第19話 カテリア4

「なんで俺なんだよ……俺のどこが好きなんだよ」


 なぜそこまで俺に入れ込めるのか知りたくなった。だがその質問は逆に彼女を困らせることとなったようだ。


「え、うーん。どこが好きかなんて分からないよ」


 顎に人差し指を添えて首をかしげるその様は、彼女の頭にクエスチョンマークが一杯浮かんでいる様子が俺には見える。


「どこが好きかも分からないのに、なんで好きって言えるんだよ……」


「そりゃ簡単だよあたしのここが好きだって言ってるんだから」


 カテリアは自分の胸に手を当ててみせた。だがまったくもってよく分からない。男は偏見かも知れないが大抵は女性の姿容で決まることが多い。これは男の本能がそうらしい。なのでどこがと言われれば大抵は姿容のどこかが必ず入るらしいのだ。


 ただそれだけだと嫌な奴に聞こえるので内面で味付けする。とどこかの本で読んだ。宇宙船の中でもテレッサに同じ指摘を受けたばかりである。


「そりゃあんたのことはまだ全然知らないことだらけだけど、このほんの僅かな時間でちょっとした出来事の積み重ねがあって、んでもってあたし的にはこうズキューンって来たんだよ」


 全然意味わかんねぇ、特に最後。ズキューンってなんだ? ハートを射抜いたというヤツか? いまのカテリアにはキューピッドの矢が刺さっているということか? それでもよく分からねえけど。


「まぁ掟のこともあったけど。それはただのきっかけ。あたしがあんたのこと好きになるって決めたの。だから私はあんたが私のことを好きにさせてみせる!」


 ――相手を好きにさせてみせるだって? なんだよその自信は? そんな強引な恋愛ありなのか? 怖くないのか? そんなこと考えたこともなかった。俺なんかいつも嫌われないかとびくびくして……………………


 俺はシャツの上からペンダントを握った。そうだサクラさんのことは高値の花すぎて、俺なんかちょっとしたミスで嫌われると思ってずっとびくびくしてた。


 嫌われまいと身の丈に合わないことばかりしていた。そんな調子で付き合っていたのだから全然彼女を見ている余裕なんてなかった……


 この娘は俺は俺のままでいいといってくれているのだ。自然のままの俺で振り向かせてみせると……


「ね、だからいいでしょ」


「ん? ああ……」


 自分のことを考えていて上の空だった俺は釣られて思わず返事をしてしまった。自分が何を返事してしまったのか気がついたときにはすでに手遅れで後の祭りであった。


「ホント!? じゃぁ、ダーリンとはこれからはずっと一緒!」


 カテリアは俺の腕に絡むように抱き着いてきた。心底嬉しいのか彼女の笑顔がやけに眩しい。だがこれではドツボだ。昼ドラのような泥沼な展開ではないか。


「あっ! いや、今のは――ち、違う!! 今のは違うからな!」


「もう遅いよーぉ」


 カテリアを振り払おうと腕をぶんぶんと振って抵抗してみせるも、彼女はぴったりとくっついて離れようとはしない。なんて強引なやつだ。彼女は本気で俺とつがいになるつもりのようだ。


 本気で……いままで本気で俺に言い寄ってくれた人などいない。強いてあげればトリニィだがあれは誤解だったわけだし。


 そんな俺に呆れたテレッサが本来の目的がなんなのか釘をさした。


「――クリフ。いつまでもじゃれ合ってないで早くジャミングの場所へ向かわないと」


「わ、わかっているよ」


「出かけるなら一度村に帰って欲しいのだけど、獲物を持ちかえりしたいし、何よりお父様とお母様にお別れを言いたいし……」


 できることなら彼女はそのまま集落に置いてゆきたい……


◇◇◇◇◇


 皆と獲物を載せたトレーラーはカテリアの集落へと向かう。巨大猪を天井に積載できたが積載量限界ギリギリである。


 キングボアの親は体の大半が筋肉でできており、薫製にすればこれ一体で一ヶ月分もの食料となる。そりゃ喜ばれるワケだ。


 内臓部分は少ないらしいが少ないといっても子供猪に比べれば膨大な量であり、大きすぎて腸詰めのような加工には向いていないようで痛まない内にバラして焼き肉にしてしまうらしい。つまり今夜も宴会となるようだ……ホルモン祭り、太りそうだ……


 初めてトレーラーに乗ったカテリアはまるで子供のようにはしゃいで車内を探検し始める。このような見知らぬ文明の機器に抵抗感はいのか好奇心が上回っているようだ。


 トリニィが初めて乗ったときは少しおかなビックリといった感じだったのに対し、この違いは種族的なものなのだろうか、個別なのかとテレッサは二人の違いに興味があるようだ。先程から運転席から後ろのラウンジの二人にキラキラとさせている目を向けて解析にいそしんでいる。


 前を向いていなくとも運転は問題ないとはいえ、それを見せつけられているこっちとしては緊張感が増すので前を向いて欲しい。


 カテリア達が現れた森を迂回して森沿いに進むと丁度森の反対側にカテリアの集落はあった。


 集落は簡素な柵で囲まれており、今まで倒してきた獣の頭蓋骨をまるで魔除けかのように柵に並べ立てている。ここの集落の家もログハウスのような家ばかりだがトリニィの所と異なるのはこちらのほうが床が高いようだ。テレッサの分析によればこの惑星の地下は縦横無尽に浅いところに水脈があるので湿度対策なのだそうだ。


 村の入り口を通ると突然現れたトレーラーに集落の人々は唖然として目を丸くした。見覚えのある光景ではあるが彼らが釘付けになているのはもう一つ、トレーラーの上に積まれた巨大猪だ。


 トレーラーの屋根に乗っているドラゴ族の男達が槍を掲げて嬉しそうにする。そのお陰で怪しまれずに村にすんなりと入れたのはありがたい。


 またもや集落の端にトレーラーを止めて車から降りた。


「『神』だ『神』が来られた……」


 集落の男がそう口にした。だが俺とテレッサは顔の前で手を振って強く否定する。カテリアも恰好が違うし時期も異なると村の男たちに否定してみた。どうやらその『神』なる者は定期的に集落にやってくるようである。


 どうにも俺の知っている神聖なる『神』とは随分異なるようだ。彼らのいうところの『神』とやらは俺たちのように実在する存在のようだ。それは一体何なのか今度こそ聞いてみることにした。


「なぁカテリア、皆が言っている『神』のことなんだが……」


「何だいダーリン」


 彼女はにこやかにまたしても俺の腕に絡みつくように抱きついてきた。彼女の豊満な胸の感触が二の腕に伝わってきて俺を誘惑する。だがその時だ大きな声で彼女を呼ぶ声が集落に響いた。


「カテリア!!」


 大きな声の主は体格の良い男で、それはまるで全身が筋肉の塊のようであった。他のドラゴ族の男と同じような蛮族のような姿で赤い髪は短くとも炎のように逆立っている。ライオンみたいだと比喩すれば分かってもらえるだろうか。


 威風堂々と槍を携えてゆっくりとこちらにやってくる。髪の感じからしてどうみてもカテリアの父親ようにしか見えなく、彼女は恐らく父親似なのだろうと連想させられる。


「お父様!」


 カテリアは俺に抱き着いたまま父親に手を振った。父親から発せられる鋭い視線が痛い。彫の深い顔で睨まれるとビビリそうだ。カテリアが俺の腕に抱きついていることに父親はあまりいい顔をしていように思えない。むしろこれは敵意?


「カテリア、その雄はなんだ?」


 彼のドスの効いた声はあたかも俺を威嚇しているように聞こえる。俺は複雑な心境で口元はひきつり、苦笑いで答えるしかできなかった。


「クリフはあたしのお婿さんだ」俺の心境などお構い無しに怖いセリフが飛び出てくる。あぁ、胃が痛い……


「ち、違うだろ!」


 嬉しそうに俺を紹介するカテリアだが、ここでちゃんと否定しておかないとずるずると泣け崩しに結婚させられてしまいかねない。だがそんな俺に不満を抱いたのかカテリアの顔はフグのように膨れる。


「誓いの儀式したではないか!」


「だ、だからあれは事故で……」


「そんなの関係ない儀式は儀式。掟は掟! クリフはあたしに接吻した!」


 それはそうなのだが、彼女は事故で済ませてくれる気はなさそうだ。俺は助けを求めようにトリニィの顔を見ると彼女も膨れた顔で知らないとばかりにそっぽ向く。『絶体絶命』『詰んだ』そんな言葉ばかり思いつく。


 だが突如として悪寒が走った。恐る恐るその原因に目を向けるとカテリアの父親が鬼の様な形相で殺意を放っていた。その眼力だけで俺は死にそうですよ!


「つまり貴様はうちの娘を無理やり手籠めにしたというわけだな!」


 なぜそうなる!? いや、そうなるのか、グスン。


 父親は俺に赤い槍を突き付けてきた。どうやらこの人も人の話を聞かないタイプらしい。さすが親子だ。などと分析して感心してる場合じゃないよ!


 まさかまた決闘とか言わないよな、ラッキーは二度もないぞ。

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