第12話 澄洲充

 

「お前達が、風谷かざたに隼人はやと上砂かみさご珠輝たまきか?」


 見知らぬ少年がそう言った。


「ん? ああ、そうだけど……」


 いきなりの事で少し戸惑う隼人。

 隣の珠輝は無言だが、どこか問い掛けるような目で少年を見ている。


 ここはある中学校の人気ない廊下。


 小学校を卒業した彼らは無事、最寄の中学校へと進学した。

 隼人たちが通っていた小学校の同級生は、ごく少数を除いてこの中学校へ通っている。

 数人、別の中学校へ通っている者たちもいるが、遠くへ引っ越した者はいないので、すぐ会うことが出来る。


 この中学校に通っている者の半分ほどは、隼人たちと同じ小学校の出身だ。

 だが、もう半分ほどは付近の別の小学校から進学してきている。

 なので見知らぬ者がいたとしても、それほどおかしなことは無い。


 この学校はネクタイやリボンの色で学年を分けている。

 少年のネクタイの色は隼人たちと同じ、つまり一年生だった。


 しかし、時期的にはまだ入学を終えたばかり。

 クラスメイトの名前さえロクに覚えていないのだ。


 そんな状況でこの少年は自分達に何の用があるのだろう。

 一体、何者なのだろうか。


 そこまで、考えて隼人は薄く笑みを浮かべる。


 クラスメイトの名前さえ覚えていない『この状況』で『隼人達』に声を掛けてきた。

 しかも、こんな人気のない廊下で、だ。

 そこまで分かれば相手が何者かは、おのずと分かってくる。


「俺の名前は澄洲すみずみつるだ」


 少年が名乗ると、隼人の隣の珠輝が口を開いた。


「それで、俺達に何の用だ?」

 珠輝は少し目を細めて、見定めるように相手を見ている。

 隼人は、珠輝が既に自分と同じ答えを出していることを理解した。


「黒服の人形に襲われただろう? どう始末した?」

 その言葉を聞いた隼人たちは確信した。

 こいつは自分達と『同じ世界』に生きている、と。


「燃やした。消し炭になるまでな」

 珠輝が静かに言った。

 その言葉には言外に『お前もそうしてやろうか?』という意思がこめられていた。


「それはどっちの『能力』だ? それとも『もう二人』のほうか?」

 珠輝の圧力に怯みもせずに、充と名乗る少年は言った。


(チッ、あいつらのことも知ってんのかよ)

 隼人は内心で舌打ちをした。 


「なんだ、復讐でもする気かよ。いいぜ、返り討ちにしてやる」

 そう言いながら隼人は臨戦態勢に入ろうとする。


「復讐? 勘違いするなよ。俺はあいつらの仲間じゃない。むしろ敵だと言ってもいい」

「それをどう証明する」

 珠輝は慎重に充に問い掛ける。


「こうするさ」


 そう言い充は、隼人たちのほうへ一歩踏み出す。

 充は素早く腕を持ち上げると、隼人と珠輝の顔へ手を伸ばす。


 恐るべき速さだ。

 しかし、隼人と珠輝はそれを超える速さで、充の手を避ける。

 そして腕を引き、充の無防備になった腹部に向けて、同時に拳を叩き込む。

 しかし、充の体は二人の拳が当たる前に『消えた』。


 空振る二人の拳。

 隼人と珠輝は驚きに目を見張った。

 その二人の背後から腕が伸び。


 そして、ポンッと肩を叩く。


「俺はお前達より強い。もし危害を加えるつもりなら、最初からそうするさ」


 その言葉に体から力を抜く二人。

 後ろを振り返ると充が先程と全く変わらない姿で立っていた。

 息さえ切れていない。


「なるほど、わかったよ。お前が強いことも、敵じゃない事も」

「話が早くて助かるよ」

 充は少し笑って言う。


「それで結局何の用だったんだ? これだけじゃないだろ?」

 珠輝の言葉に頷く充。


「俺はあいつら、〈黒の使徒〉を追っている」

「あの、黒服の連中のことだな?」

「そうだ」

 隼人の確認を肯定する充。


「あいつら、いきなり襲ってきたから、返り討ちにしちまったんだが……」

「問題ない。むしろ良くやってくれた。人に見られたりしてないか?」

「ああ、一般人には見られてねーよ。なんせ人気のない場所で襲ってきたからな」

「そうか。よかった」

 充は安心したように頷くと言った。


「俺は仲間が欲しいんだ。一緒にあいつらと戦ってくれる仲間が」


「それで俺らに声を掛けたのか」

 珠輝が納得したように言う。


「だが、俺達に何かメリットでもあるのか? 元はと言えば、俺達は自分の身を守るために集まったんだ。別に命知らずの戦闘狂って訳じゃない」

「まあ、確かになぁ。自分達から戦うなんて言ったらあいつら絶対嫌な顔しそうだし」

 珠輝の言葉に同意する隼人。


「だから、役には立てないと思うんだけど──」

「元を断たなければ襲撃はいつまでも続く。〈黒の使徒〉は絶対に諦めない」

 隼人の言葉を遮って充は言った。

「薄々分かってるんじゃないか? このままじゃいけないことを」

 充は更に続けた。


「俺の仲間になってくれ。〈黒の使徒〉を止める為に」

 隼人たちは沈黙する。

 そんな隼人たちを充は真っ直ぐ見つめていた。

 隼人は困ったようにガシガシと頭を掻いた。


「あー、分かったよ。あいつらと話し合ってみるからさ。珠輝もそれでいいだろ?」

「ああ、俺は元々、あいつの言い分にも一理あると思っていた」

 隼人が言うと珠輝は頷く。


「ありがとう。助かる」

 頭を下げる充。


「おいおい、やめてくれ。第一にまだ協力できるって決まった訳じゃないしよ」

 そこで充は何かを思い出そうとするかのように首を傾げた。


「ちょっと待ってくれ。そう言えば、確かこの名前を出せば協力してくれるはずだって言われたんだよな。なんて名前だったかな……」

 そう言って隼人たちの前で悶々とし始める充。


「いや、名前出されたくらいじゃ──」

「ああ、思い出したかもしれない。確か、か……か……?」

 隼人を遮ってブツブツ言っていた充はそこでパッと顔を上げた。



「思い出した。『奏鳴かなり剣人けんと』だ」



「なっ」

 隼人は驚きの声を漏らした。

 隣の珠輝も驚きに目を見張っている。


 奏鳴剣人。


 勿論忘れてなどいない。

 今から約一年前、自分達の前から姿を消してしまった少年。


 結局、剣人は姿を見せることなく消えてしまった。


 もう二度と聞く事のない名だと思っていた。 


 どこにいるのだろうか。


 何をしているのだろうか。


 そして何よりも。


 隼人は薄っすらと笑みを浮かべる。


「なあ、珠輝」

「──なんだ?」


「会えんのかな。もう一回、あいつに」

「ああ、会えるだろうさ」


 俄然やる気が出てきた。

 そんな二人を、充は不思議そうに見ていた。 

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