第26話 JKは何度も押し倒された

「こんにちわ、お邪魔します」


 次の日、安藤先輩は道場にやって来た。

 それを、二日酔い気味の英一とかおりと澄子さんが出迎える。

 昨晩は、振られた嶋田の相手をさせられて結構飲んでしまったのだ。


「ふっふっふ。よく来たわね」


 仁王立ちで出迎えるかおり。

 すでに柔道着に着替えている。


「更衣室はこっちよ、でもって道場はあっち。柔道着を貸してあげるわ」

「あ、おかまいなく。持ってきましたから」


 微笑んで、荷物を示す安藤先輩。

 女子更衣室に入っていった。


「じゃあ、おばあちゃん。審判をお願いね」

 すると、澄子さんは安藤先輩の歩いていく後ろ姿を見ながら言った。

「いや、相手にならんじゃろうからな。審判は無しでいいじゃろ」


 それを聞いたかおり。


「まあそっか~。柔道やったことない相手だもんね~」


 自信満々に言う。

 



 道場で待っているかおり。

 壁際で、澄子さんと勘治さんと英一が座っている。


 そこに、安藤先輩が着替えてきた。

 白い道着に、黒い・・・・袴?


「な・・なによ、その恰好?」

「あら、なんでもいいでしょう?」


 そう言って、かおりの正面に立つ。


「これは・・・相手にならんな・・」

 小声で勘治さんが言う。


「え?」

 英一が聞き返した時、澄子さんが号令をかけた。


「礼・・・始め!」


 互いに礼をする、かおりと安藤先輩。


 そして、かおりはすごいスピードで間合いを詰めて安藤先輩の袖を取った・・・





 次の瞬間、かおりは畳にうつぶせになって腕を決められていた。


「え?」

「これで・・・一本かしらね?」


 かおりの右腕を背後で取っている安藤先輩。

 一瞬のことで、かおりには何が起こったのか理解できなかった。


「安藤先輩!柔道では背中から落ちないとポイントにならないですよ!」

「あら、面倒なのね」


 首をこてんと倒して不思議そうにする。

 そして腕を放して、かおりから離れる。


「い・・・いまのは油断しただけだからね!」


 顔を真っ赤にして立ち上がるかおり。

 そして、安藤先輩に飛び掛かっていった。




 ダァン!!


「あれは、合気道ですか?」

「そうじゃな、しかもかなりの手練れじゃな」


 ダアァァン!!


「なるほど、ゆっくりに見えるのは動きが正確だからですね」

「ほお、わかるか?」

「ラグビーでも、ぬるぬるとタックルを交わす選手がいますからね。動きが正確だと最短距離を移動するのでゆっくりに見えるんですよね」

「まさしくそうじゃ。最小限の動きしかしてないからな。ゆっくりに見えて瞬間は速いのじゃな」


 ダアン!


「あれは、なにか体のポイントを押さえているんですか?」

「そうじゃ、ただ単に力任せのかおりに対して、体の構造上で力がかかりにくい方向にかわしておるのじゃ」

「なるほど、スクラムでも1センチ違うだけで力がかかったり外されたりしますからね」


 ダアン!!



 目の前で、かおりは安藤先輩に何度も投げられている。

 組み手を取ろうと袖や襟を取った瞬間に外され、その手を視点にくるんと投げられてしまう。


 まさしく・・・澄子さんや勘治さんの言った通り、相手になっていない。


「ほれ、見てみい。襟を取った瞬間に体を回転させる。すると、袖を取っていた腕が逆に決められてしまうのじゃ」


 ダアン!!!


「あまり、力を入れているようにまみえませんね」

「力が無くても、制することはできる。まさに柔よく剛を制すじゃな」


 ダアン!!!!


「かおりは、力任せや勢い任せで技をかける癖があったからな。こういう相手に投げられて刺激になるじゃろう」

「なるほど、確かにそうですね」


 ダアアアン!!!!


 もう何回投げられたかわからない。

 

 かおりは、今までこんなに投げられたことは無かった。

 しかも、筋力やスピードでは負けていると思えない相手である。


「まだやるのかしら?」


 畳の上で荒い息をしているかおりに、微笑みながら安藤先輩は言う。


「ぐぬぬぬぬ・・・」


「今日はここまでにしておきなさい」


 澄子さんが立ち上がり、かおりと安藤先輩の間に立った。

 英一は、かおりの側に行って立ち上がるのを助けた。


「かおりは、自分に不足している部分がわかっただろう」


 澄子さんが言う。


 ただ、かおりは悔しかった。

 この相手にだけは負けたくない。負けを認めたくない。


「つ・・・次は、絶対負けないんだから!」


 悔しまぎれにうつむきながら言う。

 負けおしみなのは、分かっている。



 だが、この相手にだけは負けを認めたくないのだ。

 絶対に。


 特に、英一の前では。



”もっと、強くなる!絶対に強くなる!”


 かおりの胸の奥に、熱い炎が灯ったのだった。

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