第5話 未開惑星3

 加速が終わってGから解放された。サブモニターにはズームされた惑星の映像が映っているがフロントモニターには惑星らしきものは映ってはいない。


 つまり惑星とはまだ距離がある。だがフロントモニターには小さな四角いロックオンマーカーが映し出されており、そこに目的の惑星があるということを示している。


 あまたの輝く星々が散らばって映し出されている映像の中、マーカーが指し示す場所は何もない真っ暗なエリア。恒星ではないのだら当然といえば当然。


 待てども待てどもマーカーの大きさは変わらない。すでに1時間が過ぎた。さらに1時間が過ぎてもマーカーの大きさは変わらない。本当に進んでいるのかと錯覚を引き起こしそうになる。


 さらに1時間が経過した。船内が少し肌寒くなった。俺の命は残り3時間だ。3時間あれば何回できるかななどと不埒な考えに取りつかれそうになった時、マーカーはようやく変化を始めた。マーカーが加速度的に大きくなってゆく。


「逆噴射作動……減速開始」


 ずっと沈黙していたテレッサがようやく喋った。加速のときと違って今度は体が前へとグググっと飛び出すようなGを受ける。フロントパネルに映し出されていたマーカーはいつの間にかモニターの範囲を超えて見えなくなっていた。だが目の前に映し出されているのは真っ暗な闇で星の瞬きも見えない。


「おい、本当に惑星があるのか?」


「もちろんです。目の前にあります。もうすぐ分かります」


 彼女がそういうとフロントの隅のほうから眩い光が差し込んだ。チカチカと高速フラッシュのように輝く光はやがて大きく、そしてモニターの中央へと移動してくる。


「この星系の恒星です」


 それは太陽だ。太陽系の太陽同様に白く力強く輝く星はまだ若い恒星だ。その恒星を隠すようにしていた目の前にある惑星は太陽の光に照らされてようやくその本体を見せ始めた。


 緑の三日月のような惑星。船が進むにしたがって照らされる部分が広がってゆく。本当に目の前に惑星があったのだとようやく認識した。


「船外表面温度……上昇。惑星の衛星軌道へ進路変更」


 太陽の光に照らされて船の外壁温度が上がってゆく。寒くなっていた船内の温度も徐々に上がって欲しい所だか残念ながらそうはならないだろう。影の部分から熱放射されてしまうからだ。


 太陽風に煽られて微かに船体が揺れたが俺は気にするでもなくフロントに映し出されている惑星に釘付けだ。青い地球も美しいがこの緑の惑星もまた美しい。もしこの星の出身だったらきっと自慢しただろう。俺の星はエメラルドグリーンのように美しい星だと。


「やはりこの星からジャミングが発せられています」


「どういうことだ?」


 ただの惑星がこのような強力な電磁波を発せられるなど考えにくい。しかも今日日の通信システムは電磁波程度では影響は受けないようになっている。ゆえにジャミングというものは自然には発生しない。考えられるとしたら……


「人為的な代物です」


 ――だよねー。


「ジャミングの発生源を特定。発生源は一ヶ所のみ。現状を危険と判断し、本艦をスティルスモードへ移行します」


「は?」


 俺は不安を感じて困惑していた表情を一変させて意味が分からないと間抜けな顔を晒した。テレッサはなぜ危険と判断したのか? 確かにちょっと意味不明なジャミングを発してはいるが反面ここには人がいる可能性が高くなる。助けてもらえるとは考えないのだろうか……


 それにスティルスモードって何? この船にそのような機能があるなどと聞いたこともない。


 突然降って沸いた理解しがたい状況に戸惑ってしまう。そして何から尋ねればよいやらとプチパニック。そんな様子をみたテレッサは説明を始めてくれる。


「危険と判断したのはジャミングは人為的なものであること。そしてこのような場所でわざわざジャミングを出していることにあり、その理由はおそらくこの惑星を隠そうとしていると思われます」


「それは考えたけど、一体なんのためにワザワザそんな面倒なことを?」


「情報が不足しているので不明です。ですが現在の状況は普通ではないということです」


 テレッサは明確には言わなかったが、つまるところ犯罪や陰謀といった可能性があるということだ。俺はもしかしてそんな危険なことに巻き込まれるのかと恐れて生唾をゴクリと飲んだ。なるほど、だから船体隠したわけだ。あって良かったスティルスモード……


「いやいやおかしいだろ、なんで軍艦にしか搭載されていないような兵器がこの船にあるんだ!」


 そう俺が感じた一番の違和感はそこ!


 テレッサに差し迫って説明を求めると彼女は嫌そうに顔を引いて答えた。


「そのままの意味です。本艦の船体をレーダーから隠し光学迷彩で視覚からも隠しました」


「いやスティルスの機能は分かるよ、なんで民間船にそんな軍用装備が施されているんだよ」


 テレッサは質問の意図が分かったのか手のひらを叩いてみせた。普通の民間船にこのような装備はついていない。警察機構である宇宙警備隊ですらこのようなものはついていない。知っている範囲では搭載しているのは特殊な軍艦ぐらいだ。


「それは簡単です。この船が元々軍艦だからです」


「は?」


 俺は再び『コイツ何言っているの』というような間抜けな顔を晒してしまった。こうも立て続けに理解を超えた展開が続くと、俺がまるで常に間抜け面を晒しているみたいで恥ずかしくなる。


 なぜこの船が軍艦なのか。なぜうちの会社がそんなのものを持っているのか。もしかしたらオオツカンパニーは裏で黒の商人をやっているのだろうか。そして俺は知らず知らず運び屋をやらされてるのかも知れない。


 ――やばい、そんなことになっていたら刑務所ゆきだ。人生お先真っ暗だ!


「本艦は社長の知り合いである軍のご友人様経由で廃艦となったこの船を手に入れたようです」


「ああ、いわゆる払い下げってやつか……」


 なるほど。それなら確かに元軍艦が民間で使われるケースはあるな……納得納得。


「――って普通、機密級の装備は外すだろ! なんでそのままなんだよ、しかも競売もなしに友達経由とかヤバすぎだろ! うわーッ! もう陰謀の匂いしかしないッ!!」


「…………フッ」


 ――怖えーよ! ジト目のまま口元だけ見下したような笑みって超怖いよ。


 廃艦といえどそれは横流しという犯罪である。


 …………よし聞かなかったことにしよう。うんそれがいい。接触事故もなかったってことで。


「冗談です。一応ちゃんと正式に書類交わしていますので問題ないそうです。それに民間船でも武装はしているものは多くあります」


 ドン引きしているのを見計らってテレッサはフォローを入れた。また騙しやがった。本当にアンドロイドなのかと疑いたくなる。ロボットが人を騙していいのか?


「確かに誘拐やテロ対策でVIPな方々の宇宙船は武装しているとはよく聞くけど、俺たちただの中小企業だぞ。しかも売っているのは女児の下着……」


 自分で言っていて悲しくなってきて両手で顔を隠した。それに民間用の武装した宇宙船は知っているがスティルスを搭載した民間船なんてのは聞いたことがない。


「本艦を衛星軌道上に固定します」


「聞いてねぇし!!」


 船体が軽く微振動をすると船体の角度が変わったのかフロントモニターに映されている緑の惑星の角度が変わる。船が進む力と惑星の引力によりこの船は永遠とこの星をぐるぐると回ることになる。

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