第35話 学校で見る姿がすべてではない

 冴島由紀は、信じられないものを見た。


「英ちゃん英ちゃん!合宿所のすぐ近くに海があるんだよ!休憩時間に一緒に行こうよ!」


 そう言っている山本かおりは、昨年は全く違うことを言っていた。


”柔道の合宿に来てるんだけら、海に行く必要ないじゃない!”


 それがどうだ。

 満面の、ニタニタした笑顔で前の席に座っている男性に話しかけている。


「おいおい、柔道の合宿だろう。水着なんて持ってきてないぞ」

「大丈夫、向こうでも売ってるよ」

「おい、遊びに行くわけじゃないだろう」


 こんな表情、学校で見せたことが無い。

 男に対してはいつも眉にしわを寄せて、にらみつけてくる怖い女という評判だ。

 その怪力のため、つけられたあだ名は・・・


「ゴリ・・・一体どうしたのよ・・」

 おもわずつぶやいた雪の口を、鬼の形相でふさいでくるかおり。


「その言葉・・二度と口にしたら殺すからね」

 耳元で脅して囁いてきた。


 ところが、助手席で前を見ていた英一はその様子を見ていなかった。

 その言葉のみを聞き、のんきに話してきた。


「なんだ。かおりは学校で、そんな風に呼ばれているのか?高校の時の俺と一緒だな」

「ええ!?」

「おれも、高校の時からこのガタイだったからゴリラって呼ばれていたなぁ」


 お・・・おそろい!?

「ふむーーーーーー!!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、ニマニマ顔のかおり。


”なにこれ、かわいいじゃない”


 由紀は、普段学校で見る姿が全てではないと思い知った。


 

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