第15話 休む間もなく・・・

 英一は出社して、上司に怪我を伝えた。


「それで、この怪我ですので業務の方を調整いただけないかと・・・」

「え?なんで? 怪我したのは左手だから右手は使えるよね?」

「いや、右手だけだと効率が・・・」

「そんなもん、慣れでしょ」

「はぁ・・・」


 予想通り、聞いてもらえなかった。


 自席に戻ると、隣の席の安藤先輩が声をかけてくれた。


「澤木くん、大変そうね。手伝えることあったら言ってね」

「はい、先輩すみません」


 先輩は、ひとつ年上の女性だ。いままでも、いろいろフォローしてくれる。


「無理しちゃだめよ」

 そう言って、微笑んでくれる。

「ありがとうございます」


 この職場で、優しい声をかけてくれるのは先輩だけだなぁ。



 右手だけで、キーボードで文字を撃つのは非常に大変であった。

 いつもより、効率が非常に悪い。


 仕事が一段落したのは、夜中の11時。

 そろそろ帰らないとな。


 スマホを見ると、メッセージが着信していた。

 かおりからだった。


『今日は来るんだよね?待ってる』

 そのメッセージに返信を返す。

『いや、腕が折れているので練習につきあうのは無理だ。今日はおとなしく自分の家に帰るよ』


 職場を出たら、めずらしくかおりが待ち構えていなかった。

 久々に地下鉄に乗って、自宅に帰る。


 地下鉄に乗っているときに、メッセージが着信した。

 かおりからかと思ったら、安藤先輩からだった。

『その腕じゃ、夕食作るのは難しいでしょう?作りに行きましょうか?』

 社交辞令だろうなぁ・・・

『いえ、大丈夫です。ありがとうございます』



 かおりは、英一からの返事を見つめている。

「練習なんか・・・いいのに・・・」


 かおりは英一の顔を見て話がしたかった。

 そして、謝りたかった。なんどでも。


「英ちゃん・・・明日は来てくれるかな・・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る