第二章 異世界編

第18話 ユナイテッド

 

 瑠香たちが『異能いのう世界せかい』という異世界に渡り、既に一週間が経過していた。


 この世界の文化は、驚いたことに瑠香たちの世界よりも進んでいた。


 小型の機械が街の中を動き回り、路上のゴミを回収をしている。

 また、見たこともない素材を使った建物などもあった。


 しかし、それ以外はほぼ同じなようだ。

 街中を走っているのは車や電車らしきもので、エネルギー源も火力や電力が主流なようだ。


 しかし、大きく違うこともある。

 まず、行き交う人々の特徴だ。


 髪の色が派手な赤や青や緑、金や銀など様々な色であることなど、ほんの序の口だろう。


 翼の生えた男性。

 ふわふわ浮いている女性。

 腕が四本ある子供。


 この世界では、どうやら異能があるのが当たり前であるらしい。


 充の言葉を借りると、『世界が異能特異点を越える』と言うらしいが、その状態になると生まれたころから異能が発現するようだ。


 そのため、この世界では文化が特殊に発展しているようだ。


 肉体の特徴が個々によって違うため、服屋などでは様々な形の服を売っている。

 また、各分野において特に秀でた才能を持つ者もいるため、瑠香たちが見たこともない発明品なども存在する。


 更に、一番違う部分が統治機構だ。


 この世界には独立した『国』は存在しない。

 この世界ではA国やB国などの地域分けは存在するのだが、それぞれの国に君主などが存在するわけではないのだ。


 この世界では巨大な組織の下、世界単位で共和制をとっている。


 そして、世界を統治するその組織の名は『人類連合ユナイテッド』。

 基本的にすべての組織がこの『ユナイテッド』の所有のものだ。


 そのため、この世界の働いている人々のすべてがユナイテッドの職員というになる。

 戸籍などもユナイテッドによって管理されており、この世界で暮らすのはユナイテッドの許可が必要不可欠なようだ。

 異世界から来た瑠香たちの戸籍も新しく作ってもらった。


 そう、驚くことにこの世界には異世界に関しての知識がある。


 だが、規約により他の異世界に積極的に干渉することは禁じられているようだ。

 この世界の文化が他の世界の文化を大きく変えてしまう可能性があるから、などの理由らしい。


 まるで、この世界の『国』は瑠香たちの世界においての『市区町村』で、この世界の『世界』が瑠香たちの世界の『国』だ。

 そして、『世界固有の文化』はさながら『国固有の生物』だろう。


 この世界での『異世界の文化』の扱いは、瑠香たちの世界の『外来生物』の扱いと似通っている。 


 そのため最初の三日間は、この世界で暮らすために専用のテストや診断を受けて、この世界でも問題なく生活できるかを審査された。


 二つの世界の文化レベルがさほど離れてないこともあり、瑠香たちは審査を楽々と合格した。

 なので、今の瑠香たちは正式にこの世界の住人として向かい入れられた、ということだ。


 審査を合格した瑠香たちには、宝石のような物がはまった指輪が渡された。


 これはこの世界においての携帯電話のようなものらしく、『水晶指輪』という名のようだ。


 持ち主が宝石の部分に触ると、ホログラムのような画面が目の前に表示される。

 これを使えば連絡を簡単に取れるだけでなく、この世界においての支払いを全てこれで済ませることができる。


 また、不思議な力で動いているため電波などの影響を受けないようだ。

 瑠香たちに支給されたその指輪には、目が飛び出るほどの高額の現金が入っていた。


 どうやらそれは、瑠香たちを保護した者の粋な計らい、ということらしい。


 そして、瑠香たちはその多額の援助金で、異世界で生活するための日用品や衣類、食料を買いに来ていた。



「それにしても、いろいろあるね~」

 興味津々、という風にしっぽの生えたマネキンを眺めながら、凜がそう言った。

「凛、一般向けの服はあっちだよ」

 一華は向こう側の売り場を指し、凜に向けて言う。

「えー、もうちょっとだけ見ていたかったんだけど……」

 渋る凜を引き摺って一般コーナーに行く一華。

 瑠香もそれに続く。


 今瑠香たちは巨大なショッピングモールに買い物に来ている。

 隼人たちは別行動のためここにはいない。


 女子だけでの買い物は、賑やかでとても楽しい。

 厳密に言えば、世界軸もいるので女子だけではないのだが、杖なので別に数えなくてもいいだろう。

 その世界軸だが、どうにか目立たないようにしたいと瑠香が希望すると、シンプルなデザインの腕輪に変形してくれた。


「あ、やばい。もうそろそろ四時だ」

 一華が時計を見て慌てたように言う。

 瑠香たちは午後四時にモール内の休憩広場で隼人たちと合流する予定なのだ。


「本当だ。急がなきゃ」

 瑠香のその言葉に凜は渋々といった感じで頷く。

「じゃあ、お会計済ませちゃおう」

 三人は足早にレジに向かった。


 

 会計を終えた瑠香たちは、急いで休憩広場に向かう。


 すれ違う人々が話している言語は瑠香たちと同じ日本語だ。


 だが、この世界で使われている言語はもちろん日本語でない。

 ならば、何故日本語に聞こえるのかというと、それは『思念水』という特殊な道具を使用しているからである。


 『思念水』は一見するとただの水なのだが、一口飲むだけで違う言語を自分の使う言語に翻訳してくれる効果がある。

 もちろん、こちらが喋った言葉も相手に伝わるようになっている。

 ただし、初めて聞く言語は翻訳まで少し時間がかかるらしい。


「おーい、お前ら、こっちだ!」

 休憩広場に着いた瑠香たちに手を振って場所を教えてくれる隼人。

 珠輝と充もそばにいる。


「随分と遅かったな」

「ごめ~ん、待たせちゃった?」

 充の言葉に、凜が両手を合わせて謝る。


「ああ、大分な」

「──そこは『今来たところ』って言うものだよ?」

「待ったのは事実だ」

 そう言い肩を竦める充。


「まあ、男の買い物なんてすぐ終わるからな」

 隼人は頭を掻きながら笑う。


「買い物が終わったなら帰るぞ」

 充はそう言うと背を向けて歩き出してしまう。

 瑠香たちもそのあとを追い掛けた。 


「しっかし、本当に地球と同じなんだな。一日の長さ」

 隼人が呟く。


 そう、この世界での一日の長さは二十四時間。

 地球と全く同じなのだ。

 それだけでは留まらず、一分は六十秒だし、一時間は六十分だ。

 更に、一週間は七日で、一か月は三十日程度で、一年は十二か月だ。

 いくら何でも出来過ぎな気がする。


 更に聞いた話だと、他にも時間の常識が地球と全く同じ世界は存在するらしい。


「ああ、偶然とはとても思えないが……異世界はいくつもあるんだ。時間が同じ世界があってもおかしくない」

 首を振りながら珠輝が言う。


「そんなに不思議な事か? 俺にとっては当たり前なんだが……」

 充は首を傾げながら言う。


 聞いたところによると、充の出身はこの世界でも地球でもない世界のようだ。

 そこでも、時間の流れは全く同じらしい。

 一体どうなっているのだろうか。


 瑠香がそこまで考えたとき。

 大通りの方から怒号と悲鳴が聞こえた。


「なんだ!?」

 それを聞いて走り出す隼人。


「おい、待て、隼人!」

 それを追う充。

 瑠香たちもそれに続く。

 大通りに面する道には、既に人だかりが出来ていた。


「おい、何事だ!」

 一番にそこに辿り着いた隼人がそばにいた男に話しかける。

「向かい側の宝石店で強盗だってよ」

「強盗!?」


「いきなり巨大化して店に押し入ったらしいぜ」

「どうして捕まえに行かねえんだよ!」

「無理だって、あんなデカいの。危ねえよ」

 男の言う通り、大通りの方で巨大化した人間が暴れているのが見える。


 この世界には異能がある。

 それは大きな進歩と豊かな文化を生む。


 だが、それだけではない。


 力を持った者が良からぬことを企めば、それは平和を大きく脅かす。

 だが、ユナイテッドもそれを見逃したりはしない。

 異能には、異能を。


「おい、『ヒーロー』が来たぞ!」

 だれかがそう叫ぶ。


 ユナイテッドは、生活に支障をきたさない限り、異能の使用を全面的に禁止している。

 もちろん、軽微なものは見逃されているが。


 だが、窃盗、強盗、詐欺。更に言えば、殺人。

 これら重大犯罪に異能を用いた場合、『異能犯罪者』と位置付けられる。


 これらの犯罪者に対処するため、ユナイテッドは非常事態のみ異能の使用を許可する資格を発行している。


 その名も、『異能使用特殊免除資格』。

 この資格を持つものは有事の際、異能の使用が許可される。


 その最たるものが、『ヒーロー』と呼ばれる存在だ。


「すげえ! 一撃で倒しちまった!」

「どのヒーローだ!?」

「SランクNo.2『デストロイ』だ! 生で見んの初めてだ! 写真写真!」


 颯爽と登場し、強盗犯を一撃で気絶させたヒーローに群衆が色めき立つ。


「すげえ、あっという間だったな」

 感心したように隼人が頷く。

「そりゃそうだ。この国に数いるヒーローの中の最高ランクでの『No.2』だ。弱いわけないだろ」

 充が首を振りながら言う。


「ヒーローかぁ。憧れるぜ~!」

 隼人は目を輝かせてヒーローの姿を見ている。


「ねえ、もう大丈夫みたいだし、早く帰らない?」

 一華が言う。


「そうだ。早く帰るぞ、隼人」

「ええ、もう帰んのかよ~」

 珠輝の言葉に残念そうな顔をする隼人。

 だが、充が歩き出してしまうのを見て慌ててその後を追う。

 瑠香たちもそれに続く。





 その後、瑠香たちが家に到着したのは、辺りが少し暗くなり始めた頃だった。

 瑠香たちは今、少し広めのマンションで生活している。

 固まっていた方が安心とのことで、全員で同じ部屋を使っている。

 もちろん、寝るときは男女別々だ。


 家事などは皆で分担している。

 今日の料理担当は充だ。


 充は意外にも料理が得意の様で、手際よく夕食の準備を進めていた。

 凛と一華が洗濯物を取り込みに行ってしまい、手持ち無沙汰になった瑠香は充を手伝おうと台所へ向かった。


「瑠香か。どうした」

「することなくて。手伝おうか?」

「ああ、助かる」

 瑠香の言葉に素直に頷く充。


 瑠香は使い終わった食器を洗う。

 その隣でフライパンで何かを作っている充。


「何作ってるの?」

「ハンバーグだ」


 瑠香が訊くと蓋を開けて見せてくれる充。

「わぁ、おいしそう! 作るの上手だね!」

「ああ。昔、母さんがよく作ってくれたんだ」


 その言葉に瑠香はふと疑問を感じる。


「そう言えば、充のお父さんとお母さんは?」

 そこまで言って、瑠香は己の失言に気が付く。


 今ここにいるということは、充も親元を離れているはずなのだ。

 瑠香は隣にいる充を見て、息を呑む。


 その横顔は、何かを懸命に押し殺そうとしているかのようだった。


「ごめん、私……」

「いや、いいんだ。いつか話さなきゃいけないと俺も思って──」

「お、いい匂いだなー」

 台所に顔を覗かせた隼人が何かを言い掛けた充を遮って言う。


「隼人──」

「うお、旨そう! 今日は大丈夫そうだな! この前なんてひでー目にあったもんな!」


 フライパンを覗き言う隼人。

 隼人の言う『この前』とは、凛が料理を担当した日だろう。


 あの日以来、凜は台所を出禁になった。

 凜は不満そうだったが、みんなに懇願され、渋々ながらも同意していた。

 あのとんでもない味は、これまで口にしたものの中でも群を抜いて酷かった。


「何か言った?」

 そこで、洗濯物をたたむのが終わったのかリビングに戻ってくる凜。


「いや、別に! 何も!」

 慌てて首を振る隼人。

「そう? ならいいんだけど」


 そう言い奥の部屋に去っていく凜。


「危ねえ。殺されるとこだった」

 隼人は胸を撫で下ろしていた。


「そろそろできるぞ。用意してくれ」

「ほーい」


 いつも通り隼人に言う充。


 だが、瑠香は先ほどの充の横顔が忘れられなかった。





「明日の予定?」

 隼人が首を傾げる。

 夕食後、充が皆に向かって『明日の予定について話したい』と言ってきたのだ。


「明日は特に何もなかったよね」

 一華がカレンダーを確認して言う。


「ああ、明日は少し用事がある」

「そうか」

 あまり興味なさそうに言う隼人。


「お前たちも行くんだぞ?」

「俺たちも? どこに行くんだ?」

「Bスタジアムだ」


「何故そんなところに?」

 珠輝が充に訊く。


「ああ、『異能使用制限特殊免除資格』を取るためだ」

「へえ」

 充の言った言葉を聞き流していた隼人はその言葉を反芻し、ガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。


「そ、それって、ヒーローになるための資格じゃねーか!」

「そうだぞ」

「ヒーローになれるのか!?」

 興奮して言う隼人。


「待て隼人。資格を持っているだけじゃヒーローにはなれない」

「あ、そうか……」

 珠輝の言葉に再び椅子に着く隼人。

 ヒーローになるためには資格以外にも厳重な審査やその他諸々の手続きが必要なのだそうだ。


「ヒーローにはならなくていい。欲しいのはこの世界で異能を使ってもいい『資格』なんだ」

「そうか、勝手に使うと罰されちゃうもんね」

 凛が頷きながら言う。


「ああ。強くなるためにも資格は欲しいからな」

「じゃあ、明日の用事ってのは?」

 一華が充に問う。


「明日、スタジアムで資格取得試験が行われる。それに出るぞ」

「いきなり行って大丈夫か?」

「問題ない。既に手続きは済んでいる」

 珠輝の問いに首を振って答える充。


「その試験の内容って分かるのか?」

「簡単な学力テストと体力テスト、らしい。詳しくは俺も知らない」


「私たち、特に勉強とかしてないけど大丈夫なの?」

 凛が少し不安そうに言う。

「大丈夫だろう。そう難しいことは問われないはずだ」

 そう言う充。  


「よーし、そうと決まれば今日は早く寝て明日に備えるぞ! 目指すは全員合格だ!」

 張り切って拳を掲げる隼人。


 そうして、その場は解散となった。


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