第5話 それぞれの道へ



 剣人がいなくなり、数ヵ月が過ぎた秋の日のこと。


 瑠香たちは、修学旅行に来ていた。


 香たちの学校は、毎年六年生が有名な観光地へ一泊二日の旅行をするになっている。

 今年も例年と同じく、修学旅行は行われた。

 隼人が中心となり、修学旅行は初日から大盛り上がりを見せていた。


 

 そんな中、瑠香は凜と一華と共に三人で有名な寺院を観光していた。


 寺院を見ている間、三人の間には沈黙が広がる。

 しかし次の場所に移動しようとしたとき、凜が口を開いた。


「剣人、どうしてるんだろうね」


 最近はあまり剣人の話題は持ち上がらなかった。

 話題を避けているわけではないが、なぜか皆剣人の事を話さなくなった。


 それはきっと、皆が心の中で「もう会えないのではないか」と感じているからなのであろう。

 しかし、それを口にしてしまえば、それが現実となってしまうような気がしていたのだ。


「元気だと、いいな」


 凛は続けてそう言った。


「そうだね」

「うん」


 凛の言葉に頷く瑠香と一華。

 そうして三人の間にしばらく沈黙が保たれる。


「瑠香ちゃんは違う中学校に行っちゃうんだよね」


 唐突に凛が言う。


「うん。引っ越したりはしないけど、ちょっと遠くの中学校にね」

「私立、だったよね」


 瑠香は両親の勧めもあって、家から離れた私立中学校に進学することを決めている。

 将来の事を考えて、それが一番良いと判断したからだ。

 つまり、皆と同じ学校に行くことはできないのだ。


 凛の問いに、頷くことで答える瑠香。


「そっか……きっと寂しくなるだろうな」


 俯いたまま凛は続ける。


「みんな、それぞれの道へ進んでいってる」


 顔を上げて瑠香と一華を見る凛。


「なんだか、みんながバラバラになっていくようで、すごく怖いの」


 それは瑠香も感じていた。

 違う学校に行くということが、一人だけ違う道へ進み出すようで少し躊躇いがあった。

 怖いのはみんな同じなのだ。


「バラバラにはならないよ」


 一華が静かに言った。


「この先何があっても、今まで過ごした思い出はなくならないから」


 少し笑って一華は続けた。


「ちょっと寂しいってのはあるけどね」


 一華の言葉を、何度も何度も噛み締める瑠香。


「そうだね、またみんなで会えるよね。きっと」


 頷きながら凛はそう言った。

 瑠香も頷きながら心の中で思った。

 きっと剣人にも会えるはずだ、と。


 根拠も理由もないが、剣人とはまたどこかで会える気がするのだ。


 そう思うと何故だか無性に胸が暖かくなった。


 


 修学旅行から数ヶ月後のある日。


「行ってきまーす」

「気を付けて行くのよ」

「はーい」


 父と母に見送られて瑠香は家を出た。

 今日は快晴。


 卒業式日和だ。


 そう今日は卒業式なのだ。

 あの小学校に通うのも、今日が最後。

 この六年間、色々なことがあった。

 瑠香は、小学校での思い出を思い返しながら通学路を歩いていく。


 ふと瑠香は足を止めた。

 そこにあるのは何の変哲もない茂み。

 そして瑠香が剣人のことを知った場所。


 しばらく瑠香はその場から動かなかった。


「また会おうね」


 なんとなしに瑠香は呟いた。


 その言葉に呼応するように風が吹き、瑠香の髪を揺らした。

 そのとき、風に混じる微かな鼻歌の音を、瑠香は聞いた気がした。

 瑠香は小さく笑みを浮かべる。


「約束、だよ」

 そう呟き、その場から歩き始めようとした矢先、瑠香の耳に二つの足音が届く。


「おはよう、瑠香ちゃん。今日は早いね」

「おはよ、なにかあったの?」


「ううん、なんでもない。おはよう。凛、一華」

 瑠香は二人に向けて笑い歩き出す。


「はー、もう卒業かぁ。早かったねぇ」


 おっとりと言う凛。


「本当にね。色々なことがあった」


 それに几帳面に答える一華。


 そんな二人を見て瑠香はついつい笑ってしまった。

 瑠香を見て不思議そうな顔をする凛と一華が何だか可笑しくて、瑠香は更に笑みを大きくした。

 それにつられて凛も笑い出す。

 堪えきれなくなったのか一華も笑い出した。


「みんな変わらないね」

 ひとしきり笑った後瑠香は言った。


 今日で最後なのだ。

 みんなでこの道を歩くのは。


 色々なことがあった。

 楽しい日々だった。


 確かにそれは今日で最後かもしれない。


 だが過ごした日々がなくなってしまうわけではない。

 大切な思い出は心の中にある。


 だから進むことができるのだ。


「行こう、二人とも! 卒業式遅れちゃう!」


 そう言って瑠香は駆け出した。


 六年間通い続けた母校へ。


 六年間一緒に過ごした仲間たちの元へ。



 そして、未来へ向かって。


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