青春の残り火は

 いつもの様に図書館に行き、本を読むだけの日々。


 でも、いつものように集中できない。それは、いつもの席で本を読んでいる日向さんが気になってしまうからだ。


 最初は変わった人だくらいにしか思っていなかったはずなのに、今は何かが違う。でも、何が違うのかが分からなくてモヤモヤする。


 直接本人に聞けばいい。


 何度も何度も思っているが、一歩が踏み出せない。


 私は何を恐れているのだろうか。地元に戻ってからというもの、何もやる気が起きず、ようやく見つけたのも読書くらいのものだった。それだって所詮は現実逃避に過ぎないのかもしれない。


 だというのに、まともに話したことも数回程度の彼女のことが気になる。いや、その理由を知りたい。それが分かれば、私はもう少し前向きに生きることができるかもしれない。


 今の私は親の荷物になっている。元はと言えば、無理矢理地元に引き戻したせいだと言いたくもなるが、今のままで良いとは思っていない。私だって変わりたいと思っているんだ。


 キーンコーンカーンコーン


 近くの小学校のチャイムの音が聞こえる。夏休みだろうが、休みなく働くチャイムに感服する。学校の職員は夏休み中でも出勤しているらしいが、何をしているんだろうか。


 ぼんやりと考えごとをしながら、先ほどから本が1ページも進んでいないことに気が付く。


 気を入れ直して読もうと思ったが、数行読んだところで諦めた。


「今日はもう帰ろう」


 これ以上読もうとしても難しいだろうことは想像に難くない。


 とは言っても、帰ってもやることはないし、なるべく家には居たくない。自分が何もしていないことは実感してしまうから。


 よくメンバーの一人が、「気分転換には甘いものでしょ」と言ってそこらじゅうのカフェに連れ回されたのを思い出した。


 でもその後、食べ過ぎたから夕ご飯抜くとか言い出して、翌日余計に元気がなくなるからタチが悪い。


 思い出したら、甘いものを食べたくなってしまった。


 近所にカフェなんて洒落たものはないから、コンビニでスイーツを買って公園で食べることにした。


 天気も曇っていたので、屋外でもそこまでは暑くなかった。


 公園で元気よく走り回る子供を脇目に見ながら、コンビニで買ったアイスを食べる。レジで売っているタイプの少しお高いやつだ。


 スイーツはいつも我慢しているので、たまに食べる時には贅沢をしたくなる。


 気分転換には甘いものというのは本当で、食べてる瞬間は余計なことは気にならなくなる。


 思い詰め過ぎている時には、むしろ何も喉を通らないので例外とする。


 夏は溶けるのが早いので、それに合わせて食べ進めるとすぐになくなってしまう。


 なくなったアイスの容器を見つめる。容器にはコンビニの名前とカラフルな絵が描いてある。裏を見てみるが何も面白いものはなかった。描いてある文字を一つ残らず暗唱してみるが、すぐに終わってしまう。容器を握りつぶしたり元に戻したりしてみたが、やがて、元の形には戻せなくなってしまった。


 はぁ、とため息をついて、アイスの容器を公園のゴミ箱に捨てた。


 自動販売機で水を買うと、ピピピとルーレットが鳴り出して、7776と表示された。前は、惜しいとはしゃいでいたのを思い出す。


 ここの公園は子供の頃にも来たこたがあったが、風景が変わってしまった気がする。いや、変わったのは私なんだろうな。


 空からポツリポツリと雨が降り出した。


「今日は雨の予報じゃなかったのになぁ」


 子供たちは、雨が降ろうがお構いなしに駆け回っていた。大人たちは雨を避けれる場所を必死に探していた。私は、傘を買いにコンビニへ行った。









 翌日、私は地元に来て初めて日課をサボった。


 遠くへ行きたいと思い、電車に乗って海を目指した。電車に30分ほど揺られていると、海が見えてきてテンションが上がる。


 変装用だったサングラスと帽子を本来の用途で使った。


 昨日の雨の影響か、海は少し荒れている様に見えた。私の心みたいだ。なんてポエムぽいことを思いついて、すぐに波の音と共にかき消した。


 水着を持ってきたわけではないのでみているだけの予定だったが、海水浴場のあまりの人の多さに、予定を変更して海岸線沿いを宛もなく歩いてみることにした。


 途中みかけた店でしらす丼を食べて、また宛もなく歩く。海をみながら歩いていると、心が落ち着いてくる。


 ひたすら歩いていると、流石に足が痛くなってくる。


 喫茶店を見つけて休むことにする。こっちに来てから初めてマップを見たが、いつの間にかに20キロ近く歩いていたようだ。


 コーヒーとチーズケーキを注文する。


 注文を確認したおじさんは厨房へ姿を消した。


 どうやら、店主一人で切り盛りしているらしかった。


 単純な疑問だが、ケーキも一人で作っているのだろうか。

 それとも、作ってもらったものを並べているだけなのだろうか。


 どうでもいいことを考えていると、ケーキとコーヒーが運ばれる。


 コーヒーには砂糖もミルクも入れない。


 ケーキでもカロリーが高いのに、コーヒーまで甘くしようとは思わない。


 甘ったるいケーキを苦いコーヒーで流し込むと、先ほどまで感じていた疲れがやわらいだ気がする。


 店内に客は私しかいなかった。


 平日の中途半端な時間に客が来るのは珍しいのだろう。


 店主は新聞を広げて、私のことを見向きもしなかった。


 接客としては良くないのかもしれないが、私としては気にせずにゆっくりできたので丁度よかった。いや、もしかしたら、店主は客に気を遣わせないために新聞を読んでいるのかもしれないなとふと思った。


 平日のこんな時間に女性の一人客が来るなんて、時間潰しとしか思えないし、時間を潰したい客にとって一番邪魔なのは店員の存在である。


 中には店員の視線をお構いないしに長居する客もいるが、残寝ながら私はそこまで図太くはない。


 カフェの内装は、おそらく店主の趣味だろうアンティークな小物が多く見られた。

 

 そのなかに時計があったので時間を確認するが、店に入ってから10分も経っていなかった。


 退屈な時間は長く感じるものた。


 それを考えると、アイドル人生はとても短いものだったと感じる。


 時間はゆっくりと進んでいるのに、周りは高速で動き続けている。


 CDショップで見たような新人のアイドルが新しく出ては消えていく。


 CDを見つめていた日向さんの横顔が浮かんだ。


 その時、微かに潮の漣が聞こえた気がして、窓に目を向けたが海は見えなかった。


 コーヒーの残りを一気に飲み干すと、会計をして外にでた。


 そこには、今朝見た時と変わらない海があった。


 どうしてこの喫茶店は、海が見えるように窓を配置しなかったのだろうと思った。






 見慣れた駅のホームを見るころ頃には、日が沈み始めていたし、私は心身ともに疲れ切っていた。


 体は疲れきっていて早く帰って休みたいと思いながらも、こころは違う方向へと向かっていた。


 気がつくと日向さんの家の前にいた。


 この間と同じように表札を眺める。当然ながら変わったところは何もない。


 強いて言うなら、日向さんのバイクがなかった。


 まだ帰ってきていないのだろう。


 日向さんが帰ってくる前に帰ろうと思った時、突然後ろから声をかけられた。


「あら、もしかしてきらりん?」


 帽子もサングラスもしてたのに名前を言い当てられてびっくりしながら振り向くと、そこには知らない中年のおばさんが自転車にまたがっていた。


「あの、違います。」


 私は反射的に答えて、その場を立ち去ろうとしたが、おばさんに通せんぼされる。


「その声、やっぱりきらりんじゃない。どうしてこんなところに?」


「人違いです。道に迷って入ってしまいました。失礼します。」


「待って、もしかしてうちの娘に会いにきてくれたのかしら。」


「娘……?」


「そう、娘があなたのファンで、よく話を聞いていたのよ」


 ドキッとした。娘、ファン、日向さん。何かがつながりそうな気がした。


「娘さんがいらっしゃるんですね。」


「そうよ。きらりんのライブにもしょっちゅう行ってたのよ。私の人生だとか言って。」


 おばさんの目は、懐かしむように遠くを見ていた。


「失礼ですが、娘さんのお名前をお聞きしても良いですか?」


 私はそれを聞かずにはいられなかった。


明音あかねよ」


 それを聞いた聞いた瞬間、全てがつながった。


 日向さんは明音さんだったのだ。

 そした、このおばさんはおそらく、明音さんの母親だろう。


「あ、明音さんは、一時期東京に住んでいまいしたか?」


 結論は出ていたが、核心が持てずに聞いてしまう。


「え、ええ。住んでたわよ。」


「そして、私のファンだった。」


「その通りよ。知っててきたわけではないのかしら?」


「今、知りました。でも、前から知っていました。」


「ねえ、きらりん。折角だから、うちに上がって行かない?」


 話を聞きたいと思ったが、ふと頭をよぎったのは明音さんの投稿文だった。


『私は生きる希望を失った。』


「私には、お邪魔する資格がありません。」


「あら、どうしてそう思うのかしら。」


 明音さんのお母さんは、本当にわからないと言ったふうに質問をした。


「私が、明音さんの人生を狂わせてしまったからです。」


「明音が言っていたことがわかった気がするわ。」


 明音さんのお母さんは、微笑むとつづけた。


「あなたは、どこまでもまっすぐで、お客さんと真摯に向き合ってきたのね。」


 急に褒められ戸惑う。


「私は、自分がやりたくてやっていただけです。真摯になんて向き合えてなんて、いないです。」


 現に私は明音さんのことにも気がつけなかった。

 あんなにも応援しくれていたのに。


「ステージからは自分の姿は見えないものなのね。」


 明音さんの母親は悲しそうに言う。


「それは、どういう……。」


「私も明音もあなたに感謝しているってことよ。」


「はぁ……。」


「明音と会うのが嫌なら、ファミレスに行かない?」


 確かにファミレスならば、明音さんと会う心配はないだろう。

 しかし、明音さんの母親が私なんかに何の話があるのだろうか、娘を拐かした犯人として糾弾されることは想像に難くないが、さっきは感謝していると言われた。何を言われるのか全く想像できない怖さがある。

 でも、私は明音さんのことをもっと知りたい。母親に聞けばもっとたくさんのことを知ることができるだろう。


「はい、私も明音さんのことをお聞きしたいです。」


 決意はできぬまま、言葉を口に出していた。

 正直怖いし逃げたい。

 でも、逃げたら後悔する。

 それだけはわかった。

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