第12話 トレニィ4
まるで森の木でできたアーチのような場所を潜り抜けると大きなドーム状のような場所にでる。草原からここまでそう遠くは無い。まぁ、バケツ一杯の水を手で運ぶのだからさほど遠くはないとは思っていたが、本当にすぐ近くだ。
天井にも木々がお生い茂って外からは暗かった森だが、奥に進むと隙間は多くて太陽の光がしっかりと降り注いでおり、思いのほか明るい。
集落には高床式の家が多く存在している。驚かされたのはまるでログハウスのような立派な家が建てられていることだ。俺はバケツで水を運んでいるぐらいだからもっと原始的な生活と想像していたが予想より文明は高そうであった。
そう言えばトリニィの着ている服は結構文明的である。連れ出すときに触ったが結構サラサラとしていて心地よかった。あのような生地を作れるのかと思うといささか感心した。
ふと先程のトリニィを運んだときの彼女の肌の感触を思い出すとつい顔の筋肉が緩んでしまった。そんな俺のだらしない顔をトリニィがガン見されていることに気がつくと俺は恥ずかしくなる……失敗した。またなじられる。穴があったら入りたい……
集落にいるトリニィの同族たちは突然やってきた異様な来訪者に唖然とした顔でこちらを見ている。そりゃこんな武骨な巨大トレーラーが突然現れれば驚くよね。俺なら間違いなく逃げ出すわ。
フロントモニターごしに集落の様子を伺えば男や女、子供、老人、様々なトリニィの仲間たちは一見すれば人間そのもの容姿だ。だがトリニィと同様に頭や腕に草ツルの生えており、間違いなく彼女の同族だった。
出入り口の邪魔にならないよう車体を端に寄せて止める。集落の家々から何事かと人々が集まり、入口の広場に集まってくる。普通このような状況なら隠れると思うのだが、彼らは好奇心が強い種族なのだろうか。
「うわーこの状況で出てゆくのは恥ずかしいものがあるな」
沢山の人から注目を浴びるのは苦手だ。こんなに注目を浴びるのは大学の論文発表以来ではないだろうか。あの時も100名以上いたが恐ろしく緊張したものだ。
この集落には表に出てきているもの達だけでも500名以上はいそうだ。緊張感で俺の心臓は爆発しそうになる。
「相変わらずノミの心臓ですね」
「…………」
人の心拍数を勝手に測定したテレッサが余計なことを言う。本当の事だけに余計に腹が立つ。
そのとき椅子に座っていたトリニィが席を立った。足の痛みは取れて腫れも引いたのかしっかりと立っている。普通の足取りで出口へと向かってドアの前にへばりつくとペタペタと扉を触っていた。
まるで飼い猫が家の外に出してくれと言わんばかりの仕草だ。
「外に出たいようだな」
俺は扉の開閉ボタンを押すとシューという音と共にドアが開く。扉の前に立っていたトリニィは集落の人々の注目を浴びることとなり、俺はほっとした。
「こーゆーのって二番手とかだとインパクト薄くなっているから気分的に楽だよねぇ」
トップバッターで出ていったトリニィに感謝しつつ、俺は木のバケツを持って後に続いた。彼女は集落の人々に囲まれて何やら話している。その仕草からこのようなことになった経緯を話しているのだろう。
「これはいいデータが取れる……」
そう言ったのはテレッサだ。言語解析の事を言っている。
トレニィの話が終わると集落の人々が急に俺にひれ伏した。トリニィも膝をついて頭を下げている。これは感謝されているのではないと直感で理解した。
どちらかと言えば崇められているといった感じを受けた。このようなことをされるのが気分が良いとか優越感を感じる者もいるのかも知れないが俺は正言って怖い気がする。
「な、なに? なんか俺たち誤解されてる!?」
「そのような感じですね」
「言語解析はまだ?」
「まだまだデータが足りません」
とりあえず彼らの誤解を解きたいところだが言葉が通じないことには手立てが思いつかない。さすがにジェスチャーでそれを表現するのは無理があるだろう。
「えっと、俺たち崇められるようなものではないのですが……」
そう俺はただの営業マンだ。それも女児の下着売り……自分で自分が悲しくなってくる。販売業や小売店に頭を下げて商品を扱ってもらえるようにお願いするのが仕事だ。けしてひれ伏されるような人間ではない。
しかし通じないとわかっていても結局のところは相手に伝えるのは行動しかないわけで……
「と、とりあえず彼らに水を配るか……」
「この状況でその行動に至る意味が分かりませんが……わざわざ運んだのですから無にすることもないでしょう」
テレッサは水の準備を始めた。後部ハッチを開いて細いホースを伸ばすだけの簡単お仕事。俺はトリニィのバケツを地面に置いて彼女を手招きで呼んだ。集落の人々は俺たちがなにを始めたのかと目を丸くしてみている。
トリニィがやってくるとスイッチを押して、先ほど川から汲んできた水をバケツに勢いよく送水する。彼女は目を丸くしてその様子を見ている。やがて水が満杯になるとスイッチから指を放して水を止めた。
「はい、重いから気を付けてね」
水で満杯になった彼女のバケツを渡すとトリニィは何度も頭を下げた。彼女は俺にお礼を言ってくれているのだろうが、その発音は俺にとって痛烈な言葉にしか聞こえなかった。そうそれも俺の心に突き刺さるような言葉だ。
「ドゥティ! ドゥティ!」うんうん、感謝されているのは分かるのだけどね。何故か心が痛むよ。
――ってさっきまでこんな言葉聞こえなかったよ。
「テレッサ何かしたか?」冷ややかな目を彼女に向けた。
「少し解析できたようですので言語変換を試みました」
「思いっきり誤変換してるよ」
「どうやらまだデータが足りないようですね。オフにしますか?」
「オフにして。でないと解析終わるころには俺の心は砕けてるから」
「分かりました」
「わざとやっただろう」
「何を言われているのか分かりません」
テレッサは白々しくそっぽを向いている。これは絶対にわざとだ。たまたま偶然面白い変換になったから聞かせてやろうとでも思ったのだろう。嫌な奴だ。
それはさておき、折角水を運んだのださっさと集落の人々に分けてしまいたい。
「はいはい、水が欲しい人はバケツ持ってきてくださいね」
送水のボタンをポチポチと押してホースから水を出してみせた。まだ水があるから入れ物をもってきてくれというアピールなのだがうまく伝わるのだろうか。
だが彼らは一目散に家に戻って入れ物を用意して持ってくる。アピールがうまくいったのかトリニィの件で伝わったのかは分からないが、意思は伝わったので結果オーライである。
その後、テレッサのスキャンで下の地層に大きな水脈が流れていることが分かって井戸を掘った。
キャンピングトレーラーの癖になぜこのようなものを搭載しているのかと突っ込みを入れると。テレッサ曰く立体プリンターでちょっとした工具や部品などは作れてしまうらしい。
数時間ほどで手動式の井戸ができる。ポンプの棒をギッコバッコすれば水が出る超旧世代のものだが、そのほうが万が一壊れた場合に彼らでも直せるようにとのテレッサの意見だ。
これで彼らは一々川まで水を汲みに行く必要は無くなるはずだ。それを理解した彼らからお礼と思わしき言葉を受けた。
日が傾きそうなので俺たちはこの集落を後にしようとしたとき、トリニィは車に乗ろうとした俺の袖を引っ張って止められた。彼女の指を指す方向は村の広場で、村の人たちが夕飯の用意をしている。
トリニィになすがまま連行されてゆくと、広場の中央に教壇の足台のような大きな台に赤いふかふかの絨毯敷かれていた。そのうえに二人分の席が設けられている。
「こ、これはまさか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます