第37話 初めての経験

 部員たちは、ポカンと口を開けて見ていた。

 今まで見たこともない練習風景。


 ダァン!!


 大きな体が宙を舞う。


 投げられて畳にたたきつけられたのは英一。

 投げたのは、小柄なかおり。

 だが、起き上がって冷静に声をかけたのは英一だった。


「今のは、少し踏み込みが浅い」

「はい!」


 そして、また組み合う二人。

 何度も同じ技をかける。

 それに対し、受けた英一はコメントする。

 ほんの少し・・微妙な違いを修正していく。

 そうして、だんだんと技の精度が上がっていくのである。

 

 だが、部員達の目に映るのは小さなかおりが巨大な英一を何度も投げる姿。


「かおりって・・・いつも、あんな練習してるんだ・・・」




 30分後、休憩中に3年生の部員の数人が英一に話しかけてきた。


「あの・・・もしよかったら私たちにも教えていただけないですか?」

「え・・・?あぁいいけど、俺は柔道は初心者だけどいいのか?」

「はい、お願いします!」

「かおり、いいか?」

 かおりの方を見ると、あからさまに不満げ。

 目をそらし、ふくれっ面。

「・・・まぁ、ちょっとならいいけど・・・」

「はぁ・・」


「じゃあ!お願いします!!」


 


 お願いしてみたものの、冴島由紀は英一を前にして戸惑ってしまった。


 でかい。

 見上げるほど、大きな相手である。


 こんな大きい相手と組んだことは無い。

 組み手を取ろうにも、襟が背伸びしないとつかめない。


「もっと、下の方を持てばいいですよ。あと、腰が引けています」

 優しい声をかけてくれる。

「じゃあ、背負い投げをかけてみてください」

「は・・はい」


 背負い投げをかけようとするけど、全然投げられる気がしない。


「もっと、相手の懐に踏み込まないと投げられませんし、潰されてしまいますよ」

「え・・と、こうですか?」

「もっと踏み込んで・・・そう・・・」


 ダァン!

 綺麗に英一が宙を舞って畳の上で受け身を取った。


「うん、今の感じでいいと思うよ」

「あ・・・ありがとうございます!!」


 わざと受けてくれたのは分かってはいるが、それでも巨大な相手を投げるのは気持ちよかった。

 初めての体験。


 頬を紅潮させて礼をする。



「つ・・・次、私お願いします!!」

「じゃ・・・その次私!」


 次々に手を上げる部員たち。



 それを横目に見ながら黙々と筋トレをするかおり。

 ふくれっ面のままである。

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