第16話 今夜も遅くまで・・・

 それから、英一は仕事に忙殺された。

 右腕しか使えないので、物凄く効率が悪い。


 安藤先輩は、タイピングが必要ではない作業をできるだけ回してくれるようにしてくれているのだが・・・・。

 それは、テストとデバッグ作業なのである。

 特に、デバッグ作業は難易度が高い。


 多くは単純なミスによるバグ(不具合)。

 だが、原因が全くわからないバグもあるのである。


 その要因としては、CPUの負荷の問題であったり、メモリの問題だっり、環境依存の問題だったり。

 あとは、タイミングによる問題などもある。


 なかなか再現しないものもあり、再現させるために非常に時間がかかったりもする。


 おかげで、終電で帰る日が続いている。


「お先に失礼するわね。無理したらダメよ」

 安藤先輩が声をかけてくれた。


「大丈夫ですよ、体力だけは自信がありますから」

「はいはい、でも無理しちゃだめよ」

「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」


 デバッグを続けていると、スマホが振動した。


『今日、来てよ!夕ご飯一緒に食べよう!』


 かおりからであった。


『ごめん!今日も仕事で遅くなるから』

『うちに泊まればいいじゃん。うちの方が近いんだし』


 さすがに、そういうわけにもいかない。

 柔道の練習相手になるわけでもなく、ただ飯を食べるのは気が引ける。


『ごめん、また今度ご馳走になりに行くよ』


 社交辞令で、返事をしておく。





「今日も来てくれないのか・・・」

 かおりは、自室のベッドにうつぶせになり枕に顔をうずめた。


 英一が怪我をしてから、練習に熱が入らない。

 そもそも、練習の相手をしてくれる人がいない。


 一人でできる練習とて、筋トレやストレッチや一人打ち込み等をすればいいのだろうけど。

 なんとなく、やる気になれずさぼっているのだ。

 こんなことではいけない。もうすぐ、試合があるのだ。


 そう思うのであったが、まったくモチベーションが上がらない。


「英ちゃん・・・来週の試合・・・見に来てくれないかな・・・」


 独り言を呟いては見たものの、それが無理なことはかおりもわかっていた。


 来週の試合が行われるのは、火曜日と水曜日。

 平日なのだ。

 忙しい英一が来れるはずもない。


 スマホに表示されている英一からのメッセージを見ながらぼーっとするのであった。

 

 


 かおりの祖母の澄子は、孫の部屋の扉を見て小さなため息をついた。

 今まで、両親の影響を受けて柔道に熱中してきた孫のかおり。


 ところが、来週に試合があるというのに練習をするわけでもなく部屋に閉じこもったままなのだ。

 

 やはり、自分が相手をケガをさせたことによる、メンタルへの影響が大きいのであろう。

 格闘家が必ず通る道。それは、かおりの親も同様であった。


 家族としては、それを見守ることしかできないのだろうか。


 孫はきっと乗り越えてくれる。そう思いたい。

 それでも、心配なのだ。

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