ニートでストーカーの元アイドル

 目覚まし時計がなるよりも早く目が覚める。


 スマホを手に取り、アラームが鳴ると同時にストップボタンをタップする。


 私は昔から目覚まし時計をセットすると、その時間の少し前に目が覚める。


 それなら目覚ましをセットする必要がないと思うかもしれないが、目覚ましをセットしなかった場合には起きたいと思った時間に起きることができないのだ。


 何度か実践してみたことがあるが、早く起きすぎて二度寝してしまって寝過ごしたり、予定の時間より起きるのが遅くなって遅刻しかけたりと散々な結果になったので、それからはしっかりと目覚ましをセットすることにしている。


 早朝なので紫外線は強くないと思うが、念の為日焼け止めを塗って日課のランニングの為に家を出る。


 夏ということもあり、すでに日は登りかけていた。


 東京では、建物が多く昼近くにならないと太陽は見えなかったが、田舎ここは違う。


 こうして田舎に帰ってみると、都会の人が田舎の風景を求めて旅行したり、引っ越したりしたがる理由が何となくわかる。


 都会は、あまりにも窮屈すぎるのだ。


 しかし、田舎は若者が住むにはあまりに静かすぎて退屈に感じてしまうものだ。


 その退屈さを好ましく思ってしまうということは、私が大人になったことを意味するのだろうか。


 しかし、そんな退屈な生活にも、最近ちょっとした刺激を加えられた。


 ーーー日向という女性の存在だ。


 彼女の目的はよく分からないが、おそらく何か隠し事をしている、そして、その隠し事の正体を私が気になってしまっている。


 気がつくと、すでにランニングコースをほとんど走り終えていた。


 ストップウォッチをみると、いつもより五分近く早く走り終えそうだ。


 いつものペースが乱れてしまっている。


 早くこの問題を解決して、退屈な日々を取り戻したい。そうしないと、また夢の続きを見てしまいそうだから。


 いつもより早いペースのせいか、心臓がどくどくと脈打つのを感じた。




 図書館の開館とともに入館する。


 私は一目散に二階を目指した。二階にいると一階の様子がほとんど見渡せる構造なのだ。本棚の影になっているところや受付カウンターが見えないのが玉にたまにきずだが、受付に日向さんがいなかったのは確認済みだ。


 本を広げながら、一階を観察する。しかし一向に姿を見せる気配がない。今日は休みなのだろうか。


 本は広げているが、実際に読んでいるわけではないので退屈だ。


 暇なので、利用者の様子を観察する。


 やはり、夏休みということもあり、学生の利用が多い。親子連れの利用者の割合も平時よりも多く感じる。


 あとは、常連のおじさんおばさんの利用者がちらほらといるが、席を学生の占有されているため座れる場所を探して彷徨っている。


 席探しを諦めて、本をレンタルして家で読むことにしたであろう人もいた。


 目的の人物が現れたのは、昼時で席を立つ人が出始めた頃だった。


 いつものスーツ姿で、丁度さっきまで学生が利用していた席に座り、読書を始めた。


 やはり、司書ではないだろう。


 こんな司書がいるとしたら、私なら速攻クビにするだろう。


 バイトを速攻でクビになった私が言えることではないが、それは脇に置いておくとして、観察を続ける。


 日向さんがいるのは四角いテーブルの一角だ。テーブルは四人席で隣にはおばちゃんが座っていて、向かいの席には男子高校生が二人座っている。高校生二人組は時々喋っている様なので友達同士なのだろう。おばさんは注意したそうにチラチラ見ていたが、日向さんは話し声を気にしていないようだった。


 やがて、高校生二人のうちの日向さんの向かいの席の子がおばさんの視線に気がついたようで、気まずそうにおばさんと日向さんに会釈をして、隣の友達を肘てこづいていた。


 しかし、日向さんはそんなやりとりがあったことに全く気がついていなかった。


 昨日も思ったが、読書しているときには周りのとが聞こえなくなるらいしい。


 結局動きがあったのは、トイレのために席を立つときだけだった。


 閉館の時間が近づくと、日向さんは本を戻して退館していった。


 私は後を追おうか迷ったが、バイクを後を追うのは無理だと判断して諦めた。


 その代わりに、受付にいた職員に日向という名前の女性がここに勤めいているかを聞いてみた。結果としては、予想通りいないという回答が得られた。


 日向さんが、司書でないということはわかったが、肝心の目的が分からないままだ。


 やはり、本人に直接聞くのが早いだろうと思い始めてきたが、騙された腹いせにいっぱい食わせたいという欲が出て、もう少しだけ頑張ってみようと決意する


 しかし、それから三日間粘ってみたが、結局成果は何も得られなかった。


 気づいたことと言えば、日向さんの外見は目を引くらしく、私以外にも彼女をチラチラを覗き見る人がいるといったことぐらいだ。


 そして、今日は月曜日で図書館は休肝日になっている。


 いつもの私なら、図書館で借りた本を家で読んで過ごすところだが、今日は日向さんの秘密の手がかりを探すために行動しようと決めていた。


 とはいえ、日向さんも休館日には家で過ごすという習慣があれば何も成果を上げることができないので、一種の賭けのようなのものだった、


 しかし、行動をしないと何も始まらないということをアイドル時代に学んだ私は、ダメ元でもまずはチャレンジしてみるの精神で行動に移すことにした、


 まず、日向さんが行きそうな場所の候補を出してみる。


 1.本屋 いつの読書をしているので本が好きならここは外せないはず。

 2.映画館 お気に入りの本が映画化されていたれ気になるはず。

 3.定食屋 以前日向さんと一度だけ一緒に食事をした定食屋だ、お気に入りの店ならリピートしているはず

 4. アパレルショップや雑貨屋、薬局 女性なら外せないはずだが日向さんはあまり興味がなさそう。


 こんなところだろうか、とりあえず、可能性が一番高い本屋に行ってみることにする。


 家の近くには本屋は三つある。一つは距離がありショッピングモールの中に入っているテナントの本屋だ。残る二つは大学前の大きい本屋と、地元の人しか訪れないような小さな本屋だ。


 まずは、簡単に見渡せる小さな本屋を見てみることにするが、日向さんの姿は見えなかった。


 この本屋は私が子供の頃、お母さんと一緒に本を買いに行っていた思い出の場所でもある。棚の配置や店の雰囲気は昔のまま変わっていなくて安心した、


 環礁に浸っていると頑張って育ててもらったのに、こんなことに時間を使っていることが申し訳なく思えてきて、逃げる様に店を出た。


 次に向かったのは、大学前の本屋だ。


 元同級生がまだ大学に通っている可能性があるのでなるべく目立たないように、帽子とサングラスで変装した。逆に目立っている気もしたが、誰なのかバレることはないだろうと思い気にしないことにした。


 本屋に入るとすぐに今話題の本がずらりと並んでいる。


 図書館では最新の書籍が読めないので興味をそそられる。


 しかし今日の目的はそれではないと自分を嗜めて、日向さん店内にないか探す。本のコーナーは思ったよりも広かったが、5分程度で一周できた。


「いないなぁ。」


 期待していたわけではないが、気持ちが沈む。まだ見れていないのは二階のCDやDVDのコーナーだ。


 可能性は低いと感じながらも、二階を捜索してみる。


 CDのコーナーを通ると、今流行りのアイドルの歌が流れていた。


 CDを手に取ってみてジャケットを確認する。クールな格好のの6人の女性が並んでいるジャケットだった。グループ名を見てみたが知らないグループだった。


 アイドルの流行り廃りは早いが、メージャーで大きく取り上げられるには相当の努力と才能と運か、強力な後ろ盾がないとむずかしい。


 私がいたグループにはどちらも欠けていたように思う。


 しかし、メジャーで活躍できなくてもコアなファンがついていて、収益は黒字だった。とはいえ、歳を取れば取るほど人気は落ちていく業界で一線を貼り続けられるのはほんの一握りだけだ。


 早い内に業界を離れられて、むしろ良かったのだと思う様にしている。


 しかし、気持ちはどうしてもついてこず、他のことで頑張ろうと思うことができない。


 メンバーやファン、スタッフのみんなと過ごした日々を思い出すと、もっと続けたかったという思いを止めることができない。


 ファンのみんなは私がいなくなってから別の誰かを応援しているのだろうか、そうであってほしい気持ちと、寂しいと思う気持ちが混ざっておかしくなりそうだ。


 アカネさんのSNSの投稿を思い出す。


『きらりんが引退するとか、もう生きる希望を失った』


 その後、アカネさんは更新するのをやめてしまったようで、どうしているのか知ることはできない。


 でもそれは、ファンのみんなにとっても同じことだろう。今の私を知ることは誰にもできない。SNSのアカウントは引退するときに停止しているし、事務所の人とも連絡をとっていない。ファンが今の私の状況を知ることはできない。


 それは当たり前のことなのだが、悲しいと思ってしまう。


 ふと気がつくと、隣に人の気配を感じてそちらをみてみる。と。そこには日向さんがいた。思わず声を出しそうになったがグッと堪える。


 日向さんは私と同じくアイドルのCDを見ていて、私には気がついていなかった。


 日向さんもこういうのに興味があるんだ。と、少し嬉しく思う。


 私は、こっそりとその場を立ち去り、棚の裏から日向さんを観察した。


 日向さんは、アイドルのCDのコーナーを一通り物色して、結局気に入ったものがなかったのか何も買わずに出て行ってしまった。


 私は思い切って後をつけることにした。


 外に出て、白いバイクにまたがり店を後にする。私はサングラスと帽子を外して自転車に乗ると、急いで後をつけた。


 幸い、日向さんは大通りではなく裏の細い道を通ってくれたおかげで、スピードはそこまで出ていない。


 しかし、ママチャリでバイクに追いつくのは無理があり、引き離されては信号で追いつくというのを繰り返すことになった。今日の私はついているみたいで、信号のタイミングが合わずに置いていかれるということにはならなかった。


 5キロほど行ったところで、日向さんは左ウィンカーを出して減速した。追いつくことに必死だった私は急に止まることができずに追い越してしまった。顔を見られたくなかったので、交差点までそのまま進んで左折した。


 塀の影から来た道を見返してみたが、そこにはもう日向さんの姿は見えなかった。


 日向さんが左折したところまで戻ってみると、そこには住宅街になっていた。


 建売か分譲住宅だろう、同じような物件がずらりと並んでいる。規則正しく家が並んでいる様は少し違和感のある光景だった。整然とされすぎていて逆に不気味というか近づき難い雰囲気があった。


 家は5軒並んでいて、奥から2番目の家に日向さんが入っていくのが見えた。


 バイクのエンジン音が切れてドアの開閉音がするのを待ってから、日向さんが入っていった家を除いてみる。


 家の敷地の前に郵便受けと表札があった。表札の名前を確認すると日向と書いてある。


「日向って苗字だったんだ」


 てっきり名前かと思っていたが、よく考えたら初対面の人にいきなり名前は教えないものか。東京の感覚だと、最初から名前で答える人が多かったので誤解していた。


 名前も書いていないかとみてみたが、流石に記載さてれていなかった。


 家は2階建てで白を基調にして、屋根やバルコニーはグレーが使われていて清潔感がある。庭はそんなに広くはないが車を2台止めるスペースがあり、奥にはバイクと自転車も停まっていた。


 遮光カーテンが閉まっており、中の様子は伺えなかった。


 長時間留まると怪しまれると思い、一度曲がり角のところまで戻りスマホで現在地を確認した。


 私の家からそう遠くはなかった。念の為マップアプリにピン留めしておく。


 長居は無用と思い、自転車に乗りそのまま家に帰る。




 日向さんの家を特定することに成功した。


 しかし、分かったことといえば日向が名前ではかく苗字だったということだけだ。


 これ以上の情報を手に入れるには、張り込みをするか家に侵入するしかなさそうだ。


 「って、これじゃあストーカーじゃん」


 というか、最近の私は完全にストーカーだった。


 まさかアイドルの後にストーカーになるとは思わなかった。


「こんなこといけないよね、もうやめよう。」


 別に日向さんのことを知ったところで何も起こるわけでもないし、知りたければ本人に聞けばいいだけだ。


 でも、何て聞けばいいんだろうか。日向さん、何か隠してますね?とか?


 なんか違う気がする。


 まあいいか、その時考えれば。


 空をみるとまだ夕方にもなっていなかった。


「どうしようかな。」


 呟きは誰の耳に入ることなく消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る