第17話 今、終わり始める物語
「ただいまー」
『邪魔するぜ』
玄関の扉を開け、我が家の中に入る瑠香。
「あれ、おかしいな。お母さんがいるはずなんだけど……」
『出掛けてるんじゃないか?』
「そうかも」
世界軸の言葉に瑠香は頷く。
「はあ、今日は特に疲れたよ……」
リビングの扉に手を掛ける瑠香。
『おい、ちょっと待て』
「え?」
扉を開こうとした姿勢のまま瑠香は首を傾げる。
『これは……『魄』の痕跡だ』
「どういうこと?」
『誰かが異能を使った、ってことだ』
「そんな、私の家で?」
『ああ、そうだ』
その言葉に瑠香は首を振る。
「でも、一体誰が?」
『お前をさっき襲ったやつの仲間、かもしれない』
「〈黒の使徒〉のってこと……? じゃあ、お母さんは……」
『攫われたか、もしくは──』
「お母さん!」
世界軸が切った言葉の先が予想出来た瑠香は堪らずに扉を開けようとする。
『おい、待て! まだ敵が残ってる可能性が──』
世界軸が叫ぶ。
だが、その前に瑠香は扉を開けてしまった。
「なっ!?」
部屋の中は酷い有様だった。
机や椅子はひっくり返り、ガラスや食器の破片などが床に飛び散っていた。
何より、床に転がっている黒服を着た人形たち。
『ドール、ってことは、ここにも来ていたってことか』
その言葉を聞き思わずその場にへたり込む瑠香。
「そんな……お、お母さんは」
『生きているだろう』
瑠香は縋るように杖を見る。
「どうして、分かるの?」
『血が、ない。死体も。争いの形跡がある。抵抗したってことだ』
「お母さんが?」
『いや、誰かが助けに来たんだろう』
「いったい誰が……」
『分からない。だが、そいつと一緒に避難している、かもしれない』
「どこに……?」
『恐らく、異世界だ。数ある異世界のどれかに逃げ込めば、いくら〈黒の使徒〉と言えど追っては来れない』
「私が、探さなきゃ……」
瑠香は顔を上げた。
『どうするつもりだ?』
世界軸が瑠香に問う。
「私が、異世界に行ってお母さんを探すの」
『だが、今すぐって訳にはいかないだろう。父親の方とは連絡取れるか?』
「電話が壊れちゃってるから、無理かも……」
首を振る瑠香。
『じゃあ、頼れる奴は? 近くにいないか?』
「いる。友達が近くに住んでる」
『ならそこに行くぞ。ここに留まるのは危険だ』
「うん、わかった」
ある家の前に立った瑠香はインターホンを鳴らす。
「はーい、って瑠香ちゃん!」
「久しぶり、凛」
玄関から顔を覗かせたのは凛だった。
瑠香は、家を出て真っ直ぐ凛の家に向かった。
頼れる人と聞いて、真っ先に思い付いたのが凛だったのだ。
瑠香の顔を見て、満面の笑みを浮かべる凛。
「急にどうしたの? 瑠香ちゃん」
「いきなりごめんね。ちょっと緊急事態で」
「そう、わかった。詳しい事情は中で聞くから、取り敢えず中に入ってよ」
「うん、ありがと。お邪魔します」
何も聞かずに家に入れてくれる凛。
本当にいい友達だ。
「あれ、この靴は……」
玄関に入った瑠香は靴の数に驚く。
「凛、もしかして、お客さんが来てた?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「で、でも」
「大丈夫大丈夫。ほらこっちこっち」
凛に腕を引かれリビングに連れていかれる瑠香。
「みんな、瑠香ちゃんが来たよー」
「み、みんな? って、あれ?」
部屋に入った瑠香は驚く。
「おう、瑠香か。久しぶりだな」
「確かに最近会っていなかったな」
「そうだね。また会えて嬉しいよ。瑠香」
「隼人、珠輝! 一華も! 久しぶり!」
そこには懐かしいクラスメイトの顔があった。
「ほら瑠香、こっち来なよ」
一華がリビングのソファから手招きする。
「うん。でも、なんでみんなここに?」
「それはね、ちょっと言い辛い事情があるっていうかなんというか」
そう言いながらリビングの扉を閉める凛。
「言い辛い事情?」
「そうそう、何て言えばいいのかな……」
「凛、言って大丈夫なのか?」
「う~ん、ダメかな?」
「そりゃ、あいつに聞いてみないと何とも──」
腕を組み難しい顔をする隼人。
「あ、別に無理に言わなくても大丈夫だよ」
瑠香は慌てて手を振る。
「そう? なんか、ごめんね」
「いいのいいの」
そう言い、笑って受け流す瑠香。
「そう言えば、さっきから気になってたんだけど、その木の棒みたいなのは何?」
「これ? これは……」
凛の質問に答えようとした瑠香は言葉に詰まった。
喋る杖などと言って、果たして信じてもらえるだろうか。
頭がおかしくなったと思われても仕方がないだろう。
当の世界軸は、今は静かにしている。
世界軸の声は瑠香にしか聞こえないようだが、それでも念のため凛の家を訪ねる前に黙っているよう頼んでおいたのだ。
「えっと、大切な物、なんだ」
瑠香はなるべく嘘を吐かないよう慎重に言葉を選びながら言った。
「へえ、よく見たらとっても綺麗ね」
「そうでしょ?」
「うん!」
二人で笑い合う瑠香と凛。
「これは何かの宝石、か?」
興味深そうに世界軸を覗き込む珠輝。
「俺、宝石とか全然わかんねーや。一華は?」
「私もちょっとそういうのは、わからない」
隼人と一華も会話に参加し、一気に賑やかになる。
そのせいで、誰かが玄関から入ってきたことに気が付かなかった。
「なんだ? やけに騒がしいな」
そう言って一人の少年が部屋に入ってくる。
「お、ようやく来たか。遅いぞ、充」
「俺は時間通りに来たんだが」
隼人の言葉に溜め息を吐く黒髪の少年。
その顔を見て瑠香は驚愕した。
「えっ! さ、さっきの!」
それは先ほど〈黒の使徒〉から瑠香を助けてくれた少年だった。
「ん? ああ、お前さっきの。どうしてここに」
「あれ、顔見知り?」
凛が驚いたように瑠香と充と呼ばれた少年の顔を見る。
「いや、そんな大したものでもない。奴らに襲われていたのを助けただけだ」
「襲われていた? 瑠香がか?」
隼人が訝し気に問う。
「瑠香ちゃん、大丈夫だった?」
凛が心配そうに瑠香の顔を見る。
「う、うん──」
瑠香は混乱していた。
少年が〈黒の使徒〉のことを知っているのは理解できる。
何せ瑠香を助けた張本人なのだから。
だが、なぜ凛たちも知っているのだろうか。
そこで瑠香は思い当たる。
この妙な組み合わせ。
集まりの理由を聞いた時の、凛の返事の歯切れの悪さ。
「まさか、凛たちも『異能』を……」
その言葉がもたらした効果は劇的だった。
瑠香が発した言葉に全員が驚愕を顔に浮かべる。
「充、話したのか?」
珠輝が少年に問う。
「いや、俺じゃない」
充は首を振り、瑠香に向き直る。
「お前、どこでそれを知った?」
鋭い視線を向けられ瑠香は息を呑む。
そしておずおずと世界軸を体の前に出す。
「あ、あの、信じられないかもしれないけど、この杖ね──」
そうして瑠香は事の顛末を語る。
「喋る杖、か……」
話を聞いた一華が腕を組んで言う。
「充、どう思う?」
隼人が充に問う。
「どれも事実と符合している。杖が喋るのは本当かもな。だが──」
充は瑠香に顔を向ける。
「瑠香って言ったか? お前が『人柱』なのは事実なのか?」
「……よくわからない。あんまり、実感はないんだけど……」
「『異能』を使えるようになっていないか? 身体能力が上がっている、とかでもいい」
「ごめんなさい。たぶん使えないみたい」
それを聞き充は顔を顰め顎に手を当てる。
「どうだ?」
「何とも言えない。杖と喋れる時点でもう異能みたいなものだが──断言はできないな」
「どうするつもりだ?」
珠輝が充に訊く。
「指示を仰ぐ。少し外に出てくる」
そう言って充は部屋を出て行ってしまった。
「そっか、瑠香ちゃんも『人柱』なんだね」
「え、『も』ってことは……」
凛の言葉に瑠香は反応する。
「うん、私たちもなんだ」
「そんなことが……すごい偶然だね……」
「それは俺たちも考えていた。いくらなんでもまとまりすぎている。偶然にしては出来過ぎだ」
珠輝が首を振りながら言う。
「でも、結局答えは出てないんだ。なんで俺たちが人柱なのかなんて、誰に聞いても分からないことだからな」
そう言う隼人。
「それもそうか……」
瑠香は溜め息を吐く。
「そういえば凛たちの異能は? いろんな種類があるって聞いたけど……」
「ああ、それで合っているぜ。俺の能力は『風』だ」
隼人が言う。
「俺は『砂』だ」
珠輝がそれに続く。
「私は『火』。ちょっとまだ火加減が難しいんだ」
肩を竦める一華。
「それで、私が『光』だよ」
凛は最後にそう締めくくった。
「凛の能力、危なすぎてあんま使うなって言われてんだ」
「そ、それは言う必要ないでしょ!」
隼人の言葉に顔を顰める凛。
「でも、あれはすごかったぜ。あのドールが一瞬で跡形もなく消し飛んじまったんだ」
「ええ、そんなに……?」
若干引く瑠香。
「違うの! あれは調節を間違えただけで──」
「どうした、盛り上がっているな」
と、そこで充が外から戻ってくる。
「お、戻ってきたか。どうだった?」
隼人が言う。
反論の機会を無くした凜は肩を落としていた。
「ああ、一緒に来てくれ、とのことだ」
「随分とあっさりしてるな」
少し驚いたように珠輝が言う。
「『人柱』の恐れがある人間なら構わないと言っていた」
「そんなものか……」
珠輝が溜め息を吐く。
「凛、何か届いていたぞ」
充はそう言い、封筒を凜に差し出す。
「郵便?」
「ああ、俺の目の前で届いた」
「へえ、……ってこれ宛名がないよ」
覗き込んだ一華が気付く。
「本当だ。開けてみるね」
封を切り、中を見る凜。
その表情が、見る見る内に驚愕に彩られていく。
「みんな! これ!」
凛が紙を取り出し皆に見えるように広げる。
「剣人! 奏鳴剣人って書いてある!」
「えっ!?」
驚きの声を上げる瑠香。
その名前が、どうして今ここで?
「ちょ、見せろ!」
隼人が手紙を見る。
「本当だ……しかもこれ、瑠香宛だぞ」
「わ、私?」
瑠香は困惑する。
しかし、これは凜の家に届いた手紙だ。
何故、宛先が自分なのだろうか。
まるで、瑠香がここに来ることを予想していたようではないか。
「取り敢えず、これは瑠香宛なんだ。お前が読むべきだ」
隼人は瑠香に手紙を手渡す。
瑠香は手紙を受け取り、中身を見る。
『瑠香、元気にしているか。今すぐお前に伝えたいことがあって、この手紙を出した。
今、お前はとても混乱しているだろう。だが、心配するな。お前の両親は無事だ。
お前の両親は今、〈黒の使徒〉から隠れるために異世界の安全な場所にいる。
詳しい場所は書けないが、ある国に匿ってもらっている。
お前は、両親と合流するために異世界に行け。
だが、〈黒の使徒〉に気をつけろ。奴らはお前たち『人柱』を執拗に狙っている。
俺は今、〈黒の使徒〉に対抗する勢力を集めている。
いいか、いざとなったら周りにいる仲間を頼るんだ。
奏鳴剣人より』
手紙はそこで終わっていた。
「瑠香ちゃん、何て書いてあった?」
読み終わり顔を上げた瑠香に尋ねる凛。
「剣人は、異世界のことを知っているみたい」
「なんだと?」
珠輝が驚いたように訊く。
「うん、異世界のことと『人柱』のこと、〈黒の使徒〉のこと、後は私のお母さんとお父さんのこと」
「ほぼ全部じゃねえか。あいつ、一体何者なんだよ……」
隼人が呟く。
「ちょっと待って、瑠香ちゃん。最後の瑠香ちゃんのお母さんとお父さんのことって?」
「うん、私のお家が〈黒の使徒〉に襲われたみたいなの」
「ええ!? 大丈夫だったの?」
心配そうに言う凜。
「私が家に着いた時には、もう誰もいなかった」
「それで、凛のところに来たんだね」
一華の言葉に瑠香は頷く。
「──お母さんたちは今、異世界にいるみたい」
「瑠香ちゃん……」
「私、お母さんたちを助けたい。私、異世界に行く」
「俺も行くぜ」
隼人が立ち立ち上がり言う。
「この世界に留まってたら〈黒の使徒〉に襲われるのは時間の問題だしな」
「そうだ、俺たちは力を付けなくちゃいけない」
珠輝も言う。
「逃げるため、戦うための力が、俺達には必要だ」
「だから、私たちも手伝うよ。瑠香のお母さんたちを助けるの」
一華が言う。
「でも、危ない目に合うかも……」
「なら、尚更だよ」
瑠香が言うと凜は首を振った。
「危ないところに瑠香ちゃん一人で行かせるわけにはいかないもん」
「みんな……」
瑠香は涙を拭って言った。
「ありがとう、本当にありがとう……」
「仲間なんだから当然だろ。それに剣人のことも気になるしな」
「そうだね。剣人も探さなきゃ」
隼人と一華が言う。
「と、言うわけだ。お前の話、受けることにするぜ」
そこで隼人はそれまで沈黙を保っていた充に向き直る。
「そうか、助かる」
「あの、話って?」
瑠香は戸惑い訊く。
「俺たちは充に、異世界に逃げることを提案されていたんだ。ここじゃ〈黒の使徒〉に見つかり易いうえに、力も存分に使えないからな」
「ああ、だが、その返事を今まで渋っていたんだ」
隼人と珠輝が瑠香に説明をしてくれる。
「それは、どうして?」
「異世界に行くとしばらく帰れないから、家族とか周囲の人の記憶を消さないといけないんだって」
凛が悲しそうに首を振る。
「そんな! それじゃあ──」
「いいの、瑠香。私たちの覚悟は、もう決まっていたから」
一華のその言葉に凜たちも頷く。
「悪いな。辛い決断を迫ってしまって」
充は少し顔を背けて言った。
「いいってことさ。それより、聞きそびれちまったが、お前も剣人について何か言っていたな?」
「ああ、確かに言ったな」
隼人の言葉に頷く充。
その話を初めて聞いた瑠香は驚く。
「だが、俺はそいつのことを知らない。名前を聞いたのだって、つい最近のことだ」
「誰から聞いたんだ?」
「『アレン』という人から聞いた。俺をここに送り込んだ人だ」
「そうか、じゃあひとまず、そいつに話を聞かなきゃな。そのためにも異世界に行くぞ」
「そうと決まれば話は早い。取り敢えず向こうで生活できるように準備を整えるぞ」
今日は色々なことが起こった。
喋る杖を拾い、謎の組織に襲われた。
家を襲われ、両親は行方不明に。
そして、転がり込んだ友達の家で衝撃の事実が次々と発覚した。
そして、完全に姿を消してしまったと思っていた少年の姿が、再び垣間見え始めた。
『まだまだこれからだぜ、相棒』
瑠香の思考を読んだかのように世界軸が言う。
「うん、そうだね。頑張らなくっちゃ」
なぜなら、これはまだ、始まりにすぎないのだから。
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