夢のない少女と星
「将来の夢は何ですか?」
その質問はいつも私の人生にまとわりついて離れない。
みんな将来の夢を持っていて当然と決めつけられているかのようだ。
実際、私以外の子たちは迷うことなく答えていた。
お嫁さんになりたい。お花屋さんになりたい。ケーキ屋さんになりたい。歌手になりたい。先生になりたい。お医者さんになりたい。
『あかねちゃんは何になりたいの?』
なりたいものなんてない。でも、それは許されていない。
なりたいものがあることは子供にとっての義務だった。
幼稚園生の時には、花のことに興味なんてないのにお花屋さんになりたいと答えた。
小学生の時には、ケーキなんて作ったことないのにパティシエになりたいと答えた。
中学生の時には、人にものを教えるのが好きではないのに教師になりたいと答えた。
親友が行くからという理由で選択した高校では、教師になりたいのならA大学に進学しなさいと言われた。
周りの人たちと同じB大学へ行こうとしていた私は、どうすればいいか分からなくなった。
結局、進路希望書の第一志望にB大学を書いて提出したら、数日後に担任の先生に呼び出された。
「日向さんの成績ならA大学は合格圏内です。どうしてB大学を第一志望にしたんですか?」
「それは……、友人も行きますし、家からも通える距離ですし、学校の雰囲気が私に合っているなぁと感じたからです。」
「それも大事ですが、教師を目指すのであれば、教職課程のある大学に進学するのがベストな選択です。B大学には教職課程がないのは知っていますか?」
「はい。それは知っています。」
「なら、どうしてA大学を選ばないのですか?友達と同じ大学に行きたい気持ちは分かりますが、もっと将来について考えてみてください。」
「はい、わかりました。」
将来のことなんてよく分からない、普通に働いて普通に結婚して普通に老いて普通に死ぬ。そういう風に漠然としか考えられないものを選べと言われても、よく分からないし、選び方も分からない。自分のやりたいことを聞かれても、やりたいことなんてない。ただ、周りに合わせて生きてきただけの私は、いつの間にか普通ではない人間になっていたようだ。
「え、あかねちゃんB大学に一緒に行こうって約束したじゃん。」
「うん、そうなんだけど、先生がA大学行けっていうからさ。なんていうか、それもいいかなって。」
「なんで、理由になってないじゃん。本当は私と一緒の大学に行きたくなかったってこと?嘘つきっ!」
「ちっ、ちが……。」
自分の意思がなくて優柔不断な私は、人の言われた通りにして、だけど、人から嫌われて行く。
「自分の意志とかないの?」
自分の意思はあるし、傷ついたりもする。
「八方美人だよね。私のことちゃんと友達だと思ってる?」
好きな人も嫌いな人もいるけど、区別や差別は行けないことじゃないの?
「先生、私就職します。」
大学へ行っても、ただ時間を引き伸ばすだけで何も変わらないんじゃないか。いつしか、そう諦めるようになっていた。就職すれば、もっとのめり込めることも出来るかもしれないし、何より私を認めてくれる人がいるかもしれない。
でも、そんな理想は、ただの理想でしかなかった。
若いからという理由で最初はチヤホヤされた。色んなことを根掘り葉掘り聞かれたり、食事に連れて行ってくれたりもした。でも、私がつまらない人間だということが分かると、いつしか私に関わろうとしてくる人はいなくなっていった。
だけど、上司の伊藤さんだけは私のことを気遣ってくれていた。もちろん上司として仕事上仕方なくといったこともあっただろうけど、誰かが私を見てくれているというだけでも、心の支えになっていた。
会社の男性職員は、相変わらず若い女性というだけでチヤホヤしてきたが、下心の透けて見える態度には嫌悪感しか生まれなかった。
20歳になってお酒が飲める様になると、早速、男性社員が私を飲み会に誘う様になった。お酒には興味があったけど、男性社員と一緒に飲みに行きたいとは思えなかった。しかし、誘ってくれているのを無碍にはできずに、信頼できる伊藤さんが出席している会に一度参加してみることにしたのだ。
その日の帰り道、私は初めて熱中できるものに出会った。
雨谷きらり
アルコールでぼうっとした頭で、都会の喧騒にうんざりしていたとき、私の目の前に突如として現れた天使だ。
それからの私は、ライブに通ったりグッズを買うための資金を稼ぐために、仕事にも今まで以上に熱が入って、伊藤さんからも褒められることが多くなった。同僚からも、日向さん最近雰囲気変わったよね。と言われ、よく話しかけられる様になった。
「恋人でもできた?」
「い、いえ、違います。」
「そう?でも、なんだか恋をしている目をしているわ。」
「恋、ですか。」
「ええ、恋をするとね、瞳がキラキラして、お肌もピチピチになるのよ。」
「じゃあ、伊藤さんも恋をしているんですか?」
「え?あはは、日向さんったらお上手ね。確かに、仕事に恋してるかもね。」
そう言った伊藤さんの瞳は、少し俯いて影がかかっていた。なんだか大人だなぁと、漠然と思った。
ともあれ、雨谷きらりと出会ってからの世界は輝いて見えた。
きらりんのマネージャーになってみたいなんて妄想をしたりもしたけど、そうなったらきっと毎日ドキドキしすぎて生きていけないだろうなと思い妄想だけにとどめた。
将来の夢とか目標とかっていうのは分からなかったけど、きらりんのいるアイドルグループcascadeがもっと売れて、もっと大きな箱でライブできたらなぁなんて思い描いたりする様になった。
ライブ会場では、同じきらりん推しの友達もできて、休日には集まってきらりんについて語り合ったりもした。そんな日常が楽しくて、いつしか、こんな毎日が永遠に続いて欲しいと願っていた。
それは、私にとって初めての夢だったのかもしれない。
でも、そんな楽しい毎日は、当然ながら永遠に続いたりはしない。
そして、終わってから気がつくことが多いことを初めて知った。
夢を持つということは、そこにかけた思いが大きければ大きいほど、失った時の衝撃も大きのだ。こんなことなら、出会わなければ良かったと思い、グッズを全部捨てようと思ったこともある。でも、出会えなければ、あの幸福を知ることさえ出来なかったのだと思うと、そんな思いでさえも愛おしく感じて、何一つ捨てることは出来なかった。
捨てず、忘れずにとった思いは、私の首を真綿でギリギリと締め付けていった。
仕事中にぼーっとすることが増えて、お酒を飲まないと寝れなくなった。休日は昼間からお酒を飲みながら、きらりんのライブ映像をずっと見ていた。週明けには出勤日だと気づかずに遅刻することもあった。
相変わらず伊藤さんは私を気にかけてくれていたが、当の私は伊藤さんの好意に気づかずに無断欠勤までする始末だった。流石に、看過できなくなったのか、仕事中に社長室に呼び出されて、説教をされる事態にまで発展した。流石にこれ以上、伊藤さんに迷惑はかけたくないと思い、入社してから、3年と10ヶ月で退職することになった。
時々考えることがある。あの時、大学に進学していたらどうなっていただろうかと。きらりんと出会うことはなく、他の誰かと出会い恋をしていたかもしれない。そうしたら、こんな思いをすることもなかったかもしれない。
でも、きっとそれは違うと思う。私にはきらりんしかいなかったのだ、無数にある星の中で私が惹かれる星はきらりんだけだ。何故か、それだけは確信を持っていた。
出会えただけでも奇跡だ。それ以上を求める権利は私にはない。それだけのことだったのだ。
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