第4話 未開惑星2

 超空間ハイパースペースに自力で突入できるような特殊船は非常に限られている。通常の船は宇宙空間に設けられた専用の巨大な特殊装置のリングを使って出入りする。我々はそれを開発者の名前から取ってジオゲートと呼ぶ。


 空間を開くには強力なエネルギーが必要なので通常の船には搭載されることはない。そもそも装置が巨大すぎる。


 その空間内を船が進むには超空間用エンジンもしくは兼用エンジンを使用することで航行を可能とする。


 超空間ハイパースペースからの脱出は入口と同じジオゲートを通るか、超空間用エンジンを逆制動をかけることで強制的に脱出できる。ただし後者は先の俺たちのように船体に大きな衝撃を被ることになるのであくまでも緊急用だ。


 テレッサは船体システムにアクセスを行い、超空間離脱ワープアウトによる被害状況のチェックを行った。接触事故によりエンジンは不調だったのにあれほどの振動が与えられれば悪化していてもおかしくはない。


「やはり駄目です。メインエンジンは停止してしまって再起動は不可能。ここで修理できるようなレベルではありません」


 俺たちの船『陽気なエンゼル号』のメインエンジンは超空間と通常空間の併用エンジンである。よってメインエンジンが壊れると補助エンジンのみとなる。だが補助エンジンは推進力というより船内動力の確保と姿勢制御動力そしてメインエンジンのスターターが主としているため、これを推進として使用するのは旧世紀時代のロケット並の速度となってしまう。


 だが通常空間に出てしまえばドンガメだろうが通信が使えるので救援を呼べば済む話だ。呼んだあとはのんびりと待つだけの簡単なお仕事。そう簡単な……はずであった……


「まだ通信が繋がらないのか?」


 テレッサがかれこれ一時間ほど通信しようと頑張っているのだが一向に繋がらないでいる。動力である補助エンジンは問題なく動いているので通信に必要なエネルギーは回せている。となると通信装置自体が壊れた可能性があるかも知れない。


 テレッサは遠隔操作を諦めてフロントパネルからの手動操作を試みたが同様の結果であった。


「通信装置、壊れたんじゃないのか?」


「いいえ、通信装置は壊れていません。自己診断結果はオールグリーンをたたき出しています」


「じゃあ何で繋がらないんだ?」


「どうやらこの辺り一帯に通信障害が発生しているようです。いわゆるジャミングという奴です」


「ジャ、ジャミング!? あの柔軟剤の?」


「わざとボケてますね。ずいぶんと余裕じゃないですか、後で青ざめても知りませんよ」


 テレッサは通信の接続を諦めることにしたようだ。おそらくこのジャミングがあるかぎりいくらやっても無駄だと判断したのだろう。


 しかしジャミングとはずいぶんものものしい言葉だ。ジャミングといえば通常は軍が使用しているものしか思いつかない。それがなぜこんな宙域に展開されているのだろうかと疑問が沸く。


「とりえず救難信号だけでもだしておこうぜ」


「ジャミングが出ている以上は救難信号も役には立つとは思えません。それより本艦の銀河ネットワーク通信システムはオフにしておいたほうがよいと思われます」


 テレッサから意外な意見がでた。なぜ通信システムを切らないといけないのだろうか?


 そのようなことをしたら近くに船が来たときに助けを呼べなくなるではないか。最もこのような場所を都合よく船が通るとは思えないが万が一ということはあり得るので通信をオフにする理由が見当たらない。


「どうしてなんだ?」


「こんな宙域でジャミングがかけられているのが変だからです。微弱な短距離通信ならともかく、強力な銀河ネットワーク通信システムはこちらを逆探知されてしまいます」


 何やらまるで戦争映画のようなセリフがテレッサの小さな口から漏れてきた。突拍子もない話に俺の頭はついて行けない。変とは何が変なのか? 逆探知されれば助けてもらえるのではないのかと思うのだが?


 こっちは民間船なんだぜ?


「近くで軍が展開しているのじゃないか? 演習とか? だったら助けてもらえるぜ?」


 我ながら突発的に思い立っただけだが名案である。民間船がこんな領域を偶然通ることはないだろう。ジャミングを発しているのが軍で近くにいるなら助けてもらえる。


 もしくは演習ならそのうちジャミングは止まるだろうから、その時に救援を求める方法もある。


「いえ、ジャミングの発生源はすぐ近くにある惑星から発生しているようです。軍とは思えません」


「なんだって!?」


「ジャミングは相手に正確な位置を悟られないように仕掛けるものです。惑星のように固定されているものに使用しても意味はありません」


「通信を妨害する効果もあるんだろ? だったら……」


 そこまで言って俺は自分の言葉にハッとした。何のために通信を妨害しているのかと……


「惑星に知らされたくないモノがあるからか……」


 その可能性を引き出してしまった。だがそれでも確信は持てない。可能性の話だ。


 テレッサがフロントサブモニタに映し出したのは緑の惑星であった。地球のような海はないようであるがあの緑が植物の色なら大気も生物もあるかも知れない。いや、ジャミングなど発しているのだから誰かいる可能性が高いといえる。


「クリフ、一つ悪い知らせが……」


 テレッサの表情にははっきりとした喜怒哀楽はないが言葉には微妙に存在する。パートナーを組んで半年、俺はそのコツを掴んでいる。この言い方は非常に悪いだ。


 だが事故を引き起こして故障して遭難して通信が駄目で救援が望めない。これ以上に不幸が一つや二つ増えたところでなんだというのだ。もはや恐れるものなど無い。


「なんだ?」


「生命維持装置が壊れました。あと6時間ほどで船内はあなたが生存できない環境になります」


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 俺は頭を抱えて絶望する。冗談ではないこのままでは死んでしまう。生命維持装置が壊れたということは船内の空気はやがて二酸化炭素で充満するということだ。そして艦内の温度は外の温度と同じとなる。つまりマイナス200度の世界。


 補助エンジンルームなら暖かいかも知れないが酸素が持たない。水のろ過もできなくなる。死ぬ、死んでしまう!


「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 未経験のままで死にたくないーッ!!」


「またそれですか」


「テレッサ、お願いだ。ヤらせてくえぇぇぇぇぇ!!」


「あの冗談を本気にしたのですか? 私にそのような機能はありませんよ。少しは落ち着いてください」


「いででででぇ――」


 俺は欲望のままにテレッサに抱きついたが彼女の怪力で簡単にねじ伏せられてしまった。失念していた。テレッサは一見華奢な幼女だが中身はアンドロイドだ。そのパワーは握力だけでも軽く1トンはたたき出せる。


「とりあえず目の前の惑星を調査しましょう。降りれるようでしたら降りて救援をまつ方法もあります」


「そ、そうだな。せめて酸素だけでも確保しなきゃ」


「では惑星へ向かいます」


 テレッサはフロントの操作盤を閉じて再び遠隔操作に切り替える。警告が表示されていた余計な画面がすべて消えた。


 改めて副操縦席に座り直して今度こそシートベルトを行い三度目が起こらないようにする。


「補助エンジンを推進機にバイパス……接続完了。発進」


 メインエンジンが死んでいるのでGキャンセラーが働かず、加速のGを全身にモロに浴びた。体にドンっと衝撃を受けるとグイグイと体がシートに埋まってゆく。


 ロケットより遅いとはいえ補助エンジンを推力に回せばその速度は音速を軽く超え、体に受けるGは加速中はずっと受けることになる。


 体を押し付けられるような感覚にシートベルトをしておいて正解だったと改めてシートベルトの重要性を認識した。

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