第13話 トレニィ5
会場のど真ん中に大きく立派な敷布がしかれており、そこに並んで置いてあったクッションに座らせられた。まるで雛壇のお内裏様とお雛様みたいではないか……これは恥ずかしい。
座ったクッションはいわゆるビーズクッションのような代物で優しく包み込みこまれると俺を駄目人間へと誘う。なぜこのような現代的なもながあるのかと疑問だが今はそれどころではない。
「なぁ、これってもしかして……」
「ええ、私達は何か祭りあげられていますね。確実に」
やっぱりそうか。まるで主役のように担ぎ上げられるのは正直いって慣れてない。それにもし何かと誤解されているのなら、違う者とバレたときの面倒ごとのほうが恐ろしい。
「誤解されたままじゃマズいんじゃないか?」
「翻訳にはもう少しデータが足りません」
どのみち言葉が通じないのではどうにもならない。
「仕方がない。今しばらく流されてみるか……」
やがて目の前に大きな茶碗のような湯飲みが置かれて、大きな花瓶のような徳利で液体が注がれた。それは茶色の液体で一見すると麦茶のようにも見えるが香りは明らかに別物である。
集落の何人かが俺たちの前でひれ伏している。真ん中の年配の男が頭を上げてニコやかに何かを言って手を差し伸べている。まるで飲むようにと催促しているようなそぶり……
「なぁ……テレッサ、これって飲めと言ってるんだよな……飲めるの?」
「分析します」
テレッサの目の色が虹色に輝く。
「アルコールを検出しました。濃度4%。果汁を蒸留させたようなものと断定。人体への影響は先ほどのアルコールのみで飲料として問題ありません」
「へぇー4%なら大丈夫そうだな」
俺は茶碗を掴んで掲げるとそれ飲んだ。
「なんだこれ、カクテルみたいでめちゃうめぇ。やべぇ癖になりそう」
それはカクテルのような飲み物で、甘味が強いがサラリとしていて飲みやすい。俺は思わず上機嫌になると目の前の男も気を良くしたのか手を叩く。すると次から次へと料理が運ばれてくる。
太鼓や笛の音が流れてくると民族ダンスが始まる。踊っているのは若い娘ばかりでトリニィのようなアラジン風のへそ出し衣装で艶やかに踊りを披露してくれた。
見事にくびれた腰と発育の良い胸の女性が全身をくねくねと滑らかに動かす様はなんとも芸術的だった。赤いライトに照らされたら実に淫靡な光景だろうと想像を掻き立てられる。
思わず鼻の下を伸ばしてヨダレが垂れそうになったときテレッサが俺の二の腕を強く摘まれた。
「イデッ! なにすんだよ!」
「だらしない顔がさらにだらしなくなって変質者のようですよ」
俺はぶうと膨れると一気に注がれていた酒をグビグビと飲んだ。このような楽しい接待なんて今後もう二度とお目にかかることはあるまい。料理にも手を出してみるとこれがなかなか上手い。派手な味付けではないが素材の味が濃く、この星では良い素材がとれるようだ。
俺は再びダンスに見とれていると横からトリニィが先ほどの花瓶のような徳利を突き出していた。お椀のような器で受けると先ほどのお酒を注いでくれた。
俺は今、とても感動している。いつもは接待する側ばかりだったので接待を受けることはなかった。しかもこんな豪華な接待を受けるのは初めてだ。それはとても心地よい初めての体験だった。
ただ哀れに思うのは横にいるテレッサである。先ほどから俺と同じように料理が運ばれているが彼女はアンドロイドなので食事はできない。
本人曰く一応口にはできるのだが消化器官などはないのでそのまま出てゆくらしい。あとの洗浄が面倒なのでできるだけ口にしたくないのだそうだ。
食べる必要がないのであれば、なぜ食べれるような機能を備えたのだろうか……疑問はあるがどうせロクでも無いような気がするので忘れて俺は俺で楽しむとする。
おいしいお酒と料理、そして見事な踊り、調子にのってお酒をガブガブと飲んでしまった。アルコール4%とはいえお酒はお酒、すっかりと酔いが回ってしまった。空はすっかり暗くなっていてかがり火がたかれていた。
もうこれ以上入らない。すっかり満足すると席を立ち彼らに何度も頭を下げてお礼を言った。ふらつく足でトレーラーに戻ろうとするとトリニィが俺の腕を掴んでこちらだと引っ張る。彼女の引っ張られるがままに付いてゆくと一件の家に連れ込まれた。
「えーここどこ、誰の家ぇー? トリニィの家なの? マジ家持ち、うらやまーっ」
マンション暮らしで薄給の俺にしてみれば一戸建てなど夢のまた夢。俺のロレツは怪しくなり、思考が酔っ払いそのものになってる。
家に入ると中は外見通りのログハウスそのものだ。家はもちろん家財もすべて木でできている。しかし床にしかれている絨毯なども彼らが作ったものなのだろうか、カーテンや彼女の衣服のきめこまやかな布などどうやって作ったというのだろう。
この時、俺が冷静であればきっとそんな疑問を抱いていただろう。だが酔っ払いにそんな思考はできない。
トリニィは千鳥足となった俺をテーブルの椅子の上に座らせてくれた。
ホワホワとした気持ちでぼーっとしている俺の前にお茶が差しだされた。それは冷たい飲み物のようだ。酔いざましかな……
本来ならテレッサにスキャンして飲めるかチェックしてもらわなければならないのだが、肝心のテレッサはまだ宴会場のようでここにはいない。
「ん~~~~あんがと……」
酔っぱらっている俺は無警戒にそのお茶をいただいた。散々飲み食いしたのだから彼らの食事は大丈夫だろう。
「お酒じゃないのか……これはお茶かなぁ~、喉がスッキリするねぇー」
トリニィは何か言いたいらしい。しきりに喋りかけてきてくれている。そんな彼女の言葉を俺はウンウンと相づちをうちながら聞き流した。だってなに言ってるのか分からないんだもの。
だんだん面倒になった俺は宴を開いてくれたことなど嬉しい気持ちや感謝の気持ちを一方的に彼女に伝えた。
「あんがとねぇー。とっーても楽しかったりぉー……」
やがて彼女は俺のためにベッドを用意してくれた。トレーラーのシートは簡易ベッドにもなるが非常に狭い。ラウンジ側は大きなベッドに早変わりするが酔っぱらっている今ではトレーラーに戻ることすら面倒である。ゆえに彼女に甘えてベッドを借りることにした。
彼女のベッドは木のフレームにマットが敷かれていた。サイズはシングルベッドといったところか。掛け布団はフワフワでどうやら羽毛布団のようである。
「へぇーずいぶんといいベッド使ってるじゃない……」
だがこの時も違和感を覚えたのにも関わらず俺はそこを追及しなかった。後から考えれば完全に文明がミスマッチしている。掛け布団のシーツが妙に綺麗な作りだし、何よりマットは明らかに彼らの文明力で作れるとは思えない代物だった。
だが酔っぱらいすぎた俺の思考は回らず、布団の温もりの心地よさに深い眠りへと落ちてしまった。
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