第7話 目覚め
『超能力』。
科学の力では説明できない、超自然的な力のことだ。
アニメやマンガの中ではよく出てくる存在。
しかし、現実的にはあり得ないことのはずだ。
どんなに不可思議な現象でも、科学で説明できてしまう時代だ。
超能力なんてあり得ない。
そう思っていた。
実物を見るまでは。
『それ』は心の掌の上で、まるで青い炎のように揺らめいていた。
最初は何かしらのトリックを疑った実辰たちだが、何度も自由自在に青い炎を出したり消したりする心を見て信じざるを得なかった。
心がこの力に目覚めたのは、十歳の頃だと言う。
十歳のとき、交差点で左右を確認せずに飛び出してしまった心。
運悪く、右方向から大型トラックがかなりのスピードで迫っていた。
そのとき心は死を覚悟したと言う。
そのときのことだ。
『飛べ!』
頭の中で聞き覚えのない『声』がそう叫び、それと同時に全身に力が漲り、そして。
心は地を蹴り、宙を舞っていた。
地面から十メートル以上離れた空中を、弧を描きながら跳ぶ心。
そして音もなく着地した。
心が降り立った場所は、交差点からさほど離れていない民家の屋根の上だった。
現実離れした現象に呆然とする心。
そんな心に、再び頭の中で『声』が語りかける。
声の主は、心のことを知っていた。
『イチヤ』という名を名乗った声は語った。
自分には体が存在せず、どうやら心の魂と同一化してしまっているらしいということ。
そして自らの記憶がないことを。
何故か心は、イチヤの言うことをすんなりと受け入れられた。
そしてすぐにイチヤと仲良くなる心。
イチヤは何故か能力の使い方を知っていた。
心は、イチヤから能力の使い方を教わったため、能力を使いこなせるようになったという。
その後わかったことは、イチヤの声は心にしか聞こえないということ。
そして体のないイチヤだが、視覚と聴覚だけはあるという。
話を聞いた実辰は納得した。
心の不思議な行動。
それらは全て、イチヤの存在で説明できるのだ。
とは言え、実辰たちにはイチヤの声が聞こえないため、心が一人話しているようにしか見えないのだが。
「──ねぇ、心?」
話が一段落ついたのか一息を入れる心に向かって、日和が問いを投げ掛ける。
「心の超能力? のことはわかったけど、どうしてそんな話を私たちにするの?」
その顔は若干訝しげだった。
しかし、それは超能力のことを疑っているからではなく、なぜ自分達なのか、という疑問から来るものだろう。
その問いに対して、心は目を瞬かせた。
そして何かに気づいたかのように首を傾げる。
「ん? なんだって? ──まだ話してない?」
イチヤと会話でもしているのだろうか。
イチヤが何かを指摘したようで、心は思い出したように手を打った。
「ああ、何だ。確かに話してねーわ。俺としたことがうっかりしてたな!」
一人で勝手に納得したように笑いながら頷くと、心はさらりと事実を告げた。
「俺とお前たちが『同じ』だからだ」
その意味を理解できずに首を傾げる実辰たち。
それを見兼ねたのか、心は更に続ける。
「だからお前たちも俺と同じ『超能力者』なんだよ」
「「「え?」」」
実辰たち三人の疑問符は綺麗に重なった。
「ただいまぁ」
帰宅した実辰は玄関で靴を脱ぎながら言う。
といっても、実辰の家の両親はどちらも帰りが遅く、兄弟などもいないため、家には今誰もいない状態だ。
ただ何となく挨拶は毎日するようにしている。
靴を脱ぎ終わった実辰は、迷わず自室に向かった。
部屋に入ると、制服も脱がずにベッドに寝転がる。
そして寝返りを打ち、天上を見上げた。
深く息を吸い、大きく溜め息を吐く実辰。
あの後、心は呆けている三人に口止めをし、すぐにどこかへ行ってしまった。
その後もしばらくの間は沈黙が続いたが、偶然通りかかった先生が実辰たちを見つけて早く帰るようにと促した。
それで我に帰った三人は、何だか逃げるように急いで家路についたのだった。
(超能力、かぁ)
実辰は、再び大きく溜め息を吐いた。
普通ならただの眉唾もの。
到底信じられるものではない、はずなのだが──
何故か疑えないのだ。
むしろ、しっくり来ているくらいだ。
昔使っていた鉛筆が、手に馴染むような不思議な感覚。
だが、そんな不思議な感覚があるだけで、自分の中に不思議な力があるような感じはしない。
手を天上にかざし、まじまじと見つめてみる。
心の出した青い炎みたいな『あれ』を想像する。
しかし何も起こらない。
段々と真面目にこんなことを考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきて、実辰は目を瞑った。
今日は何だか疲れた。
超能力だなんだと一気に言われて、頭が混乱している。
そうしている内に、段々と眠気がやってきた。
(ちょっとくらい……いいよね……)
実辰は、押し寄せる睡魔に身を委ねた。
暗い。
背中が熱い。
後ろを振り返ると、空が赤かった。
何かが燃える臭いがする。
木々の間を走る。
ただひたすらに。
『あいつら』に捕まってはいけない。
怖い。
皆みたいに殺される。
嫌だ。
死にたくない。
混乱する思考を無視して、体は走り続ける。
後ろから大きな音がした。
鼓膜が破れそうな大きな音。
驚いて足がもつれた。
姿勢を崩して、勢いよく地面に叩き付けられる。
あまりの痛みに、呻き声が漏れる。
慌ててバッと口を手で覆う。
『あいつら』に声が聞こえてしまうかもしれない。
誰も来ないことを確認して、急いで立ち上がると、また走り出す。
どんどん鼓動が早くなる。
木々の先が明るい。
森の終わりだろうか。
そちらへ向かって走り続ける。
遂に森を抜けた。
しかし。
その先に道はなかった。
それは底の見えないような絶壁の崖。
幅もかなりある。
ふらふらと森の方へ向き直る。
逃げなきゃ。
『あいつら』に捕まってしまう。
そのとき視界がグラリと揺れる。
地面が脆くなっていたのか、立っている場所が崩れ落ちるところだった。
必死に手を伸ばし、崖を掴もうとする。
しかし届かない。
そして──
実辰はハッと目を覚ました。
何かを掴もうとするかのように伸ばされた自分の腕。
そっとその腕を下げる。
荒い息を吐きながら周囲を確認する実辰。
いつもの風景だ。
見慣れた自室の風景。
暗い森の中ではない。
さっきのは、夢だったのだろうか。
あまりにも鮮明すぎる光景。
強烈な恐怖は、今もまだ手足を震わせている。
自分は、何に対してあんなに怯えていたのだろう。
深く息を吸うと、荒かった呼吸が徐々に落ち着いてきた。
手足の震えも治まってくる。
実辰は、自分がびっしょりと汗をかいてることに気がついた。
取り敢えず顔を洗おうと、洗面所に向かう実辰。
蛇口を捻り、水を出す。
そのとき実辰は気がついた。
何かがおかしい。
違和感の正体はすぐに見つかった。
それは鏡の中にあった。
鏡に映る実辰の姿。
小柄で華奢な体躯。
頭の横でツインテールにしてる髪。
まだあどけなさが残る顔。
いつもの実辰のはずなのに。
ただ唯一、違うところがある。
赤いのだ。
眼が。
深紅に輝く瞳。
それは、ひどく美しかった。
鏡の中の自分と見つめ合う実辰。
そのとき、実辰の頭の中に大きな衝撃が走る。
頭を、何かに貫かれるような痛み。
その痛みに、実辰はよろめいた。
咄嗟に洗面台の縁を掴む。
その腕から、何かが奔流のように流れ出した。
体が熱い。
思わず膝をつく実辰。
歯を食いしばり痛みに堪える。
それからどれくらいそうしていただろうか。
徐々に痛みが引いてきた。
床に手をつき立ち上がろうとしたとき、部屋が少し寒いことに気がついた。
周囲を見回した実辰は驚きに目を見張る。
自分の触れていた洗面台。
そこには薄く氷が張っていた。
今は四月。
春真っ只中のこの季節に氷?
それにこの地域では冬でさえも雪が珍しいのだ。
氷が張るなんてあまりにも非現実的だ。
そこまで考えた実辰はハッとする。
超自然的。
非現実的。
つまり科学的ではないもの。
それを実辰は、ついさっき目の当たりにしたばかりではないか。
超能力。
そう考えれば説明がつく。
誰の能力かは、言うまでもない。
他ならぬ実辰自身の物だ。
どうやったのかは不明だが、取り敢えず力は目覚めた。
実辰は氷の張った洗面台に視線を戻す。
これをそのままにしておくのは、流石に不味いだろう。
実辰は氷が消えるように念じた。
すると薄く張った氷は宙に霧散し、消えていった。
実辰は溜め息を吐く。
今日はいろいろあって心身共に疲れた。
最後に実辰は鏡を見た。
こんなにたくさんのことがあったのに、鏡に映る自分はいつもと何ら変わりない。
さっき赤く見えた瞳も、見間違いだったのか普通の色に戻っている。
実辰は、もう一度深く溜め息を吐いた。
次の日の朝。
誰もいない教室で、実辰は心に昨日のことを話した。
自分の力の目覚め。
そして体の変化のこと。
しかし何となくだが、夢のことは話さなかった。
話を聞いた心は首を傾げて言った。
「頭が痛くなった? 俺はそんなことなかったけどな」
不思議そうに言う。
「個人差があんのか?」
『どうだろうね。僕も『目覚め』は一度しか見てないからなんとも言えないな』
「え? 心は頭痛くならなかったの?」
「ああ、別に普通だったけどな」
『気になるね。きっとそれが目覚める鍵なんだろうけど』
そこまで話して、実辰は違和感に気が付く。
何だか知らない声が混じっていた気がする。
「え、誰!?」
弾かれたように周囲を見回す実辰を、怪訝そうな目で見る心。
「ん? 誰もいないぞ?」
「ええ!? 今、誰かと話していたじゃん!」
心は顔を顰めながら首を傾げる。
「ひょっとして『イチヤ』のことか?」
『もしかして僕の声が聞こえるのかい?』
心と同時に、姿なき声が言う。
「おいイチヤ、今俺が喋ってんだろ」
『いいじゃないか。君以外の人と話すのは久しぶりなんだから』
「よくねーよ。第一、まだ本当に聞こえてるかもわかんねーのに──」
軽口を叩きながら、心は実辰のほうを見た。
そんな心を、実辰は困ったように見返す。
「──なんか、聞こえるみたい」
その言葉に心は目を見張る。
「──おいおい、マジかよ」
イチヤは思ったより優しげな声をしていた。
柔らかな口調と、ゆったりとした喋り方。
しかし、それとは裏腹にとても強い芯を感じさせる声だ。
心と意気投合したと聞いてどんな破天荒な人なのかと思っていたが、むしろ心の暴走を止める立場だったようで、もしかしたら相性はいいのかもしれない。
「いやー、まさか他にイチヤの声が聞こえるやつがいるとは思わなかったぜ」
『僕もだよ。まさか心以外と話せるなんて思いもしなかった』
「でも、昨日まではまったく聞こえなかったのに、どうしていきなり聞こえるようになったんだろう?」
実辰の疑問に心は腕を組んで唸った。
「確かになぁ。イチヤ、何が原因だと思う?」
心はほとんど考えもせずに、イチヤに問いをぶつける。
こうして見ると、心とイチヤは本当に相性がよさそうだ。
考えなしで突っ込んで行く心は、文字通り体担当。
それを頭脳担当、というか精神のみの存在であるイチヤがサポートする。
よいコンビではないだろうか。
『うーん、そうだね……』
先程の心の問いに答えるイチヤ。
『普通に考えたら能力に目覚めた、からなんだろうね。他にも何か原──』
「お! そうだそうだ、聞き忘れてた! 実辰の能力は何だったんだ?」
──何か原因があるのかもしれない、と続けようとしたであろうイチヤを遮って、心は全く関係のない話を突っ込んでくる。
『最後まで聞いてくれよ……』
「そんなのは、後だ、後。俺としたことが、一番大切なことを聞き忘れるところだったぜ」
嘆くイチヤと全く話を聞かない心。
──やっぱり相性はよくないのかもしれない。
「なんか大変そうだね……」
『まあ、いつものことだしね……』
実辰が同情を示すと、溜め息を吐いてイチヤは言う。
苦労しているようだ。
これからは、極力心の暴走を止めてあげよう、と実辰は一人思った。
「それでよ、どんな能力だったんだ?」
さっきからそれが気になって仕方がないのか、再度実辰に聞いてくる心。
まあ、別に隠すようなことではないので教えてあげてもいいだろう。
「多分だけど……『氷』の能力みたい」
「おお! すげぇ! そんな能力もあんのか!」
『幅広い応用が出来そうだね。戦闘向きの能力だ』
「なあ! 俺のとどっちが強いと思う!?」
『うーん、一概には言えないなぁ』
実辰の能力のことで盛り上がってる心とイチヤ。
しかし、その中に少し不穏な言葉が混ざっていたのを実辰は聞き逃さなかった。
「ね、ねえ、二人とも『強い』とか『戦闘向き』とか……能力を何に使うつもりなの……?」
実辰の問い掛けに心は怪訝そうな顔をして答える。
「何にって……そりゃ勿論戦うため──」
しかしその言葉が最後まで続けられることはなかった。
言葉の途中で心はビクっと体を震わせる。
一拍遅れて実辰も『それ』を感じ取る。
凄まじいほどの威圧感。
空気がビリビリと音を立てて震えているようだ。
伝わってくる力の波動だけでも自分達の力を遙かに凌駕している。
『それ』は実辰たちの背後から感じた。
すぐ後ろにとんでもない化け物がいる。
怖い。
息が出来ない。
動くことさえ叶わない。
動いたら、死ぬ。
そう思わせるほど『それ』から感じる気配は強大だった。
『二人とも、今後ろを向いてはいけないよ……!』
切迫した口調でイチヤが言う。
言われなくとも、そんな恐ろしい真似はできない。
命の危機なのだ。
普段は聞き分けのない心も、今回ばかりは実辰と同じく全く動けないようだ。
『それ』は現れたときと同様に突然気配を消した。
数秒にも満たない今の瞬間でとんでもない体力を消費した。
荒い息を吐きながら膝から崩れ落ちる実辰。
心は座り込みこそしなかったが近くの机に手を着く。
そのまま後ろを振り向いた心は大きく息を吐く。
「誰も、いねえ……か」
その声は憔悴しきった実辰には届いていなかった。
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