少ない可能性に賭けて手早く死のう。



 俺は忘れ去られた男の死体から短剣を抜いた。野次馬の一人に切り掛かる。手早く二人、三人と殺していき、犯人に当たるかもしれないという淡い期待を胸に殺人を続ける。



 もう逃げられた後だな。そう思った時には、巨漢たちに取り押さえられていた。無意識に抵抗したが、俺はあっさり殺された。

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