胸に穴の空いた少女
平日のファミレスは空いているかと思っていたが、夏休み期間中ということもあり、学生の姿が多く見られた。ソフトドリンクを飲みながら、くだらない雑談に花お咲かせていたり、黙々を勉強をしていたり、カタカタとノートパソコンのキーボードを叩いていたり様々だ。しかし、肝心の料理を食べている人が少ないので、店としてはあまり喜ばしくないだろう。かく言う私も、ドリンクしか頼んでいない客の一人だ。冷め切ったホットコーヒーをチビチビと啜る。
ブラインドから夕日が差し込み、テーブル席で氷の溶け切った水を持つ明音さんのお母さんである
「結局、明音はあなた以外に熱中できるものを見つけることが出来なかった。」
私はどういう顔をして話を聞いていれば良いか分からなかった。
明音さんは昔から夢や目標を持たない娘だったそうだ。何かに没頭することもなく、波に逆らうこともなく平々凡々と生きてきた。そんな中、唯一熱中したのが私と言うわけだ。つまり、私が明音さんの人生を変えてしまったと言うことだ。
それは、恨まれても仕方のないことなのかもしれないけど、そこまでに思ってくれている人がいたことを嬉しく思ってしまう私がいる。
「私が、明音さんの人生を壊してしまったのでしょうか?」
「違うわ、感謝していると言ったでしょう?短い期間だったけど、あんなに生き生きとした明音を見たのは初めてだったのよ。とは言っても、実家に帰ってきたのなんて、盆と正月くらいだけどね。」
私は、ファンのことを考えてアイドル活動をしていると思っていた。だけど、私はファンのことを何にも分かっていなかったのだと気付かされる。ファン一人一人に私を応援してくれる理由があり、それぞれの人生がある。私はファンに寄り添っているつもりだったけど、実際には理解した気になっていただけだった。
私は何のためにアイドルになったんだっけ、そんな初歩的なことすら霞がかって見えにくくなっていく。最初は身近な人が喜んでくれるだけでよかった。歌ったり踊ったりするのがただ楽しかった。いつからアイドルでなくてはいけなくなったのだろう。
「明音とはこっちで会ったのかしら?」
「ええ、会いました。随分と雰囲気が違っていて、いえ、言い訳ですね。私は最初、明音さんが私のファンのアカネさんだということに気が付いていませんでした。」
「そう、私もあなたのファンになった明音を最初は自分の娘だと気が付かなかったわ。」
一瞬の沈黙の後、どちらともなく笑い出す。
「ふふっ、明音さんって不思議な人です。」
「そうなのよ、昔なんて「きゅうりが嫌いで絶対食べない」なんて言ってたのに、きらりんが冷やし中華を好きだって知った時から、冷やし中華を食べまくってきゅうりもいつの間にかに食べられるようになってて、「きらりんはいつも私に新しいことを教えてくれる」なんて言ってるのよ。笑っちゃうわよね。」
明里さんは明音さんの話をする時、よく笑う。愛されているんだなぁと思う。でも、こんなに愛されていても、満たされない何かがあるのだろう。そして、私にだけその何かを満たすことができる。そんな優越感が素直に嬉しい。私がアイドル活動の果てに求めていたのはきっとこれだったのだと気が付く。
決して綺麗とは言えない感情、でも、私の素直な感情。
「私、明音さんと会って、ちゃんとお話ししたいです。」
明里さんは、最初ぽかんとした顔をしていた。脈絡のない会話に思考が追いついていなかったのだろう。そして、私の顔を見て、つぶやく。
「ありがとう。」
明里さんに私がどう見えていたのかは分からない。でも、何かを期待されていることは分かった。期待通りに出来るかなんて分からないし、そんなものなくても私は明音さんに会いたかった。何故会いたいのかは分からないまま。
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