第13話 動き出す者たち
ここは、とある孤島に立てられた大監獄、『ラドマンテ』。
ラドマンテは世界最高の監獄と名高い。
その由縁は、脱獄の難易度だ。
ラドマンテの入り口は地上にある。
しかし、その上には階層が一切ない。
監獄は地下にあり、地中深くへと伸びている。
この監獄は下に行けば行くほど罪の重い者が投獄されている。
この監獄にいくつの階層があるのかを知る者は数少ない。
しかし、とある階層のことを知る者はかなりの数になる。
その名も『最下層』。
地の底にあると言われているその階層は最早、囚人達の間では知らぬ者などいない伝説と化している。
「なあ、みんなが話している『最下層』って何だよ?」
「ん、ああ、お前新人だから知らねえのか。この監獄の地下深くにはデケぇ空洞があるんだそうだ」
「空洞?」
「そうだ。んで、そこにはすんげー力を持った化け物が閉じ込められているらしいぜ。噂によると穴一つなくて、明かりが一切差さないんだってよ。しかも、出口も入口もないから脱獄不可能って話だ。」
「おいおい、そりゃ本当の話かよ。嘘じゃねーのか?」
「さあな。俺もよくは知らねぇ。ただ、この話は俺がここに入る前からずっと語り継がれてんだとよ」
この類の噂話は、大抵が眉唾物だ。
しかし、この話だけは違う。
全て事実なのだ。
唯、一つを除いて。
「脱獄は可能なんだな、これが」
その囚人は上を見上げて一人呟く。
今の言葉は、遙か上階にいる囚人達の会話に対する細やかな反論だ。
それを聞く者は勿論いないが。
「この鎖だって、何の意味もないしね」
囚人は両手両足をそれぞれ鎖に繋がれ、その鎖はピンと張られている。
つまり、大の字の体勢で宙吊りにされている状態なのだ。
「ま、あの能無しが私を捕まえていい気になっているようだから、もう少しこのままでいてやろうかな?」
身動きも取れない状態でもその囚人は呑気な態度を崩さない。
「ここに入って──ああ、もう二十年位か」
二十年。
水も食料も、そして光さえない場所に、二十年囚われているのだ。
しかし、衰弱の様子は全く見えない。
「もしもし?」
その時、一人きりのはずの牢獄に囚人のものではない声が響いた。
「ああ、アレンか。ご苦労さん」
「どうも。今大丈夫? 人とかいない? 報告がしたいんだ」
「ああ、大丈夫だぞ。見張り一人いない」
「──今更だけど、その監獄がどうやって機能しているのか不思議だよ……」
疑問を零しアレンは嘆息した。
声は聞こえるがアレンはこの空間に存在している訳ではない。
「それじゃあ報告するよ、『団長』」
「ああ、頼む」
「目覚めた『人柱』四名との接触が完了した。保護の件については、持ちかけてみたけどは返事はまだだ。もう片方の『人柱』達にも少し前に人を向かわせた」
『団長』と呼ばれた囚人は頷きながらアレンの報告に耳を傾けている。
「滞りなく進んでいるな。よかったよかった」
「よかったよかった、じゃないよ。『団長』、僕は『D』がいるなんて聞いてなかったんだけど?」
「ああ、言ってなかったか。悪かったな、忘れてた」
「嘘はいいから、どうして僕に伝えてくれなかったのか教えてよ。そんなに僕が頼りない?」
それを聞いて『団長』は微笑んだ。
優しく慈愛の籠もった笑み。
「アレン、今回お前に任せたのは、『人柱』の保護者と指導者の役目だ。それに集中できるように『人柱』の護衛兼監視役として『D』を送った。あの子たちはこの世界の命運を握っている。重く辛い道が待っているんだ。だから、お前が導いてやれ」
「──わかったよ。僕は僕の役目を果せばいいんだね?」
その言葉に『団長』は笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、だが危ないと思ったら躊躇するなよ。私達の目的は『助ける』ことだ」
そう言うと『団長』は少し寂しそうに呟いた。
「──救えなかった者たちの為にも、な」
「──っ! 『団長』は──」
「わかったら行け。お前にはやるべきことがあるだろう」
息を呑み何かを言いかけたアレンを遮り『団長』は言う。
「頼りにしているぞ。アレン」
アレンが去った後、『団長』は一人呟く。
「『団長』は悪くない……か。皆同じことを言うな。──全く、私には勿体無いくらいの仲間達だ」
男は足早に人気のない通路を進む。
男が向かっているのは〈黒の使徒〉の頂点に位置する者の元だ。
『緊急招集』なるものにより呼び出しを受けた男は、これから下されるであろう命令のことを考える。
十中八九、受ける命令は『襲撃』だ。
それ以外だとしても、どうせ碌なものではないはず。
正直、気は進まない。
だがやるしかないのだ。
〈黒の使徒〉は各地より力を集め、今や巨大な勢力となっている。
その中で一人の命など塵芥に等しい。
拒否をすれば、恐らく命はない。
今になって命が惜しいとは言わない。
だが、果たして失われるのは自分の命だけだろうか。
〈黒の使徒〉は自分を消した後、自分の大切な者をも殺すだろう。
だからもう後には引けない。
男は立ち止まった。
すぐ目の前には巨大な扉がある。
男が扉の前に立つと、扉が音も立てずにゆっくりと開いた。
扉の内側へと歩みを進める男。
そこは大きな広間だった。
がらんとしていて何もない。
そして、部屋の中央。
そこには人が一人立っている。
全身覆うような服を着ているので顔はわからない。
「明日、『人柱』を襲撃します。それに加わること」
くぐもった声で告げられた命令に男は息を詰める。
『人柱』。
世界改変の鍵を握る者たち。
「それが、今回の任務か」
「そうです。場所は『科学世界』。破壊行為、戦闘行為を許可します。ただし、『人柱』は五体満足で回収すること。勿論、生きた状態で」
淡々と命令を告げる声。
だが、その内容は非道かつ非情。
目的の為ならばどんな大きな犠牲であろうとも厭わない。
それが〈黒の使徒〉だ。
「Dドール四体、『合成獣』一体、そして『
「過剰戦力だ。必要ない」
「過剰? いいえ、これでも足りないくらいです」
「何?」
足りない訳がない。
むしろ自分だけでも十分過ぎるほどなのだ。
「『彼ら』が関与しています。あなたなら、この意味がわかりますね?」
それを聞いた男は表情を消した。
そして思考する。
今ここで戦えば、目の前に立つ者の命一つならば──。
しかし、かぶりを振ってその考えを捨てる。
勝てない。
万が一にもだ。
「命令は以上です。行きなさい」
それを聞き、男は身を翻し無言で歩き出す。
全てを守ることは出来ない。
世界は残酷な運命を突きつけてくる。
逃れようのない運命を。
しかし、だからこそ抗わなくてはならない。
戦い続けなくてはならない。
大切なものを、守る為に。
そうして男は静かに決意を固めた。
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