第6話 奏鳴剣人という少年

 


 奏鳴かなり剣人けんとは変わっている。


 碓氷うすい実辰みときは、机に頬杖をつきながらそんなことを考えていた。

 ここはとある中学校の教室。


 実辰は、つい最近まで小学生だった。

 ほんの一ヶ月ほど前に母校である小学校を卒業し、家から一番近いこの中学校に進学した。


 とは言え、この学校に通う者の多くは学区内に住んでいる者なのだ。

 必然的に、小学校の顔馴染みが多く並ぶわけである。

 なので代わり映えがないと言うか、そんな日々を過ごすことになると思ったのだが……


 自己紹介の時に奏鳴剣人が口にした小学校は、聞いたこともない小学校だった。


 それもそのはず、その小学校の場所はこの中学校からかなり離れた場所だったのだ。

 きっと何らかの事情で引っ越してきたか何かなのだろう。


 そんな中、奏鳴剣人は入学式からたったの三日で話題の人となっていた。

 驚くべきなのは奏鳴剣人の話術とカリスマ性だ。

 クラスメイトと出会って三日でクラスの中心人物となり、更に他のクラスへと交友関係を広げているようだ。


 最早、才能と言っても過言でもないかもしれない。

 一週間もすれば本当に「友達百人」達成できてしまいそうだ。


 今、実辰のクラスで奏鳴剣人は友人の一人と話をしている。



 その相手は気道きどうこころ

 これまた変わっていると言う言葉が相応しい少年だ。


 心は実辰と同じ小学校から進学している。

 心の身長は平均的なもので、体格は少し細めだ。

 成績などは特別良いわけでないが、何でもそつなくこなすイメージがある。

 これだけ見ればそこまで変わっているところはない。


 しかし。


 心をよく観察すると、不思議な感覚に陥る。

 心はたまに、誰もいない虚空に向かって話しかけることがある。

 まるで、心にしか見えない誰かと会話しているように錯覚してしまう。


 最初は皆不思議がっていた。

 だが訊いてみてもはぐらかされるだけで、その行為が何なのかは結局分からずじまいだ。

 六年間も一緒にいた小学校の頃のクラスメイトたちは慣れたもので、気に留めることはなくなった。


 しかし他の小学校から進学してきた、心と初対面の人は驚いている。

 無理もない。


 実辰だって初めて会った人が虚空と話し出したら、あまり関わり合いになりたいとは思わないだろう。


 だが、奏鳴剣人は流石と言うべきで、そんな心とも速攻で友達になっていた。

 今も二人で、もしかすると三人なのかもしれないが、談笑している。


「またやってるよ。奏鳴君も、なんであいつと普通に話せるんだろうね」


 呆れたように実辰に話しかけたのは、小学校からの親友である雷門らいもん日和ひよりだった。


 「雷門」なんて強面な名字だが、日和はとんでもない美少女だ。

 スラッとした細い体に端正な顔。

 筋の通った鼻、大きな瞳、形の整った唇。

 神様はこんな美少女をも作れるのかと驚嘆したくなる。


 長い黒髪を、前髪と顔の横の触覚を残し、首の後ろ辺りでひとまとめにしている。

 日和はいつものこの髪型だが、きっと他の髪型をしても似合うだろう。美少女だから。


 日和は滅多に笑顔を見せない。

 そのため日和は「クールな美少女」と認識されがちだが、それは少し間違っている。

 「クールな性格」は間違いではないが、笑顔を見せないのは笑顔を作るのが苦手だからである。


 実辰は、そんな不器用なところがある日和が好きだった。


「実辰、何か変なこと考えてない?」


 少し顔を顰め、日和は言った。


「今日も美人だなって」


 実辰は真面目な顔をして答える。

 その言葉に、日和は更に顔を顰めた。

 そんな日和に吹き出してしまう実辰。


「もう、やめてよ」

「にしし」


 困ったようにため息をつく日和と、いたずらっぽく笑う実辰。

 日和は美人だと言われるのが苦手なのだ。


「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだよ」


 そんな実辰にもう一度ため息をつく日和。


「それでなんだったっけ? あ、心のことか」


 そう言い、実辰は再び心の姿を探した。

 心はすぐに見つかった。


 心は、実辰たちのすぐ傍に立っていた。

 日和と話していたので、近くにいるのに気づかなかった。


「お前ら、ちょっといいか?」


 唐突に実辰と日和に向かって言う心。


「「え?」」


 実辰と日和の声が重なった。




「呼び出した本人が一番遅いってどういうことなの?」


 放課後になり、実辰と日和は使われていない教室を訪れていた。 

 あの後、心は実辰と日和に放課後この教室に来るように一方的に言って、何処かへ行ってしまった。


 日和は行かないと言い張ったが、何だかそれは心に悪い気がして実辰が行こうとすると、日和も行くと言い出した。

 何だかんだ言って心配してくれている日和に、ついつい笑みを溢してしまう実辰。


 教室に着くとそこには先客がいた。

 それは一人の少女だった。


 実辰はその少女に見覚えがあった。


 少女の名は相水あいみず茉菜まな


 実辰たちと同じ小学校出身であり、中学校でも同じクラスだった。

 いつも自分の席で本を読んでいるのが印象に残っている。

 あまり周囲と関わろうとせず、いつも一人でいる気がする。

 実辰もあまり話したことがないので、どんな人物なのか詳しくは知らない。


「あれ、相水さん? どうしたの、こんなとこで」


 教室の中を覗き込んだ日和が、茉菜に気付き声をかける。


 その声に反応した茉菜は読んでいた本から顔を上げ、眼鏡越しに実辰と日和を見る。

 その顔は少し怪訝そうだった。


「気道君に呼ばれたんです。大切な話があるから、ここに来るようにって……」


 どうやら、茉菜も心に呼び出されていたようだ。

 茉菜の言葉を聞き、顔を見合わせる実辰と日和。


「私たちも心に呼ばれたんだけど、ここで待っててもいいかな?」


 実辰が代表して茉菜に訊ねる。


「別に、構いませんけど……」


 顎の辺りで切り揃えた髪を揺らして茉菜は頷いた。

 そして、また手元の本へと視線を戻してしまう。


 実辰と日和は、茉菜の読書の邪魔をしないように、静かに教室の中に入る。


 教室の中に、長い沈黙が保たれる。

 それからしばらく心のことを待っていた三人だが、ついに痺れを切らしたのか日和はポツリと愚痴を溢したのだった。


「確かに遅いなー」


 それにつられ実辰も言う。


「もう帰ろうよ。どうせ来ないだろうし」 


 日和が実辰にそう言ったとき。



「おい、帰られちゃ困るんだよ」


 いきなり、声がかかった。

 声の出処を見ると、心が教室の窓を開けて中に入ってくるところだった。


 ぎょっとしたように目を見開く日和。

 茉菜も、眼鏡の奥で目を見張っているのがわかる。


「ちょっ、あんた、ここ三階!」


 窓から入ってくると言う常識外れな行為をした心に、日和が叫ぶ。


「悪いな、屋上で寝てたら遅れた」


 日和の言葉を完全にスルーして、心は言った。

 日和の言った通りここは三階で、ひとつ上の階は屋上だ。

 しかし、屋上と三階を繋ぐ階段にある扉には鍵がかかっていて、入ることはできないはずだ。


 まさか、屋上から壁伝いに上り下りしたとでも言うのだろうか。

 何と言うか、破天荒なことをする。

 少し遅れてその事に気付いたのか、日和が険しい顔をして言う。


「ちょっと、あんまり危ないことしないでよね」


 その言葉に心はニヤッと笑う。


「何だよ、心配してくれてんのか?」

「別に」


 からかう心に対して、ツンと横を向いて毅然と答える日和。


「自分の通っている学校で、落下事故なんて起きてほしくないだけよ」


 こんなことを言っているが、心配しているのは本当だろう。

 日和は少し心配症なところがある。


 日和の言葉に対して心は手を振りながら何でもなさそうに答える。


「大丈夫だ。屋上から落ちてもなんともねーよ」


「はぁ?」


 日和が、訳がわからないと首を傾げる。

 それもそうだ。

 いくらなんでも、屋上から落ちてなんともないということはないだろう。


 訝しげな視線に対して、心は胸を張って言った。


「取り敢えず座れよ。そこんところ、ちゃんと全部教えてやるから」


 その偉そうな態度に日和はムカッとしたようだが、やけに自信ありげな心の言い方が気になったのか、大人しく近くの椅子に座った。

 実辰もそれに倣う。


 言われるまでもなく椅子に座っていた茉菜だが、さっきまで読んでいた本を脇に置き、心の話を聞く姿勢に移っていた。


 全員が話を聞く気になったことを確認した心は、満足そうに頷いて言った。



「じゃあ、話すとするか。俺の『超能力』のことを」



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