第11話 トレニィ3
彼女との会話の成功に俺は気をよくしてしまう。彼女がこれだけ大人しいのであれば彼女の種族はきっと穏やかな種族に違いないと俺のカンが囁く。
「テレッサ、もう隠れるのは意味ないから彼女と水をトレーラーで運んでやろう」
彼女を脅かしてしまった罪滅ぼしと、怪我した彼女を想ってテレッサに提案した。しかしテレッサはあまり良い顔をしなかった。明らかにもっと慎重にすべきと言いたげな眼である。だが怪我をしている彼女をそのままにしておくのは忍びない。
テレッサが返事をする前にトリニィはよろよろと立ち上がると木のバケツを手にした。そして再び出てきた森の奥に入っていこうととする。どうやらもう一度水を汲みに行くようである。
「テレッサ!」再び彼女に許可を求めた。
「分かりました。どうせならトレーラーの予備タンクで水を運びましょう。私はトレーラーを回します」
「よし、そうこなくっちゃ」
テレッサはすぐさま遠隔操作でトレーラーを呼び寄せた。俺はトリニィを追いかける。足の痛みが引いたとはいえまだ少し腫れているうえに慣れないシップを張られているので彼女はそれを気にしながらヨタヨタと歩いていた。
そのような彼女の手を掴んで止めると、ジェスチャーを交えて喋ってみた。
「水はさ、俺たちが運ぶよ。だからトリニィは水を汲まなくてもいいからトレーラーで休みなよ」
分かりやすいようにと、自分でも大げさかと思うほど大きくジェスチャーしてみせた。だが彼女は急に顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしだした。
ん? ……通じなかったのだろうか?
まぁ、いくらジェスチャーを交えてみても複雑な内容は通じないだろうとは思うが、なぜ顔を赤くする? 恥らっている顔もかわいいのだげど……気になる。
「え、えっと、だからね、水は俺たちが運ぶ。トリニィはトレーラーで休む。オーケー?」
自分で言っておいてなんだが短い文に区切ったところで伝わらないのは同じだ。先ほどの彼女の反応に少し焦っていた俺はこのとき彼女との間で何が起きていたかのか、そんな事にまで頭が回らなかった。トリニィはますます顔を赤らめて困った表情で首を振った。
そんな状況にどう説明をすればよいかと悩んでいるとトレーラーは木と木の間にギリギリに車体を後ろから突っ込んだ。テレッサは車体の後ろのハッチを開き、給水管を引き延ばして川へと伸ばす。
「ほらほら見て見て。ああやって俺たちが水を運ぶよ。だから俺たちに任せて」
言葉が通じないというのは実にもどかしい。しかしながら実際にやってみせて説明をすれば彼女も理解してくれるだろう。とびっきりの笑顔で彼女に説明をしてみせた。
だが彼女は真剣な趣で俺に熱視線をむけながら何かを言ってくる。
「□□□□□□、□□□□□□□□……□□□□□□□! □□□□□□□□□□□□」
さっぱりわからない。なにか怒られているような気分になってきた。しかし彼女の真剣な眼差しに俺は目を背けることができなくなっていた。正直なところ誰か助けてくれと言いたい気分だ。
「クリフ、水の給水が完了しました」
テレッサは俺に熱視線を向けているトリニィに気がつくと冷ややかな目で睨んでくる。
「クリフ……彼女に何かしたのですか?」
「な、なにもしていないぞ、俺はただ水を運んでやると……言っただけだ……のはずだ」
正直いって伝わっている気がしないけど。それどころが変な状況になってしまい気まずい気分なんですけど……
「□□□□、□□□□□!」
何を言われたのかは分からないがトリニィは驚き、手にしていたバケツを再び落とした。それをテレッサがとっさに受け止める。さすがロボだけあって反応が早い。せっかく治療したのに再び足の上に落とされては叶わないところであった。
彼女はもうこれ以上にないような真赤な表情になり、両手で顔を挟み込むような姿で困惑しているようだ。
「ほら、さっきからこんな感じなんだよ」
「完全になにか誤解しているような気がしますが。これだから現地人との接触は避けたかったのです」
「今更仕方ないし、彼女をほっておけなかっただろ?」
「確かに今更です」
「仕方がない、分からないときは行動で示すのみだ」
彼女をお姫様抱っこで抱えた。足は怪我してるし、その場で動きそうにないので強制連行である。
彼女は恥ずかしそうにポカポカと俺を叩いてくる。だがその力は弱く本気で叩いていないことは分かる。恥ずかしい気持ちも分からないでもない。彼女を抱きかかえている俺でさえも恥ずかしい。
「これでは拉致誘拐ですね。鬼畜の所業です。おまわりさんこいつです」
「変なこと言うな!」
トレーラーへと向かい歩き出すと彼女は落ちるのが怖いのかしがみついてきた。足の治療のときとは異なり、今度は力一杯しがみつかれた。
彼女は軽く、布越しに触れた肌はとても柔らかった。よくよく考えてみれば女の子にこんなに密着したのは初めての経験だ。普段なら躊躇してできないのに我ながらとても大胆なことをしている。
彼女が人間ではないからだろうか、だがそんな差別的なものの考え方などしたくはない。手にしているトレニィは非常にかわいく俺好みなのは確かだ。テレッサの言われたように俺の嫁としてお持ち帰りしたいほどである。
がだこのような考えがいけないのだ。うかつにも口に漏れたら間違いなく女性をドン引きにさせてしまうだろう。自重……自重……
トレーラーに入るころには彼女の気持ちも落ち着いたのか大人しくなってる。力強くしがみついていた腕も優しくしてくれている。暴れていた足は力が抜けてふにゃふにゃである。そんなトリニィを医療用椅子に腰から降ろした。
「じゃあ、今から君の集落へむかうね」
俺は優しく声をかけるが彼女は訳が分からずキョトンとしている。これが現代社会なら確実にアウトな展開である。そのような発想もないのだろう。
テレッサがトレーラーを動かして進みだすと車体が揺れた。トリニィは椅子から落ちそうになりおかなビックリといった感じだ。だが車内に映し出されている周りの景色が流れ出すと彼女は驚き、興味深そうに眼を輝かせて眺めている。
「トリニィ、君の集落はこっちでいいのかい?」
トレーラーの進む方向を指さすと彼女は質問が理解できたのかウンウンと頷く。
トレーラーは草原から森の中へと入っていく。サブ画面に映し出されている生命反応の地図の黄色い点の集まりへとトレーラーが突き進んでいることを示していた。
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