第18話 カテリア3

 ――もしかして口づけを交わすというのは奴隷契約でもするようなものなのだろうか?


「こちらは状況が理解不能。説明を求める」


 テレッサはドラゴ族の男に説明を求めた。男は少し照れた顔で話してくれる。


「我々、ドラゴ族はつがいの約束を行う際の神聖な儀式として接吻を行うのだ。本来ならお互いが認め合って行うものなのだが。このようなケースは初めてだ」


 ということは俺とカテリアはつがいになったって事なのか、だから怒っていると。つがい?


「えっ! じゃぁ俺と彼女は夫婦になったということなの!?」


 男は俺の質問に無言で頷いた。何、その今更漫画でもやらないようなベタな設定! そりゃ怒るよ。恨まれるよ。


「だったらお互い認め合っていないからセーフだよね! ノーカンだよね!」


「儀式事態が神聖なのだ。本人の確認は別だ」


「オゥジーザス……」


 一体何なのだこれは、サクラさんにフラれて、宇宙船事故に遭い、救援も呼べず、トリニィを怒らせて、カテリアに恨まれて……なんだこの不幸のオンパレードは。


 ――俺、生きてる意味ないじゃん。


 突如目の前が暗闇に覆われた。重力が感じられず上も下もわからなくなった。


「クリフ! しっかりしてください」


 テレッサの声ではっとして我に返った。テレッサは倒れそうになった俺を支えてくれていた。体を起こしたが正直体がだるい。


 その時だ突如森が騒がしくなった。ドラゴ族の男たちが異常に気付いて慌てだす。


「なんじゃ?」


 カテリアが目を丸くすると、森の奥から地響きが聞こえるとどんどんこちらへと近づいてくる。


「ま、まさか!?」とカテリアが焦る。彼女はなにか心当たりがあるようだが、地響きの大きさからしてかなり大きいものが近づいてきていると予想される。


「クリフ注意してください、大型生物の接近を感知しました」


「大型生物!?」


 森が突然爆発した。そう形容するのがしっくりくるほどの衝撃が起こった。森の木をなぎ倒すとバラバラにして土ぼこりを巻き上げてまるで巨大列車が突き抜けてきたのようにその生物が森から飛び出してきた。


「キングボアだ!」


「気をつけろっ!」


 突進してきたのは超巨大猪だ。その大きさはトレーラーに匹敵するほどの大きさだ。ドラゴ族の男たちが果敢に戦うがまるで歯が立たない。槍で突いても弾き返されている。


 たしかトレーラーの前に倒れている猪も同じ名前だった。するとあれは親なのか? ということは子供がいれば当然……


 キングボアはキョロキョロと辺りを見回してこちらと目が合った。正確には隣の我が子にである。そして一目散にこちらに向かってきた。


「だよねぇ!!」


「クリフ! あれを!」


「わかっている」


 落としていたアタッシュケースを拾うとガチャガチャとロックを外して勢いよく蓋を開けた。ピンク、ブルー、黄色、パステルカラーのカラフルな女児パンツが宙を舞う。10歳ぐらいまでの女子が好みそうなパンツである。俺の趣味でちょっと大人びたものもある。


 そしてケースの奥から拳銃を取り出すとキングボアへと向けて構えた。講習会で習ったとおりに両手でグリップをしっかりと固定して体の中心に添える。だが銃を使うなど初めてで心は激しく動揺しており、狙いを固定でないでいた。


 キングボアはどんどんさし迫るとカテリアは恐る恐る身構える。そして彼女の目前に迫ると俺は意を決してトリガーを引く!


 ビューッ。素っ気ない音と共に黄色い閃光がキングボアの額に命中した。


 射貫かれたキングボアは足を滑らせるようにして転倒した。土ぼこりが立ち上がり、地震のような四足の足音は止んだ。


 銃を構えたまま安堵している俺に先程のアタッシュケースから飛び出して宙を舞っていた女児パンツがひらひらと舞い降りてくる。決めポーズだとクールぶっている俺の銃や腕、頭に降り被ると否応にも俺は三枚目へと落ちぶれた。


 ――パラライザーガン。


 オオツカンパニーより支給されている緊急用護身銃である。殺傷能力は低く撃たれた相手は運動中枢神経をやられて5日から10日間ぐらいは動けなくなる。護身用なので違う使い方をすると傷害罪などの罪に問われるので取り扱いには十分に注意しなくてはならない。


 ちなみにテレッサには殺傷能力のあるブラスターが装備されているが、そちらは本当にどうにもならない場合のみ使用可能だ。万が一テレッサがそれで人を撃った場合、管理者である俺が犯罪者となってしまうので要注意である。


 俺は銃の構えを解いてパンツを拾い集めだした。大事な商品サンプルである。


「す、すごいキングボアをたった一撃で……」


 カテリアの傍にいたドラゴ族の男は目を丸くして驚いていた。そしてそれはカテリアも同じである。他のドラゴ族の男達は怪我をした者もいたようだが全員命に別状はなかった。あんな巨体に踏まれたら一巻の終わりのように思えるのだが頑丈なやつらだ。


 だが後で知った話だが彼らの表皮は気合いを入れると本当に頑丈になるらしい。だがそれとて限度はあるのだから、よく立ち向かう勇気があるなと逆に感心しそうだ。さすが戦闘種族だ。


 目を丸くしていたカテリアは俺と猪を交互に見比べていた。驚いた表情でパンツを集め終わった俺に尋ねてきた。


「あ、あなたは『神』なのか?」


 まただ、トリニィの集落でも同じことを言われたっけ。カテリアの質問に俺とテレッサは顔の前で手を振って強く否定した。神などとそんな大それたものではないと。


「違う違う」


「神でもないのにキングボアを一撃で倒すなんて……豪傑だ。あなたは豪傑だったのだな!?」


「ご、豪傑って……」


 なんだか心が痛むような言われかただ。強かったのはパラライザガンであって俺ではない。虎の威を借りるなんとやらだ。


 カテリアは驚いた表情から笑顔に変わると俺の元へと小走りで駆けよってきて抱きついてきた。彼女の体に触れてみると普通の女の人と同じく柔らかい。


 ドラゴ族は硬質化できると聞いていたのでもっと堅いのかと思っていた。だがよくよく考えてみれは最初の接吻のときに普通に柔かい感触を得ていたことを思い出す。特に先程からお腹に当たっている彼女の胸の感触は素晴らしく、もっと感じたいと抱き締めたくなる。


 合意? 合意だよな。だがその時、彼女が放つ「すまなかった。見た目で弱いなどと……私は愚かだった」と、その一言が心に突き刺さった。すみません、すみません、強いのは俺じゃなくてパラライザーガンです……


 ますます心が痛む。だがそんな俺の気持ちも知らずカテリアは頬をピンク色に染めて潤んだような瞳を俺に向けてきた。


「その……さっきの……つ、つがいの件なのだが……」


 彼女の態度は急にしおらしくなっていた。何だコレは彼女は好きな男の前ではこんなに猫被るのか。勇ましい彼女と甘々な彼女。


 ――やばい、それってなんか超かわいい。ギャップ萌えってやつだ。


 心拍数が跳ね上がってゆく。彼女の胸がぴったりと押し当てられて潰れているのが感触で分かる。タンクトップの隙間から彼女のお肉がはみ出ているのが見えてしまうとさらに心拍数が上がった。だめだ彼女の胸ごしに興奮しているのが伝わってしまう。


「その……できればあたしをずっと傍に置いておいて欲しいのだ」


 彼女は上目づかいで指先で俺のシャツの上から胸の辺りを円を描くように撫でまわしながらお願いをしてきた。女性とのスキンシップに免疫のないものにとって、この誘惑には耐えられそうにない。思わず「はい」と言ってしまいそうだ。


 俺の呼吸はどんどん荒くなってくると突然視界にテレッサが入ってきた。そしてあのジト目で俺を見つめてくる。すると何故か急に俺の頭は落ち着きを取り戻した。


「カテリア、君の気持は嬉しいのだけど……色々と問題が……あ、それに俺たちは旅の商人だからずっとここにはいられないから」


「それならあたしもついてゆく!」


 カテリアは胸にドンと手を当てて言いきった。そんな彼女を凄いなと思った。どこの馬の骨か分からない男をたかが掟だからというだけでそうも言い切れるものなのか。付き合うというなら分かるが、つがいだぞ、結婚するんだぞ、子供作っちゃうんだぞ。

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